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10-4 POV:ヴィル
第220話:なぜか釣りをしている
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──釣りに連れていかれた。
なにもこんな時に行かなくても良いのではないだろうか。今ほど釣りに不向きな状況もない。
行きたくないと主張する俺を無視して、親友は早朝から叩き起こしにやって来た。
「起きろ。行くぞ」
「まだ五時だぞ。ていうか、どうやって鍵開けたんだよ」
「俺様に不可能はない。早くしろ。行くぞ」
「お前は子どもをさらいに来た魔王か」
「ぐえへへへ、枕を抱えたちびっ子よ、貴様も悪の一味に入れてやろう」
「……寝る」
「貴様の今日の任務は、オルランディアウケグチノオナガノフサフサヒレナガマスを釣ることだ」
「長い名前は流行りの小説だけにしろ。なんだよフサフサって」
「さあ起きろ」
「ようやく寝ついたばっかりだ」
「優しい魔王クリス様が荷馬車に乗せてやるから道中で寝ろ」
「寝心地悪いからヤダ」
「ほら、もう目が覚めただろう」
「くっそぉ……」
リアの宮殿に差し入れをしようと言い出したのも、釣りに行こうと言ったのもクリスだった。
装備を整えた彼は、半ば引きずるように俺を近場の湖へ連れていった。
渡された竿と指定された餌。
言われたとおりにしてやると、白銀の魚が次々と釣れた。
名前はナントカノフサフサ……覚えられない。
クリスが言うには結構な高級魚らしい。
彼は嬉々として美味い食べ方を話していた。
一通り聞いて「へえ、そうなのか」とだけ答えたが、内容は何ひとつ記憶に残っていなかった。
こんな状況で魚を貰って、リアは喜ぶのだろうか……。
そんなことを考えていると、彼女の宮殿に差し入れの予告をしに行ったクリスの従者が遅れて到着した。
「楽しみにしています、とのことです。とても喜んでおられました!」
「会えたか?」
「はいっ、今日もお綺麗でした」
「そうだろうそうだろう。よーし、じゃんじゃん釣るぞ。お前らも頑張れ」
従者の言伝を聞いてクリスは余計に張り切った。
彼は従者の分まで道具を用意していたので、いつも以上に大漁だったのは言うまでもない。
クリスが彼女の宮殿へ届けに行っている間、俺は近くの広場で待っていた。
そこは毎日午後三時から夕市をやっており、時間が近くなると露天商が集まってくる。
場所柄、並ぶ品物は良いものが多い。
果物売りが荷車を引いてやって来たものの、俺の近くで眉尻を下げていたので「どうかしたのか?」と声を掛けた。
俺が居た場所に普段から店を出していると言う。
「おっと、それはすまなかった」
どいて場所を空けてやると、彼は深々と頭を下げて出店の準備に取り掛かった。
「もしよろしかったら、お味見をいかがですか?」
果物売りが真っ赤に熟れたリンゴを差し出してきたので、礼を言って受け取った。
平民が貴族に向かって気安く話しかけることはあまりないが、こちらが平民や商人を装っているときは話が別だ。
相手が忍んでいるときに変な気を使わないのが良い商人の流儀だった。
王宮に近いこの広場へ来る商人は、貴族の屋敷に品物を納めていることも多く、貴族との関わりに慣れている。
果物売りは手を休めることなく品物を並べながら、「今年は小ぶりですが、とても甘いんですよ」と言った。
確かにだいぶ小ぶりではあったが、香りがとても良い。齧るとパリっと弾けるような音がして、新鮮で甘かった。
「今年は生育が悪くて売り物にならないと言われていたのですが、次第に良い知らせが増えましてね。新しい神薙様のご加護のおかげですよ。二つ三つペロリといけそうでしょう?」
咀嚼しながら頷いた。
釣りに行った湖でも似たような話を聞いたばかりだった。
「今年の夏までさっぱり釣れなかったが。寒くなってからは良く釣れる。新しい神薙のおかげだ」と、近くにいた釣り人達が言っていた。
「当の神薙は『この国のリンゴはどれを食べても美味だ』と言って、自分の功績にちっとも気づいていないかもな」
「はははっ、いやぁー、ぜひ神薙様にも召し上がって頂きたいですよねぇ」
果物売りは手を動かし続けながら朗らかに笑った。
到着が早かった露天商はすでに威勢の良い声を上げて客を呼び込んでいる。
