上 下
164 / 372
8−7:真相と後悔(POV:ヴィル)

第165話:捕縛

しおりを挟む
 イドレは待ち合わせの場所へ急いでいた。
 分不相応な長い文官のローブを引きずり、約束の場所に停まっている馬車へ向かってヨタヨタと走る。
 息を切らしながら馬車の扉を開けて乗り込もうとした瞬間、肩を叩かれた。
 驚いて振り返ると、デカい騎士が彼を見下ろしていた。

 この時すでにクリスには俺の伝言が伝わっており、第三騎士団と第一騎士団の一部が王宮区画内に散らばってイドレを捜索していた。
 クリスは「一緒の馬車で逃げるのではないか」と考え、あえてスルトの馬車をそのままにした。
 部下と共に物陰に潜んで待っているところへ、まんまとアホウドリがやって来たというわけだ。

「やあ、どうもこんにちは、文官殿。今日も良いお天気ですね」

 クリスは感じ良く話しかけた。
 イドレは内心ひどく動揺していたが、こんなに早くバレるわけがないと平静を装った。

「こちらの馬車の持ち主は文官殿ですか?」と、クリスは訊ねた。
 イドレは否定した。

「あーでは、ご友人ですかね?」
「ああ、ええ、あの、はい。友達……ですね」
「そうですか。実は彼らはちょっと急な用事で、つい先程ここを去りました」
「え……」
「行き先は分かっていますので、我々がご友人のところまでお送り致します」
「いや、あの……それは、一体、どういう……」
「詳細は聞いていないのですが、なんでも王宮の地下に急用ができたらしいですよ? ご友人は全員お連れするように言われておりましてね」

 クリスはニコニコしながら言った。
 王宮の地下は階により様々な設備がある。ただ、罪人専用の宿泊施設・・・・・・・・・が最も有名かも知れない。

 慌てたイドレは「自分は無関係」というような言い訳をしたらしい。
 しかし、クリスに持たせていた『真実の宝珠』がことごとく赤く光り、すべて嘘だと見破った。

 言い逃れはできないと悟ったイドレは、勇敢にも『王国の猛き虎』の二つ名を持つクリスに殴りかかった。幸運な一撃でも入れば逃げおおせると思ったのだろう。
 賭け事に関してはまるで才能のない彼だったが、拳には多少の運が付いていたようだ。彼の右拳は見事にクリスの頬をとらえた。

 この瞬間を二人の目撃者が見ていた。

 スルトの馬車の隣には、二人乗りの小さな馬車が停まっていた。
 馬車の持ち主は二十歳の男だ。彼は買ったばかりの馬車に付き合い始めたばかりの恋人を乗せ、王宮エリアへやって来た。
 馬車を停めて恋人と手を繋ぎ、王宮と城、それから王宮図書館などの外観を見て回った。
 「次はお城の裏にある湖へ行こう」と話しながら、機嫌よく馬車へ戻ってきたところだった。
 彼らはただデートを楽しんでいる人畜無害の恋人たちだった。

 彼らの小さな馬車のそばで、大きな騎士が誰かに殴られていた。
 「あっ!」「ああっ!」と、二人は声を上げた。
 「騎士様を殴るなんて!」と、可愛い彼女が口元を押さえて言った。
 ところがその大きな騎士は、くるりと彼らのほうを向いて、おかしなことを聞いてきた。

「今、俺、殴られた?」

 二人が目をまん丸にしてこくこく頷くと、大男は「やっぱりそうか。変なことを聞いてすまなかった」と言って再び背中を向けた。
 そして「ここは駐車禁止だ!」と言うと、比べ物にならないほど強烈な一撃でやり返した。
 さらに駐車違反の切符にぷちぷちと穴を開けると「貴様は特別に五万シグだ。耳揃えて払えよ、このクソヤロウ」と言って、それを男のポケットにねじ込んだ。

 五万シグという天文学的数字(に彼らは思えた)を聞いて、初々しい恋人たちは真っ青だ。
 隣に停めてある馬車は自分達のものだと自首して(いるつもりで)必死に詫びた。
 すると大きな騎士は「案ずるな。俺は善良な恋人たちの味方だ」と言って見逃してくれたらしい。

