昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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第十章 死の病 >5 お迎えに(POV:リア)

第237話:オーディンス家

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 昔々、ヴィントランツ王国の王太子がオルランディアへ留学することになった。
 護衛と相談役を兼ね、王太子の従兄弟が一緒に海を渡ったそうだ。そして二年の留学期間を終えて無事に帰国した。
 すっかりオルランディアが気に入ってしまった従兄弟は、単身で再び東大陸へやって来た。
 彼は公爵家の五男坊で、かなり自由な立場にある人だった。趣味はお忍びで食べ歩きをすることだと公言してもいた。

 無事オルランディア王都に入り、彼は留学中によく通っていた飲食店へ向かった。腹ごしらえをしていると、騎士団の団員募集ポスターが目に入った。
「働きながら旅をすれば滞在期間を伸ばせる。傭兵もいいけど、給料は騎士のほうが良さそうだ」
 そう考えた彼は、変装して面接に行った。すると、留学中に知り合った友達とバッタリ出くわしてバレてしまった。しかも大勢に。
 彼は現在の騎士科に該当するクラスに留学していたため、騎士団は知り合いだらけだった。
 入国からわずか三日で身分がバレてしまい、その挙げ句、王宮近くの屋敷に軟禁されてしまった。
 身分を偽って入国したせいで、スパイ容疑をかけられたのだ。
「個人旅行だ。自分は食べ歩きがしたいだけだ」
 いくら説明しても信じてはもらえなかった。

 時のオルランディア王は、調査のためにヴィントランツへ外交官を送った。
 外交官はヴィントランツ王宮に事情を話し、彼の父親に入国目的を問い質すつもりだった。

 長い航海を経て彼の実家に到着すると、憔悴しょうすいしきった家族が出てきた。
 五男が留学から戻ってからの様子や、彼の政治的思想について問い質す外交官。正しい情報を引き出すため、あえて自分の身分は伏せてあった。
 外交官が質問をするたび、一家は涙ながらに思い出話をした。
 何を聞いても過去形で、最後には決まって「こんなことになるくらいなら、もっと○○しておくべきだった」といって号泣している。まるで五男がすでに亡くなっているかのような話しぶりだった。
 様子がおかしいと感じた外交官は、自らの身分を明かし、五男がオルランディアにいることを話した。すると、一家は歓喜して大号泣。彼は大歓待を受けることになった。

 問題の五男は消息不明になっていた。
「オルランディアの腸詰めの味が忘れられないからチョット行ってくるよー」と、まるで近所のレストランへ行くような口ぶりで家を出たきりだったと言う。
 彼が船でのんびり移動している間、家族と屋敷の人々は総出で市中を捜索していた。
 彼が思い出の食堂で舌鼓を打っている頃「どうか息子を返してください」と、家族の悲痛な訴えが新聞に掲載されていた。
「もしや最後の言葉が危険を知らせる暗号だったのではないか」と、暗号分析官を呼んで大騒ぎしていたところにオルランディアの外交官がヒョッコリやって来たというわけだ。
 彼のスパイ容疑はアッサリと晴れてしまった。

「まさか本当に腸詰め目当てで海を渡るとは誰も思っていなかったのだろうな」と、ヴィルさんは言った。
「でも……言われてみれば、アレンさんも腸詰めが大好きですね」
「ああ。お父上もそうだよ」

 結局、その五男は母国とオルランディア双方の理解を得ることに成功した。
 希望どおりオルランディアの一般騎士として働きながら、東大陸での暮らし(主に旅と食)を堪能していた。
 西の聖女の血を引く彼は優秀で、あっという間に爵位と永住権をゲット。その後もサクサクと出世して侯爵になった。
 お金もうけが上手で、自分の力で適当に生きていけるせいか、侯爵以上の爵位は欲しがらなかったらしい。
 時の王が褒賞として与えた東大陸の家名を、彼は喜んだという。

「それが三代か四代前の当主だという話だ。彼らは聖女の血を引いた優秀な子を持つため、子を作るときだけ西大陸に里帰りしている」
 いろいろと驚きすぎて、意図せず口から「ほああぁぁぁ」という声(音?)が出てしまった。

「彼が俺に向かって『金髪クソヤロウ』と本気で言ったとしても、実はまったく不敬ではない。国際的な家格はヴィントランツ王家のほうが上だ。まるで格が違う。逆に俺のほうが不敬だと言われる」
「そ、そんなに高貴なお方だなんて……」
 オーディンス家は政治的に東西の大陸をつなぐ架け橋だ。
 なにせこちらには聖女様がいない。有事のときに西の聖女様を頼りたくなったら、オーディンス家が頼みの綱になる。

「リアが救ったのはそういう人物だ」
「それが皆と違うところだなんて……」
「お父上が送ってきた金額を王が出したとしても、別におかしくないだろう?」
 急にアレンさんが遠い人のように感じた。
 やはり只者ではないオーラを垂れ流している人は、只者ではないのだ。
 ありがたい仏像様だと思っていたら、実は神様級だった。メガネ岩なんてイジっている場合ではない。
「いいのでしょうか、彼が側仕えだなんて……」
「君は大陸の宝だ。彼もまた宝だと言って過言ではない。俺はちょうどいいと思っている」

 わたしはヴィルさんの顔をじっと見て、目をぱちぱちした。
「どうして、その『宝』を山ごもり訓練に出しました?」
「んっ?」
「ケガでもしていたらどうしましょう~! やっぱりアレンさんを呼び戻してくださいぃ!」
「やれやれ。話がふり出しに戻ったぞ……」
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