245 / 372
第十一章 婚約発表
第249話:ライバル
しおりを挟む
※第248話は欠番です
────────────
「ランドルフ様があんな淫乱女のものになるなんて許されないことですわ!」
ざわついていた廊下が一瞬にして凍り付いた。
イ……インラン?
なんだかスゴイ単語ですけれども。ももももしかして、それはわたしのことを言ってらっしゃるのでしょうか?
「まったく、わたくし達が知らないとでも思っているのかしら。神薙なんてただの淫獣ですのよ? ランドルフ様と婚姻が結べるような生き物ではありませんわ」
「きっと、あのカラダで殿方を操っているのだわ」
「まるで娼婦ですわね。汚らわしいっ」
は、はわぁ……。
淫乱・淫獣・汚らわしいの悪口三拍子を頂戴しました。
でも、ひとつ言わせていただくと、それは先代の神薙のことだと思うのです。
それに、ヴィルさんはカラダごときで操られるような人ではありません。
んもー、失礼しちゃうっ。
三人の女性の声がパウダールームから聞こえていた。
お化粧を直しながら話しているうちに白熱してしまったのだろうか。
生まれつき喉の弱いわたしは彼女たちの大きな声が少し羨ましいけれども、いかんせん話の内容がよろしくない。
先代の神薙がベリーバッドなビッチであり、淫乱・淫獣・汚らわしいを基本三原則としていたのは紛れもない事実。
神薙の夫だった人が書いた暴露本を熟読し、アレンさん達から実際の話も聞いているわたしは、知らない人からこういうことを言われる覚悟はできていた。
ヴィルさんは「先代の時代はヒト族に神薙の悪事が漏れないよう情報統制を頑張ってきた」と言っていたけれども、戸を立てられないのが人の口だ。
「それ、人違いなのですよ?」と教えて差し上げたい。
でもわたしはその部屋に入ってはいけないので、お話しすることは叶わない。
とりあえず笑ってスルーするのが一番だ。
ああいう人には勝手に言わせておいて、お部屋で美味しいシャンパンを頂きましょう。
「あははっ、なんだかタイミング悪いところに来ちゃっ……たあぁぁッッッ?」
いつものノリで皆に話しかけようとして驚いた。
わたしの『関係者一同』の様子がおかしい………。
侍女長は顔面蒼白で唇がヒクヒクと引きつっていた。
侍女のイルサは下唇を噛んで眉間に皺を寄せ、パウダールームを睨みつけている。丈の長いスカートの学生服を着せたら、伝説のヤンキー娘だ。
ヴィルさんは顔が真っ赤なのに無表情だった。
ついさっきまで祝福の言葉を浴びて照れ笑いしていた彼の表情筋が死に絶えている。
フィデルさんの頭上には小さな雪雲が発生しており、パラパラと雪が降っていた。
脳内常夏男はオーバーヒートを防止するため、物理的に頭を冷やそうとしているようだ。
しかし、アレンさんの魔力が漏れ出して風が吹いているせいで、せっかく降らせた雪が煽られてしまい、マークさんの顔にビシビシと吹きつけていた。
寡黙で硬派なマークさんだけは皆と違って冷静に見えた。局地的吹雪を顔に浴びながらも表情はいつもどおりだ。
しかし、彼の右手はすでに剣のグリップを握っており、彼が一番短気だった。
ヘアスタイルが黒い短髪なせいか、さっきから極道の若頭に見えてならない。
辺りに散らばっている護衛の騎士団員は皆、凄い形相でマークさんの顔を見ていた。若頭の指示を待つ若い衆と化している。
このままでは死人が出る……。
と、と、止めませんとっ!
どこから? いや、誰から?
とりあえず、組長(?)から!