 当該大男クリスいわく「なんか顔にポコンと当たった気がしたが、殴られたという確信がなかったから人に聞いた」だそうだ。
 お前のツラの皮は一体どうなっているのかと言いたくなるのだが、もうクリスなので仕方がない。
 この目撃証言をしてくれた二人には、彼がお礼として食事券をあげたらしい。

 こうしてイドレもまた、あっけなく牢へ放り込まれた。



 一方、スルトは武器を隠し持った状態で見合いの部屋に入っていた。
 彼は神薙に触れたばかりか、短剣を向けて彼女を人質に取った。
 それは俺にとって悪夢のような光景だったが、彼女の安全確保を最優先として、必死で自分を抑えた。

 俺はフィデルに言われたとおり、ゆっくりと話した。そして、落ち着いてスルトと話をしてみた。
 時間稼ぎとは言え俺が話すことで武装解除ができれば幸いだし、それが最も平和的な解決方法だ。
 しかし、ちっとも話が合わない。
 反王派というのはこういうことなのだろうか。驚くほど気が合わなかった。

 スルトは王都が欲しいらしい。王になりたいそうだ。
 無職で何の功も立てていないくせに、自分の領地が欲しいとはめでたい奴だ。しかも王とは笑わせる。
 
 すぐにアレンの姿が窓の向こう側に現れた。
 屋上から窓の掃除人が使う縄を一本拝借して降りてきている。
 リアのお花の香りが部屋に充満しないよう換気目的で窓を開けていたことが功を奏した。おかげで彼は音もなく窓から侵入することができたのだった。
 彼は素手のまま、いとも簡単にスルトを武装解除させた。

 アレンは俺でも近寄りがたいほどブチ切れていた。
 下衆男がリアに触れたうえに、武器を向けたことに腹を立てているのだ。
 リアのことになると異様なほどの潔癖症が出る彼は、正直言って手のつけられない状態だった。

 彼女の安全が確保できた時点で、一応、抜剣の許可を出したが、彼が瞬殺しかねないと思ったので「可能なら殺すな」と付け加えた。
 予想どおり、フィデルを始め部屋に突入した団員達は、スルトを素手でなぶり殺そうとしているアレンを必死で止めることになった。
 生ける凶器と化した彼を止められるのは、俺の代理で指揮を執っていたフィデルぐらいしかいない。
 フィデルは間一髪ギリギリのところで彼の攻撃を避けながら、どうにかスルトから引き離した。
 そして「助けてくれ」と泣きながらすがりついてくるスルトを捕らえて牢に入れた。
 結局、誰一人として剣を抜くことはなかった。

 全体で負傷者は四名。
 クリスは相当手加減をしたらしく、捕縛時のイドレは一応・・軽症だった。
 スルトは重症だったが牢の中で治癒魔法を受けさせ、無理やり軽症の状態まで回復させてから取り調べ室に放り込んだ。

 ほか二名はアレンを止めようとして負傷した不運な団員だ。
 いずれも見た目は軽症だったが『クーラム』の殺人技を変な角度で食らって脳震とうを起こしていた。
 用心のために一日だけ入院させたのだが「食事が美味しくないから早くエムブラ宮殿に帰りたい」と文句を言っているらしいので心配はなさそうだ。

 イドレとスルトの取り調べは続いている。
 二人には余罪もありそうだ。スルトは恐喝、イドレは横領。どうしようもない二人だ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

殿下、私の身体だけが目当てなんですね!

石河 翠
恋愛
「片付け」の加護を持つ聖女アンネマリーは、出来損ないの聖女として蔑まれつつ、毎日楽しく過ごしている。「治癒」「結界」「武運」など、利益の大きい加護持ちの聖女たちに辛く当たられたところで、一切気にしていない。 それどころか彼女は毎日嬉々として、王太子にファンサを求める始末。王太子にポンコツ扱いされても、王太子と会話を交わせるだけでアンネマリーは満足なのだ。そんなある日、お城でアンネマリー以外の聖女たちが決闘騒ぎを引き起こして……。 ちゃらんぽらんで何も考えていないように見えて、実は意外と真面目なヒロインと、おバカな言動と行動に頭を痛めているはずなのに、どうしてもヒロインから目を離すことができないヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID29505542)をお借りしております。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

処理中です...