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第九章 婚約

第191話:元魔導師団

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 『魔導師団』という単語は、わたしのちょっとしたトラウマだ。
 紫色の変なローブを着て、名前も知らないうちから不埒なことをしようとした変態集団である。
 幸いなことに周りが助けてくれたし、わたしも戦ったので無傷だった。しかし、怖かったし二度と関わりたくない。

 これは後の調べで分かったことだけれど、彼らの所持品には催淫剤のような薬品があり、うっかり近づいてそれを使われていたら、今の穏やかな生活はなかった。
 侍女三人組も、あのときは勇気を振り絞って助けてくれた。
 マリンが飛び出して走っていった先に、もし、くまんつ様が居なかったらと思うと本当に恐ろしい。

「ユミール・ヨンセンは至極まともな研究者だ。そのために連中とはそりが合わず退団した。彼は命を狙われて何度か危ない目に遭った後、辺境へ逃げて山中に身を隠していた。俺はずっと彼を探していた」

 ヴィルさんによると、ユミール・ヨンセンという人物は、わたしがこの世界に来る何年も前に魔導師団を抜けた人だった。
 魔導師団が神薙絡みで多くの組織的不正をしている事実を知っていたため、口封じで命を狙われていたそうだ。

 ご実家とも連絡を絶って辺境の地にいる知り合いの元に身を寄せ、最終的に山小屋のような場所に長いこと隠れていたらしい。
 以前から親交のあったヴィルさんはその人のことを高く評価しており、自らを身元引受人にしてまで探していたそうだ。
 イケオジ陛下との謁見も済んでいるらしく、会うか会わないかはわたしの選択に委ねることになっているそうだ。

「ユミールは神薙の能力も研究していた。今、リア自身でも分からないことが多いだろう? 彼に話すことで、少しずつでも解明される可能性がある」

 「それと」と、ヴィルさんは畳みかけるように言った。

「魔導師団が丸ごと牢に入れられ、組織がなくなった。今、趣味や学問の延長で研究を続けている人々はいるが、公の組織がない。この状態を長く続けることは王国にとって良いことではないのだ。なぜなら、この国は剣と魔法の国だからだ。国が所有する研究機関が必要で、いずれは新組織を作らねばならない。研究を正義とし、不正に加担することを拒否した彼は、そこで必要不可欠な人材だ」

 わたしは判断に困り、助けを求めてアレンさんの顔を見た。
 すると、彼は何も言わず微かに頷いた。

 「もしや、例の情報提供者は彼ですか?」と、アレンさんが尋ねた。
 ヴィルさんは「やはりユミールだった。本人に確認したから間違いない」と答えた。
 他にも幾つか質問をした後、アレンさんはこちらに向き直った。

「リア様が嫌でなければ、です。無理をする必要はないと思いますが、……しかし、可能ならば会ってみるほうが良いですね」

 魔導師団の取り調べをしていた頃、内部の人間しか知り得ないような情報が匿名で複数回に渡って王宮に届いていたらしい。
 その送り主がユミールさんだったそうだ。

 嘘を暴くお便利グッズ『真実の宝珠』は、ウソ発見器と同様、すべての質問を「いいえ」で答えさせる使い方をする。
 そのため、そもそも取っ掛かりになる情報がなければ、漠然としたイエス・ノーしか分からない。

 ヴィルさんは最初のタレコミが入ったとき、ユミールさんが生きていることを確信していたそうだ。
 そこで、捜査で分かった情報を逐一メディアに発表し、どこかで新聞を読んでいるであろうユミールさんに捜査の進捗を知らせようとした。
 連日、新聞と雑誌が魔導師団の不祥事の記事で大盛り上がりしていたのは、王宮が意図的に情報を出していたからのようだ。
 ユミールさんが隠れていた場所には数日遅れで新聞が届いていた。王宮がもっと情報を必要としていることを察して、知っていることを匿名で何度も提供し、魔導師団員の隠し財産や、違法に作られた『生命の宝珠』の在り処など、余罪が次々と暴かれるきっかけを作ったそうだ。

「王都から遠く離れた場所に居ながら、我々の味方をしてくれた功労者です。それと、わたしが知るかぎり、とても穏やかで良い人物ですよ。博学ですし、リア様とは波長が合うと思います」

 アレンさんがそう言ったので、会うことに決めた。


 その翌週──
 ユミールさんは我が家の応接室にいた。

「お目にかかれて光栄に存じます。ユミール・ヨンセンにございます」

 とても丁寧な挨拶をする彼は、濃い紫の人だった。
 例の魔導師団のように服が紫なのではなく、艶々で長いワンレングスのストレートヘアと瞳の色が濃い紫色だった。
 線が細くて優しげな男性だ。
 騎士団の人達とは何かの種類が違う感じだ。
 イケメン、強ーい、ムキムキ、すごーい!みたいな要素がなく、カッコイイというより『美しい』という形容詞がしっくり来る。

 女性より美人な男性っているんだなー。
 髪の艶がスゴイのですよぉ。

 ヴィルさんが「リア、……リア?」と、わたしの名を呼んでいた。

「はっ、すみませんっ。初めまして、リアと申します」

 慌てて挨拶をした。

 ヴィルさんの一つ年上だという彼は、切れ長の目に長い睫毛で、お肌が透き通るように白い。
 しかし、何よりも印象的なのは極上の艶々ヘアだ。
 シャンプーのコマーシャルに出てくる女優さんのようだった。

 豪華な調度品が詰め込まれた我が家の応接室が良く似合い、立っているだけで絵になる。
 優しい声でゆっくりと話す彼は、例の魔導師団の人達とも、種類がまるで違う。まるで別の惑星の生き物だ。
 彼に元魔導師団員という不名誉な単語は、まったくフィットしなかった。
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