わたしはヴィルさんの腕をさすった。
「ヴィルさんはモテますから、当然こういうこともありますよ。ね?」
「不敬罪だ……。死をもって償わせよう」
「そ、そういうのは、ちょっと」
「こんなに証人がいることも珍しい……」
「証人は、まあ、アレですけれどもっ」
彼の表情筋は死んだままで、わたしに向かって無理に笑顔を作ろうとしたのか、口角が変な角度で上がってヒクヒクしている。
ど、どなたかモザイクを……彼の顔にモザイクをお願いいたしますっ(泣)
「ヴィルさん、あまり物騒なことは。ねっ? ねっ?」
「人が増えてきたな。皆、リアを囲め」
「へ?」
パウダールームを中心に人だかりができていた。
わたしのいない場所で神薙の悪口が聞こえただけなら大事にならなかっただろうに、運悪く本人と関係者一同がガッツリ聞いてしまっている。
たまたま現場に居合わせた人々は、「これはもう不敬罪になる」と確信し、証人として証言してくれるつもりなのだろう。皆その場に留まってくれていた。
そして、後から来た別の通行人達に何があったのかと尋ねられると、彼らは丁寧に説明をしていた。それが次々と伝播し、人だかりはさらに大きくなっていく。
ヴィルさんの指示で、わたしの周りには騎士の壁が出来た。
「お黙りなさい。見苦しいですよ。わたくしの神薙様はそんなお方ではありません」
聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「マリン? 中にマリンがいます」
「リア様、ここを動いてはいけません」
騎士の壁から出ていこうとするわたしの手を掴み、アレンさんが止めた。
「でも、マリンが一人で……」
「今はいい子にしていてください」
「アレンさん、行かせて」
「あちらは神薙が入るような部屋ではありません。それにソレント子爵令嬢は神薙の女官として厳しく育てられており、その辺の令嬢とはわけが違います。出てくるのを待っていれば大丈夫です」
「そんな……」
アレンさんはわたしの頭を撫で、「大丈夫。リア様はここで待機してください」と言った。
わたしが納得いかない素振りを見せると、侍女長が後ろからそっと肩に手をかけた。
「リア様? わたくし達の友人は、そんなにヤワではありませんわ」
悔しい……。
神薙だというだけで、大好きなマリンを助けにも行けないなんて。
────────────
「ランドルフ様があんな淫乱女のものになるなんて許されないことですわ!」
ざわついていた廊下が一瞬にして凍り付いた。
イ……インラン?
なんだかスゴイ単語ですけれども。ももももしかして、それはわたしのことを言ってらっしゃるのでしょうか?
「まったく、わたくし達が知らないとでも思っているのかしら。神薙なんてただの淫獣ですのよ? ランドルフ様と婚姻が結べるような生き物ではありませんわ」
「きっと、あのカラダで殿方を操っているのだわ」
「まるで娼婦ですわね。汚らわしいっ」
は、はわぁ……。
淫乱・淫獣・汚らわしいの悪口三拍子を頂戴しました。
でも、ひとつ言わせていただくと、それは先代の神薙のことだと思うのです。
それに、ヴィルさんはカラダごときで操られるような人ではありません。
んもー、失礼しちゃうっ。
三人の女性の声がパウダールームから聞こえていた。
お化粧を直しながら話しているうちに白熱してしまったのだろうか。
生まれつき喉の弱いわたしは彼女たちの大きな声が少し羨ましいけれども、いかんせん話の内容がよろしくない。
先代の神薙がベリーバッドなビッチであり、淫乱・淫獣・汚らわしいを基本三原則としていたのは紛れもない事実。
神薙の夫だった人が書いた暴露本を熟読し、アレンさん達から実際の話も聞いているわたしは、知らない人からこういうことを言われる覚悟はできていた。
ヴィルさんは「先代の時代はヒト族に神薙の悪事が漏れないよう情報統制を頑張ってきた」と言っていたけれども、戸を立てられないのが人の口だ。
「それ、人違いなのですよ?」と教えて差し上げたい。
でもわたしはその部屋に入ってはいけないので、お話しすることは叶わない。
とりあえず笑ってスルーするのが一番だ。
ああいう人には勝手に言わせておいて、お部屋で美味しいシャンパンを頂きましょう。
「あははっ、なんだかタイミング悪いところに来ちゃっ……たあぁぁッッッ?」
いつものノリで皆に話しかけようとして驚いた。
わたしの『関係者一同』の様子がおかしい………。
侍女長は顔面蒼白で唇がヒクヒクと引きつっていた。
侍女のイルサは下唇を噛んで眉間に皺を寄せ、パウダールームを睨みつけている。丈の長いスカートの学生服を着せたら、伝説のヤンキー娘だ。
ヴィルさんは顔が真っ赤なのに無表情だった。
ついさっきまで祝福の言葉を浴びて照れ笑いしていた彼の表情筋が死に絶えている。
フィデルさんの頭上には小さな雪雲が発生しており、パラパラと雪が降っていた。
脳内常夏男はオーバーヒートを防止するため、物理的に頭を冷やそうとしているようだ。
しかし、アレンさんの魔力が漏れ出して風が吹いているせいで、せっかく降らせた雪が煽られてしまい、マークさんの顔にビシビシと吹きつけていた。
寡黙で硬派なマークさんだけは皆と違って冷静に見えた。局地的吹雪を顔に浴びながらも表情はいつもどおりだ。
しかし、彼の右手はすでに剣のグリップを握っており、彼が一番短気だった。
ヘアスタイルが黒い短髪なせいか、さっきから極道の若頭に見えてならない。
辺りに散らばっている護衛の騎士団員は皆、凄い形相でマークさんの顔を見ていた。若頭の指示を待つ若い衆と化している。
このままでは死人が出る……。
と、と、止めませんとっ!