「店主、それ一つ貰えるかな。明日の朝食にしたい」
「毎度ありがとうございます」
リンゴを一袋買うと、「こちらも良ければお試しください」と、彼は別の品種のリンゴとミカンも一つずつ入れてくれた。そして深々と頭を下げると「どうぞまたご贔屓に」と言った。
アレンが死の病に感染して一週間が経とうとしていた。
定期的に届く報告書のおかげで、リアが魔法を使えるようになりつつあることと、ほとんどアレンに付きっきりで看病をしていることは分かっていた。
俺とクリスはその報告書の緻密さに度肝を抜かれた。
リアはエムブラ宮殿内のことを事細かに記録させており、それがそのまま複写されて俺の元に届いていた。
それは一日ないしは二日に一度届き、複写にかかる時間の分だけ時差はあるが、手に取るように何をしているかが把握できた。
初動の部分を読んだクリスは、「一体どこでこのようなことを学ばれたのか」と唸った。
彼女の指示で取られた感染拡大防止対策は多岐に渡る。
浄化魔法の効かない菌を相手取り、時に人海戦術で、そして時に酒や熱湯を武器に、リアの宮殿は誰一人として二次感染者を出さずに戦い続けている。
彼女の智慧は前の世界で得たものだろう。
しかし、彼女がそれを習得した背景などは誰にも分からなかった。
そもそもリアに関しては分からないことが多い。いや、分かっていることのほうが圧倒的に少ない。
魔法のない世界で生きてきた彼女を理解するには膨大な時間が必要であり、病の床に伏しているアレンこそが彼女について最も詳しい人物だった。
俺が一番驚いたのは、いつも大勢の騎士に守られておっとりとしている彼女が、最初から一貫して最前線かつ指揮系統の頂点にいたことだ。
周りに助言こそ求めるものの最終決定はすべて彼女が下して指示を出していた。
彼女は普段から誰かに「命じる」という行為をしない。だから実際は「協力のお願い」とか「みんなで分担して頑張る」とか、そういった『リアなりの命令』なのだと思う。
しかし、彼女の下す決断は、一団の将のそれと同じだった。
……俺は彼女を舐めていた。
人心掌握術に長けているとは思っていたが、部下を手足のように使うことはできないと思っていた。
それに、何でも俺の言うことに従ってくれると高を括っていた。
なにもこんな時に行かなくても良いのではないだろうか。今ほど釣りに不向きな状況もない。
行きたくないと主張する俺を無視して、親友は早朝から叩き起こしにやって来た。
「起きろ。行くぞ」
「まだ五時だぞ。ていうか、どうやって鍵開けたんだよ」
「俺様に不可能はない。早くしろ。行くぞ」
「お前は子どもをさらいに来た魔王か」
「ぐえへへへ、枕を抱えたちびっ子よ、貴様も悪の一味に入れてやろう」
「……寝る」
「貴様の今日の任務は、オルランディアウケグチノオナガノフサフサヒレナガマスを釣ることだ」
「長い名前は流行りの小説だけにしろ。なんだよフサフサって」
「さあ起きろ」
「ようやく寝ついたばっかりだ」
「優しい魔王クリス様が荷馬車に乗せてやるから道中で寝ろ」
「寝心地悪いからヤダ」
「ほら、もう目が覚めただろう」
「くっそぉ……」
リアの宮殿に差し入れをしようと言い出したのも、釣りに行こうと言ったのもクリスだった。
装備を整えた彼は、半ば引きずるように俺を近場の湖へ連れていった。
渡された竿と指定された餌。
言われたとおりにしてやると、白銀の魚が次々と釣れた。
名前はナントカノフサフサ……覚えられない。
クリスが言うには結構な高級魚らしい。
彼は嬉々として美味い食べ方を話していた。
一通り聞いて「へえ、そうなのか」とだけ答えたが、内容は何ひとつ記憶に残っていなかった。
こんな状況で魚を貰って、リアは喜ぶのだろうか……。
そんなことを考えていると、彼女の宮殿に差し入れの予告をしに行ったクリスの従者が遅れて到着した。
「楽しみにしています、とのことです。とても喜んでおられました!」
「会えたか?」
「はいっ、今日もお綺麗でした」
「そうだろうそうだろう。よーし、じゃんじゃん釣るぞ。お前らも頑張れ」
従者の言伝を聞いてクリスは余計に張り切った。
彼は従者の分まで道具を用意していたので、いつも以上に大漁だったのは言うまでもない。
クリスが彼女の宮殿へ届けに行っている間、俺は近くの広場で待っていた。
