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12-3(POV:ヴィル)

第277話:護身術

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「素のお前を知って幻滅されないか心配だ。一見すると完璧ヤロウに見えるが、実際なかなかの残念ヤロウだからな……」
「彼女はもう分かっているよ」

 リアだって儚げな令嬢に見えて、実はお転婆娘だ。

「彼女、急に運動不足だと言い出して、アレンと庭で訓練を始めた」
「何の?」
「護身術。悪い男に襲われたときの対処法をお勉強中だ」
「書記の指導なんか受けたら、クソ強い女特務師になってしまうぞ」
「俺もそんな気がする」
「ちゃんと優しく指導しているのだろうな?」
「あの溺愛メガネが厳しくするわけないだろう」
「イチャイチャしているのか」
「まあな。しかし教えている内容は的確だ。リアの反撃が確実に相手の急所を狙うよう指導している」
「なんて恐ろしい溺愛ヤロウだ……」

 アレンは小さな力で大男を倒せる技なども手取り足取り教えていた。
 もとは彼女が興味を示したことがきっかけで教え始めたようだが、なかなかスジが良いらしく、飲み込みも早いと言う。

「ミストって、女執事がいるだろう」
「ああ、現役のウラ特務師?」
「アレンが休みの日に代理を頼んだのだが、そこでミストが恐ろしい技を伝授した」
「ま、まさか……息の根を止める殺人技を?」
「男の股間を蹴り上げる技だ」
「殺人技のほうがマシだ。いっそ一撃で殺されたい」
「仕事の合間に執務室の窓から外を眺めたら、リボンをヒラヒラさせた可愛いドレスの婚約者が、庭園で侍女とキャッキャしながら金的蹴りの素振りをしているという、世にも恐ろしい光景が繰り広げられているのだよ。俺は思わず自分の股間を押さえたぞ」
「わははは! 食らわないよう気をつけろよ!」

 あんなのを食らったら俺の心は死ぬ、確実に。


 「──とまあ、そんなわけで、アレンにまで反対されるとは想定外だった、という話だ」

 クリスとソファーで向かい合い、茶を飲みながらエルデン伯家の続報や、リアに二人目の夫選びを提案したらアレンと叔父からこっぴどく説教を食らったことなどを話していた。
 俺がボヤいていると、クリスはため息をついた。

「想定外も何も、お前はリア様に対して説明が足りていないと思うぞ」
「そうかな」
「もっと相手に寄り添った言い方をしろ」
「政治的な安定と安全確保のため……」
「それでは『この世界で育った男』に向かってする説明だ」
「うっ……そうか。そこからダメなのか」

 俺は茶のカップを置いて唸った。
 クリスも腕組みをして唸った。

「そもそもリア様はこの世界そのものをよく知らない」
「うむ」
「政治にも関わっていないし、現時点では安全も確保されている」
「彼女から見えている現状はそうだな」
「まず、安全なように見えるが実は思っているほどではないと伝えろ」
「ふむ」
「そのうえで何が脅威であるかを詳しく示す」
「反王派についてはリアも認識している」
「敵対関係にある隣国は?」
「彼女は新聞を読むから知っている」
「リア様の能力や権力を狙う者」
「俺の政敵による陰謀も心配だ。リアは俺の唯一にして最大の弱点だが、俺はそれを隠していないから狙われるかも知れない」

 彼女の身分に王女というオマケが付いている以上、俺だけでなく王を脅す目的で利用される可能性もあるとクリスは指摘した。

「どうやって守りを固めようとも、完全なる安全はありえない。知らないうちに身内が敵の手下になっていることもある」
「改めて話すことにするよ」
「そのほうがいい」
「ありがとう」

 クリスはカップを手に取り、ゆっくりと茶を飲んだ。
 一息つくと、彼は「よし次だ」と言った。

「なぜ夫を必要とするのかだ」
「うむ……」
「安全確保のためならば、普通は護衛を増員する。しかし、お前は夫を増やしたい」
「そう」
「すでに王国最大規模の騎士団で守っている」
「ご指摘通りだ」
「それでも『夫』でなければいけない理由は説明できるのか?」

 俺はしばらくテーブルに視線を落としていた。
 視線を上げるとクリスと目が合った。

「……これを俺が言うのもおかしいのだが、護衛はしょせん仕事で守っているだけだ」
「元も子もないことを言ったな」
「しかし、この一言に尽きる」
「言わんとしていることは分かるがな」

 彼はガシガシと頭をかいた。

 いくら大勢の護衛を付けたとしても、任務である以上、時間が来れば交代する。どれほど優秀で必要とされていても休暇の日はリアのそばにはいない。
 任務はあくまでも任務。仕事だ。

「それと、俺が仕事で出なければならない日が増えつつある」
「そうなのか?」
「今は夕方に帰ってきているが、叔父は俺をもっと使いたがっている。以前のような便利屋とはわけが違う」

 王宮に行くようになって、父と叔父の働き方が異常だということに気がついた。
 その根本的な原因は戦だ。
 戦の戦況が芳しくないと二人にかかる負担は果てしなく増大する。

「変な話だが、この間、叔父の予定が分刻みすぎてトイレに行く暇がないと嘆いている日があった」
「予定と予定の間にのりしろもないのか。ひでぇな、国王なのに」
「俺でもできることがあるなら手伝いたい」

 クリスは天井を見上げ、「それはお前かフィリップにしかできねぇな」と呟いた。

 叔父は俺に外交の手伝いをさせたがっている。
 今まで婚約発表の準備を口実に、国賓との晩餐会や複数日にまたがる接待はすべて断わり、王都の軽い案内や茶の相手くらいで誤魔化してきたのだが、その婚約発表も終わってしまった。

「手伝いで済んでいるうちにフィリップを呼び戻す」
「できるのか?」
「そもそも王太子である彼がいないからこういう事態になっている」
「まあなぁ……」
「俺は父を手伝うことはあっても、王の仕事を肩代わりするのは想定外だ」
「しかし、居場所も分からないのだろう?」
「なんとかする。もう腹をくくってもらわねば俺も困る」

 クリスは「それもそうだな」と言った。

「外交にリアを連れていくという手もあるが……」
「リア様を政治に巻き込むのは反対だ」
「アレンとフィデルも猛反対している」
「だろうな」
「そつなくこなしてくれるとは思うが、そのせいで彼女らしさがなくなるのは困る。だから彼女を引っぱり出すつもりはない」

 クリスは同情的に「お前も辛いところだな」と言った。

「もう一つ、これは俺からではなく叔父から話してもらうつもりなのだが、過去の神薙にはなかった危険が一つある」
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