どこから? いや、誰から?
とりあえず、組長(?)から!
わたしはヴィルさんの腕をさすった。
「ヴィルさんはモテますから、当然こういうこともありますよ。ね?」
「不敬罪だ……。死をもって償わせよう」
「そ、そういうのは、ちょっと」
「こんなに証人がいることも珍しい……」
「証人は、まあ、アレですけれどもっ」
彼の表情筋は死んだままで、わたしに向かって無理に笑顔を作ろうとしたのか、口角が変な角度で上がってヒクヒクしている。
ど、どなたかモザイクを……彼の顔にモザイクをお願いいたしますっ(泣)
「ヴィルさん、あまり物騒なことは。ねっ? ねっ?」
「人が増えてきたな。皆、リアを囲め」
「へ?」
パウダールームを中心に人だかりができていた。
わたしのいない場所で神薙の悪口が聞こえただけなら大事にならなかっただろうに、運悪く本人と関係者一同がガッツリ聞いてしまっている。
たまたま現場に居合わせた人々は、「これはもう不敬罪になる」と確信し、証人として証言してくれるつもりなのだろう。皆その場に留まってくれていた。
そして、後から来た別の通行人達に何があったのかと尋ねられると、彼らは丁寧に説明をしていた。それが次々と伝播し、人だかりはさらに大きくなっていく。
ヴィルさんの指示で、わたしの周りには騎士の壁が出来た。
「お黙りなさい。見苦しいですよ。わたくしの神薙様はそんなお方ではありません」
聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「マリン? 中にマリンがいます」
「リア様、ここを動いてはいけません」
騎士の壁から出ていこうとするわたしの手を掴み、アレンさんが止めた。
「でも、マリンが一人で……」
「今はいい子にしていてください」
「アレンさん、行かせて」
「あちらは神薙が入るような部屋ではありません。それにソレント子爵令嬢は神薙の女官として厳しく育てられており、その辺の令嬢とはわけが違います。出てくるのを待っていれば大丈夫です」
「そんな……」
アレンさんはわたしの頭を撫で、「大丈夫。リア様はここで待機してください」と言った。
わたしが納得いかない素振りを見せると、侍女長が後ろからそっと肩に手をかけた。
「リア様? わたくし達の友人は、そんなにヤワではありませんわ」
悔しい……。
神薙だというだけで、大好きなマリンを助けにも行けないなんて。
46
お気に入りに追加
455
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
殿下、私の身体だけが目当てなんですね!
石河 翠
恋愛
「片付け」の加護を持つ聖女アンネマリーは、出来損ないの聖女として蔑まれつつ、毎日楽しく過ごしている。「治癒」「結界」「武運」など、利益の大きい加護持ちの聖女たちに辛く当たられたところで、一切気にしていない。
それどころか彼女は毎日嬉々として、王太子にファンサを求める始末。王太子にポンコツ扱いされても、王太子と会話を交わせるだけでアンネマリーは満足なのだ。そんなある日、お城でアンネマリー以外の聖女たちが決闘騒ぎを引き起こして……。
ちゃらんぽらんで何も考えていないように見えて、実は意外と真面目なヒロインと、おバカな言動と行動に頭を痛めているはずなのに、どうしてもヒロインから目を離すことができないヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID29505542)をお借りしております。
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる