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第十三章 呪兄

第283話:ワケアリの屋敷

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 王宮からほど近い場所にあるランドルフ邸は思っていたとおり立派なお屋敷で、わたしには離宮のように見えた。
 時々ヴィルさんがエムブラ宮殿の面積を「神薙が住むには狭い」と表現することがあるのだけれども、実家がこれだけ広ければそう感じるのも無理はなかった。

 馬車を降りた場所には狛犬のごとく左右に『大地の龍』の像がデデンと鎮座していて、綺麗に手入れされた植え込みと芝生の緑が眩しい。

「んんっ?」

 玄関を見たヴィルさんは首を傾げた。
 彼は腕組みをして「こんな家だったか?」と眉間に皺を寄せた。
 くまんつ様は首を振って「細部までは覚えていない」と言った。くまんつ様がここを訪れるのは学生の頃以来だそうだ。

 豪華な玄関ホールにはソファーや本棚、チェスなどが置いてあった。
 大きな風景画に目を奪われてボーっと見入ってしまう。豪華で素敵な玄関だ。

「若、お帰りなさいませ」

 従業員の皆さんが笑顔で出迎えてくれた。
 いつぞや『オルランディアの涙』を運んできてくれた紳士は、このお屋敷の執事さんだった。

「元気だったか?」

 ヴィルさんが尋ねると、執事さんはニッコリと微笑んだ。

「おかげさまで。皆元気にしております」
「そうか。なら良い。今日はリアも一緒だ」

「神薙様、ようこそお越しくださいました」
「ご無沙汰しております。いつぞやはお越し頂きまして、ありがとうございました」

 挨拶をすると執事さんはパッと頬を紅潮させて「覚えていて下さり感激でございます」と言った。
 前に会ったときと同様、仕立ての良いスーツを着てピカピカに磨き上げられた革靴を履いていた。アレンさんに負けないくらい背筋が伸びていて姿勢が綺麗だ。

「じいさん、久しぶりぃ」

 くまんつ様がいたずら坊主のように言うと、執事さんは相好を崩した。

「あのヤンチャ坊主が立派になられましたな~っ」
「わはははっ! じいさんのおかげだな?」
「お二人を追い回し、どうにか座らせてお行儀を教えたのが昨日のようでございますよ」
「すごい形相で追い回された記憶はある」
「こちらはクビがかかっておりましたから、毎日必死だったのです。逃げ足が速くて苦労しました」

 皆がドッと笑う中、アレンさんがコソッと耳打ちしてくれた。

「二人の教育係だった方です。二人がヤンチャ過ぎて大変なご苦労をされたと聞いています」

 お勉強から逃げ回る小さな二人を想像する。大変だっただろうけれども、絶対にカワイイ。自然と笑みがこぼれた。


 「さて、見てこいとは言われたものの、どこから手をつけるべきか……」

 ヴィルさんが顎を撫でながら呟くと、執事さんが困った顔を見せた。

「私も陛下の使いの方に言われて敷地内をくまなく確認致しました」
「どうだった?」
「これといって怪しい場所はございません。単に気づかないだけなのかも知れませんが、我々にはお手上げでございます」
「だよなぁ。話が漠然としていて何を確認すべきか分からない」

 ヴィルさんとくまんつ様が奥へと進んでいったので、わたしもアレンさんとついて行った。
 すると、玄関の壁のほうからガタガタと音がする。
 驚いてそちらを見ると、さっき見ていた大きな風景画がぐらぐら動いていて、ガクンと右に傾いた。

 次の瞬間、バチッ! と大きな音がした。
 反射的に「ヒッ」と喉が鳴る。
 咄嗟にアレンさんの腕にしがみついた。

「んっ? 何の音だ?」
「ヴィル、絵から煙が!」
「誰か水を持ってこい! アレン、リアを頼む!」
「火事だ! 水!」
「バケツ! ありったけ出せ!」

 和やかでのほほんとしていた玄関ホールは、一瞬にして騒然となった。
 ヴィルさんとくまんつ様が絵の前へ小走りで向かい、それを執事さんや従者が追う。
 屋敷のあちらこちらで、水や避難の指示を出す大きな声が飛び交った。

「リア様、こちらへ」
「は、はい……っ」

 アレンさんに連れられて絵から離れた隅っこで様子を窺った。
 すぐ近くにメイドさん達が集まって不安そうにしている。アレンさんが避難に使える裏口の場所を聞いていた。
 問題の絵からは煙がもくもくと立ち昇っていた。

「アレンさん、さっきの音は何だったのでしょう?」
「リア様、大丈夫ですよ。私から離れないで下さい」

 心臓バクバク、虫の息でハァハァしているわたしに、アレンさんはいつもどおり優しく声を掛けてくれる。しかし、わたしはブンブンと首を振って彼にしがみついた。


 ──ヴィルさんの実家はホーンテッドハウスだった。
 目の前でポルターガイスト現象が起き、尋常でない量の煙が上がっている。

 わたし、虫とオバケとバンジージャンプは本当に、本当に、本当にダメなのですっっ(泣)

 遊園地のお化け屋敷にも入れず、友達が悲鳴を上げて出口から飛び出してくるのを、お外でジュース飲みつつ待っている係だ。
 作り物のオバケと学生バイトの幽霊役ですらダメなのに、こんなリアルなものが大丈夫なわけがない。

 ヴィルさんとくまんつ様は絵の様子を確認していた。
 バケツリレーで水はすぐに届いたけれども、火が上がらなかったので、そのまま床に置かれている。

 「リア様、大丈夫ですよ。何も怖いことは起きていませんから」と、アレンさんは言った。

 しかし、大丈夫だと言っているそばから次のドッキリが発動。
 ヴィルさんが絵を壁から外そうとした瞬間、絵の裏から黒い何かがドサドサと床に落ちたのだ。
 それも大量に……。
 わたしはまた「ひいぃぃっ!」と喉を鳴らして彼にしがみついた。
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