そこは毎日午後三時から夕市をやっており、時間が近くなると露天商が集まってくる。
場所柄、並ぶ品物は良いものが多い。
果物売りが荷車を引いてやって来たものの、俺の近くで眉尻を下げていたので「どうかしたのか?」と声を掛けた。
俺が居た場所に普段から店を出していると言う。
「おっと、それはすまなかった」
どいて場所を空けてやると、彼は深々と頭を下げて出店の準備に取り掛かった。
「もしよろしかったら、お味見をいかがですか?」
果物売りが真っ赤に熟れたリンゴを差し出してきたので、礼を言って受け取った。
平民が貴族に向かって気安く話しかけることはあまりないが、こちらが平民や商人を装っているときは話が別だ。
相手が忍んでいるときに変な気を使わないのが良い商人の流儀だった。
王宮に近いこの広場へ来る商人は、貴族の屋敷に品物を納めていることも多く、貴族との関わりに慣れている。
果物売りは手を休めることなく品物を並べながら、「今年は小ぶりですが、とても甘いんですよ」と言った。
確かにだいぶ小ぶりではあったが、香りがとても良い。齧るとパリっと弾けるような音がして、新鮮で甘かった。
「今年は生育が悪くて売り物にならないと言われていたのですが、次第に良い知らせが増えましてね。新しい神薙様のご加護のおかげですよ。二つ三つペロリといけそうでしょう?」
咀嚼しながら頷いた。
釣りに行った湖でも似たような話を聞いたばかりだった。
「今年の夏までさっぱり釣れなかったが。寒くなってからは良く釣れる。新しい神薙のおかげだ」と、近くにいた釣り人達が言っていた。
「当の神薙は『この国のリンゴはどれを食べても美味だ』と言って、自分の功績にちっとも気づいていないかもな」
「はははっ、いやぁー、ぜひ神薙様にも召し上がって頂きたいですよねぇ」
果物売りは手を動かし続けながら朗らかに笑った。
到着が早かった露天商はすでに威勢の良い声を上げて客を呼び込んでいる。
「店主、それ一つ貰えるかな。明日の朝食にしたい」
「毎度ありがとうございます」
リンゴを一袋買うと、「こちらも良ければお試しください」と、彼は別の品種のリンゴとミカンも一つずつ入れてくれた。そして深々と頭を下げると「どうぞまたご贔屓に」と言った。
アレンが死の病に感染して一週間が経とうとしていた。
定期的に届く報告書のおかげで、リアが魔法を使えるようになりつつあることと、ほとんどアレンに付きっきりで看病をしていることは分かっていた。
俺とクリスはその報告書の緻密さに度肝を抜かれた。
リアはエムブラ宮殿内のことを事細かに記録させており、それがそのまま複写されて俺の元に届いていた。
それは一日ないしは二日に一度届き、複写にかかる時間の分だけ時差はあるが、手に取るように何をしているかが把握できた。
初動の部分を読んだクリスは、「一体どこでこのようなことを学ばれたのか」と唸った。
彼女の指示で取られた感染拡大防止対策は多岐に渡る。
浄化魔法の効かない菌を相手取り、時に人海戦術で、そして時に酒や熱湯を武器に、リアの宮殿は誰一人として二次感染者を出さずに戦い続けている。
彼女の智慧は前の世界で得たものだろう。
しかし、彼女がそれを習得した背景などは誰にも分からなかった。
そもそもリアに関しては分からないことが多い。いや、分かっていることのほうが圧倒的に少ない。
魔法のない世界で生きてきた彼女を理解するには膨大な時間が必要であり、病の床に伏しているアレンこそが彼女について最も詳しい人物だった。
俺が一番驚いたのは、いつも大勢の騎士に守られておっとりとしている彼女が、最初から一貫して最前線かつ指揮系統の頂点にいたことだ。
周りに助言こそ求めるものの最終決定はすべて彼女が下して指示を出していた。
彼女は普段から誰かに「命じる」という行為をしない。だから実際は「協力のお願い」とか「みんなで分担して頑張る」とか、そういった『リアなりの命令』なのだと思う。
しかし、彼女の下す決断は、一団の将のそれと同じだった。
……俺は彼女を舐めていた。
人心掌握術に長けているとは思っていたが、部下を手足のように使うことはできないと思っていた。
それに、何でも俺の言うことに従ってくれると高を括っていた。
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