昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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第八章 ヴィルヘルム >9 悪夢(POV:ヴィル)

第175話:衝撃と後悔

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 どういうわけか俺は夫候補になっていなかった。

 アレンはずっと、俺が夫に選ばれないのはおかしい、と言っていた。
 彼は「まるで選んではいけないと言われているかのようだ」という主旨のことを言っており、「神薙が想い人を夫にできない理由とは何だろうか」と、ごちゃごちゃ考えていた。

 俺には「人の腹の中は分からない」という気持ちが常にある。それに、夫を選ぶなと神薙に強要できる身分の者もいない。
 だから、何をそんなに疑っているのだろう、と思っていた。
 しかし彼はこの一覧に辿り着いていた。

 俺が父と叔父に「神薙の夫になりたい」と伝えたのは、披露目の会の前だ。
 当主が手続きをしなくてはならないため、叔父は父に手続き方法を説明していた。
 「あいつは前科があるからな」と、叔父は言った。過去に父が大事な手続きを忘れたことがあったという意味なのだろう。

 もともと父と俺には、日常的な親子の会話がない。
 そこに至るまでは色々あったのだが、今は、一方的に何か命じられる上司と部下の関係だ。
 俺から個人的な話をするのは、大事なことを伝えるときだけだった。
 そのついでに短い日常会話を交わして親子の真似事をする。
 人生の大事な決定をする過程の相談は、すべて叔父にしていた。
 古い記憶には優しい父の笑顔が残っている。しかし、それは幼少期のほんのわずかな期間だ。
 叔父は優しくて面白い叔父上のままだったが、父はそうではない。

 滞りなく申し込みが済んだか、父に確認するべきだったのだろう。
 叔父の言う「前科がある」とは「信用できない」という意味だったのだ。

 俺が夫になりたがっていることは、リアに伝わっていると思い込んでいた。
 リアと出会ってから今日までのことを思い返すと、居たたまれない。
 仮に俺を夫に選びたいと思っても、彼女は俺を選べなかった。
 俺はちょっかいを出すくせに責任を取る気のないクズ男に見えただろう。
 セッセと見合いに送り出して危険に晒しもした。
 彼女を振り回しておきながら、ヒト族の女を娶ると噂されている非情な男だ。

 花の香りに舞い上がっている場合ではなかった。
 俺は彼女に口付けをする前に、思いを言葉にすべきだったのだ。
 リアに一言でも何か伝えていたら、状況は全く違っていただろう。
 いや、今からでも遅くはない。

 叔父とベルソールに使者を出し終えて少しすると、アレンが彼女を抱きかかえて戻ってきた。

「リア? 何があった!」
「今、そこで倒れました。医者を呼びに行かせています」

 血の気が失せ、真っ白なリアがアレンの腕の中でぐったりとしていた。
 俺のせいでそうなったのだと思うと体が震えた。

 腹の中に渦巻いているものが怒りなのか、絶望なのか後悔なのか、はたまた全部なのか……、何だか分からなかった。
 ただ、俺が気持ちを伝えるだけでどうにかなる段階は、とうの昔に過ぎ去っている気がした。


 夜、上階の書斎で呪符の件の報告書を書いていると、アレンが茶を淹れたカップを二つ持ってきた。
 リアが気に入って飲んでいる茶らしい。
 礼を言い、「あの一覧、リアが持ってきていたのか?」と聞くと、彼はそうだと答えた。

 たいして期待せずに一応借りて確認してみたら俺の名がないと分かったらしい。それが今朝の話だそうだ。
 よく旅先まで持ってきていたものだと驚いたが、いつ誰に会うか分からないため、失礼にならないよう侍女が荷物に入れていたのだとか。

 「あの侍女は本当にしっかりしているな」と、カップに視線を落とした。
 ゆらゆら揺れている茶を見ていると、リアの甘い髪を思い出す。

「こんなことは思いもしなかった」
「卒業間近、入団手続きができていないと騒いでいたのを思い出しただけです」
「そんなことも忘れていた。驚くよな、こんな父子関係」
「お忙しいのですかねぇ」
「息子の人生に興味がないのか、気が変わったのか。戦でそれどころではないかも知れないな」
「本来あるべき籍に変えては?」
「誰かの息子になっておかないと色々面倒だ。今さら国民に説明もつかない」

 アレンは唸ると「それは分かりますけど」と言った。

 俺は父の実子ではない。
 実の両親は、大昔にこの世を去った人達だ。
 便宜上、誰かの息子になっておく必要がある。
 父がその適材だと判断され、俺の親ということになっている。
 王家の家系図は血統を表す図ではなく、ただの概念図のようなものだ。王太子が叔父の実子だということのほうが珍しいくらいだった。

「言われてみれば入団のときもゴタゴタしたな。なんとなく思い出してきた。父は俺の人生の節目節目でやらかしているのか。ならば、これは必然だな」

 おそらく叔父の言う「前科」とは、その入団手続きのことを指していたのだろう。もうすっかり忘れていた。
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