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第十二章 重圧

第267話:白い女出動

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 わたしがキッチンに立つ頻度が高くなったのには、もう一つ理由があった。
 舞踏会の後に『リア様の専用厨房』が誕生していたからだ。

 以前から厨房にはちょこちょこと改修工事が入っており、執事長からは「老朽化対策をしている」と聞いていた。
 ところが、わたしの知らぬところで発注された一連の工事は、舞踏会当日を納期に指定した『厨房拡張工事』だった。
 事前の工事でリネン室との壁がぶち抜かれており、わたしが舞踏会へ向かう時間を見計らって厨房設備を入れる業者が呼ばれていたらしい。

 それは、ヴィルさんからのサプライズプレゼントだった。
 既にドレスとお飾りを頂いていたのに、本人いわく「オマケ」だそうだ。
 しかも、憧れの対面式カウンターになっていた。
 カウンターチェアに座ってくつろぐ彼と、お喋りをしながらお料理ができてしまうのだ。

 もう、お掃除をするだけでも楽しいし、シンクの蛇口を撫でているだけで幸せ。用がなくても勝手に足がキッチンへ向いてしまう。
 カウンターでお茶を飲みながら読書をしては、デヘデヘとニヤけている。

 念願のマイキッチンを手に入れたまでは良かったけれども、ひとつ問題が起きた。
 わたし用にヴィルさんが用意してくれた設備と、もともとあった厨房設備に差が出てしまったことだった。
 最新式と何十年も使い込んだ設備の差は大きい。一部の設備は壊れかけていて、皆で騙し騙し使っているのを知っていた。
 プロより素人のほうが良いものを使うのは申し訳ない。

「アレンさん、早急に手を打たなくてはですっ」
「なにも自ら動かなくとも。執事長に任せれば良いのですよ?」
「厨房の士気に関わる問題ですよぅ? 料理人のやる気が下がって食事の質が落ちれば、今度は宮殿全体の士気に関わってきます。物足りないお食事ではわたし達だって悲しいでしょう」
「確かに、それは困りますね」
「王宮へ参りましょうっ」

 大急ぎで王宮へ飛んでいった。お目当ては神薙御用達プロジェクトで民から募集している「オススメ情報」だ。
 文官さんにリストを出してもらい、厨房機器メーカーを探した。

 このプロジェクトは良いものを掘り出して神薙様の名前で宣伝する企画なのだけれども、わたしは広告塔である前に一消費者だ。オススメ案件は探し物を見つけるのにちょうど良く、闇雲に探し回る手間も省けて便利だった。

「リア様、ありましたよ。数社から商品紹介の冊子が届いています」
「ばんざーいっ! 持って帰って料理長と打ち合わせをいたしましょうっ」

 料理長と一緒に変装していくつかのショールームを見てまわり、新しい厨房設備を決めて見積もりを取った。
 結構な金額になったので陛下に神薙予算を使わせて頂くための申請をすると「頼むからもっと予算を使ってくれ」と、金額も見ないうちから承認されてしまった。

 設備が新しくなり、もともと士気の高かった厨房は輪をかけて活気づいたのだった。


 ──ひとつ、残念なことがあった。

 実はバタバタしているうちに、うっかり地球の暦で年を越してしまっていたのだけれども、少しズレてやって来たこの国の新年が悲しいほどアッサリしていた。

 この国には新年を祝う習慣がない。
 そもそも元日は祝日ですらなく普通のワークデーで、公の機関もフル稼働していた。
 聞くところによると『聖者の日』という祝日があるそうで、新年よりもそちらのほうが大切なのだとか。

 海外でよくあるクリスマス・旧正月最強説と同じだ。
 日本はクリスマスが終わり次第すぐにお正月の飾りつけに切り替わるけれども、海外では年明けまでほったらかしの国が多い。
 とある国では、一月下旬でもクリスマスツリーがぴかぴか光っていた。
 職場に外国人が多かったこともあって「新年なんかどうでもいい派」の理解はしている。

 でもスミマセン、わたしはやっぱりお正月を祝いたい派で……。
 年が明けた日からの日数を数えてみると、日本ならもう三月初旬ぐらいになっている計算だった。
 大変遅ればせながら、ひとりでお正月をさせて頂きたいと思います。


 「──随分とたくさんの材料を必要とするのだな、そのオセッチーという料理は」

 わたしが買い込んだ食材を見てヴィルさんが言った。

 おせちが「オセッチー」になってしまうのはご愛嬌だ。
 まるで湖に現れる謎の巨大生物のような名前だけれども彼が言うと可愛いのでヨシとしたい。

「良い一年になるよう願掛けをするお料理なのです」
「料理に願いを込めるのか?」
「そう、ただ美味しければ良いわけではないのですよぉ。フッフッフ」
「不敵な笑みだ。何を企んでいるのだか……」
「ムッフッフッフッ」

 おせちはダジャレとこじつけによる縁起かつぎの詰め合わせ料理。これを食べずして、わたしの一年は始まらない。
 いつもは母と二人で支度をしていたけれども、今年は一人でやってやる。

「こんなところにいたー!」

 厨房改修の際に移動したリネン室を見ていたら、侍女長に隠されてしまった白の割烹ドレスを発見した。
 引っ張り出して装備し、髪をフルアップにして、白い三角巾で覆えば戦闘態勢だ。
 侍女長が「死ぬほどダサいのでおやめくださいっ!」と必死に抵抗しているけれども、フッフッフ……もう遅い。

「いよぉっしゃぁ、やりますよぉぉ~」

 淑女らしく(?)気合いを入れる。
 わたしの姿を見たアレンさんが「おっ」と反応した。
 顔面グルグル巻きはしていないけれども、看病していたときのスタイルなので彼の言いたいことは分かっている。

 「白い女、再び参上いたしましたっ」と敬礼してみせた。
 「はははっ、お久しぶりですね」と、彼も敬礼を返してくれた。

 二人でクスクス笑っていると、休暇で屋敷にいたヴィルさんが怪訝そうな顔をした。

「なんなのだ、そのやり取りは?」
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