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8−7:真相と後悔(POV:ヴィル)

第166話:急かされた諫言

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 叔父に会ったのは事件翌日の夕方だった。

 隣国から戻ったばかりだったので、本来ならば労わらなければならない状況だとは思う。
 しかし、前日に起きたことを報告しているうちに、俺の腹の中に積もりに積もった不満が噴き出してしまった。

 法の整備を後回しにしてきたツケを、何の関係もないリアが払わされた。
 出来の悪い若造一人すら封じ込められない法とは一体何なのか。
 王族が出した法改正案が無視されて、アホウドリが茶を飲んで遊んでいるのは何故なのか。
 俺に力と知識を与えたのは何のためなのか。
 国内に宰相がいて、王兄と王甥もいるのに、王の不在中を狙われたのは何故なのか。
 あんな馬鹿な若造にも分かるほど、王がいない王宮は機能していないのだ。
 今の法は一体なんなのか。
 なぜ権限をもっと分散させないのだ。
 何のための側近だ。
 何のための大臣だ。
 信用できない奴は全員王宮から追い出せ。

 膿のように腹の中に溜まっていたものを、叔父に向かって吐き出した。
 叔父は叔父で溜まっていたものが色々あったようだ。リアのことと俺の訴えがその導火線に火を点けた。
 叔父は使いを出して重臣に召集をかけると、俺に向かって「十三条を使え」と言った。

 俺がやろうとしていたことは、騎士が持つ諫言かんげんの権利の中で最も強烈なものだ。
 王に対する不満の表明であり反発でもある。
 それを国王自らが「早くやれ」と言っているわけだから正直言って異常事態なのだが、リアを守るために叔父もなりふり構っていられなかったのだろう。

 形式上、俺が王と宰相の前で諸々の文を読み上げ、それに対してクリスが支持を表明するという段取りを取らなくてはならない。
 早く次の行動に移りたい叔父に急かされながら、これ以上ないほど早口で読み、クリスも大慌てで支持を表明した。

 無事に手続きを終え、王宮からリアを切り離すことができた。
 魔法禁止区域内で攻撃魔法を使ったことも、主犯が半殺し状態で牢に入れられたことも、文化財のドアを木っ端微塵にしたことも、いずれも咎められはしなかったが、俺の心は晴れなかった。

 エムブラ宮殿に連絡を入れると、アレンから「お疲れ様でした」とだけ返信があった。
 きっと彼も同じ気持ちだろう。
 イドレを半殺しにしようと、拷問にかけようと、十三条の手続きをしようと、仮にスルトを殺していたとしても、何をしたって誰の心も晴れないのだ。

 俺達がしたかったことは、こんなことではなかった。



 事件後、リアは宮殿へ戻り、周りに誰もいなくなると俺の腕の中で声を殺して泣いた。
 今にも壊れて消えてしまいそうだった。 
 小さな声を絞り出すように、もう見合いはしたくないと言った。

 後悔の念は波のように押し寄せては引き、またしばらくすると押し寄せてくる。
 俺は常に法の中でものを考え、法の中で行動していた。問題が山積している法だと言いながら、滑稽にもそれを守ろうとしている自分がいた。
 おりこうさん・・・・・・でいたいわけでは決してない。ただ、そうであることを必要以上に求められて生きていることに違いはなかった。

 「神薙様にお怪我がなくて良かったですね」と言った輩がいた。
 戦場でも似たようなことを言う奴がいる。
 立派だった。名誉の死だ。こういう死に方なら良いですよね、と。

 「良かったことが何一つない中で、無理やりにでも良かったことを見いださねば生きていられないのなら、今すぐそこで死ね!」という本音を飲み込んだ。

 俺はおりこうさん・・・・・・だった。
 本音を口にすることで、困る人がいる。あるがまま振る舞っても、困る人がいる。
 叔父もそう。
 父もおそらくはそうなのだろう。

 俺達は物理的な怪我だけから彼女を守ろうとしていたわけではない。
 しかし、俺もまた不完全でハリボテのような王宮の一部だった。

「俺が悪い。俺が失敗をした。俺の判断が全部甘かった。アレンやフィデルが団長なら、もっと違う結果になっていた……」

 俺は下を向き、クリスは天井を見上げ、それぞれに長い長いため息をついた。
 肺の中が空になると、俺の執務室は沈黙に支配された。

 「あまり自分を責めるな」と、クリスが言った。

「ほかに責めるところがない」
「陛下にめちゃくちゃ言っていただろうが」
「叔父が変えられるのは環境だけだ。環境がどうであろうと、俺の判断次第でどうとでもなったはずだ」
「落ち着いたらリア様と話せ。その問いに答えをくれるのは彼女だけだ」

 事件の翌日、リアは寝室から一歩も出られなかった。
 しかし今日は出て来られたというから、毒沼のような薬が少し効いたのかも知れない。

 「毒沼かぁ……」と、俺は呟いた。

 現実逃避をするわけではないのだが、ふと毒沼に関わる出来事を思い出していた。

 五年ほど前、エルディル領へ援軍を率いて向かう道中、クリスの部下が毒の沼に落ちる事故があった。

「あの毒沼に落ちたクリスの部下、なんだっけ」
「ダニエルだろ。ベストラ家の跡継ぎの」
「そうだ。ポルト・デリングの子だったな」

 どうして騎士になったのかは知らないが、ダニエル・ベストラは大商人の跡継ぎなのにクリスの部下だった。
 彼は沼に落ちそうになったヒト族の軍人を助け、代わりに猛毒の沼に落ちた。全身の七割以上が沼に浸かり、近くに治癒師もおらず、絶望的と言われながら何日も生死を彷徨った。
 結果的に命は取り留めたが、その出来事は彼の価値観を大きく変えた。彼はそれを機に退団して、家業を継ぐことになった。

「俺はちょっとトラウマだ。あの出来事は」と、クリスが顔をしかめた。

「俺も思い出したくない」
「書記がひどく落ち込んで可哀想だった」
「ん……」

 ダニエルが落ちる直前、異変に気づいたアレンが彼を助けようと手を差し伸べた。しかし、ほんのわずかに間に合わなかった。
 彼が騎士を辞めることになったのは自分がモタモタしていたせいだと言って、アレンは随分長いこと引きずっていた。

「今どうしているのだろう?」と、俺は訊いた。

「親父さんと一緒に頑張っているぞ?」
「連絡を取っているのだな」
「暇を持て余してバーテンの免状を取ったらしい」
「それはすごい」
「独自のカクテルを開発しているらしいぞ。商人なのか職人なのか良く分からん」
「やはりそっち側の子なのだな」
「しかし、領地で何かあったら先陣を切って戦うと言っていたぞ」
「心強い」
「腕は確かだ。なにせ書記がつきっきりで教えた」

 今、彼が商人としての才能を遺憾なく発揮して元気にしているのは救いだが、俺達にとって緑色のどろっとしたものは禁忌だ。
 似たようなものを見るだけで、あの日の衝撃と不安を思い出す。そして自動的にダニエルのことを思い出すようになっている。
 クリスの言うとおり、当事者や被害者でなくとも「ちょっとトラウマ」になる。

 今回の事件は、リアにとっての毒沼だ。
 もし、このまま震えが止まらなかったら。もし、何かを見るたびに事件を思い出して怖がるようになったら……。
 そうなったら俺の責任だ。

 頭を抱えて再びため息をついた。
 「部屋に戻って休め」と、クリスが言った。

「寝ていない頭で考えたところで、否定的なことしか思いつかないぞ」
「うん……分かっている」

 クリスの言うとおりだった。
 俺達は一旦休んだほうがいい。

「リアの顔が見たいな……」
「その状態で馬に乗るなら、気をつけろよ」
「クリス」
「あ?」
「色々ありがとう」
「このくらい朝飯前だ」

 クリスは飲み終えたカップを重ねて小さなトレイに乗せると「ゆっくり休めよ」と言って部屋から出ていった。
 俺は「よっこらしょ」と言いながら重たい体を持ち上げ、従者を呼んでノロノロと帰り支度を始めた。
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