上 下
157 / 372
8−6:神薙人質事件(POV:ヴィル)

第158話:アレンの矜持

しおりを挟む
 両手で顔を覆った。
 冷静さを欠いていると自分でも分かる。
 手が冷たい。変な汗をかいている。動悸がする。
 リアのことになると俺はダメだ。まるでダメだった。

「ヴィル、いいか? 何か起きても守り切ればいい」
「次の見合いで何事もなければ叔父と話ができる。そうしたら一旦すべてを止められる」

「書記は特務師団の訓練をどの程度受けた?」

 クリスがふいに聞いてきた。

「なぜそれを知っている」
「最近、急激に体が引き締まってきている。例の件をきっかけに訓練を受け始めたのだろう?」
「……ああ。もう特級特務師とほぼ互角に渡り合っているそうだ」

 アレンはリアに正面突破されたことを恥じていた。
 彼は己を鍛え直したいと言って、王都特務師団の特別訓練に参加することになった。

 王都特務師団は、ベルソール商会のような丸ごと隠密になっている組織とは違い、その存在が明らかになっている集団だ。
 歴史を紐解けば、もとは王都騎士団の一部だった。しかし、彼らの任務は時に騎士の心得に反する行為が含まれることがあるため、現在では騎士団とは切り離されている。
 組織は中でオモテとウラに部隊が分かれており、ウラの部隊はベルソール商会と似たような働きをしていた。
 王の許可さえあれば、特務師が騎士団の訓練に参加することも、またその逆も可能だ。

 アレンが希望したのはウラ部隊のえげつない訓練だった。
 ウラ部隊が主に使う『クーラム』という特殊な武術があり、彼の最大の目的はそれを学ぶことだった。表立って活動している人間はまず使わない技だ。
 彼が兄のように慕うフィデルもクーラムを習得しており、特級特務師の免状を持っている。兄貴分に対して多少は対抗心があるのだろう。彼もまた特級特務師の免状を取ろうとしていた。

 免状の取得には、クーラム以外の訓練も受けなくてはならない。
 ウラの特務師には過酷な拷問訓練が課せられている。
 披露目の会の少し前あたりから、地獄としか言いようのない拷問に耐える訓練が続いていた。
 少々生きているのが嫌になる内容なので脱落者が多い。
 訓練に行くたびに精神的にも身体的にもボロボロになる。それを通常の仕事をこなしながらやるのだから嫌になるのも当然だ。

 満身創痍になって降参するかと思いきや、なぜか彼はピンピン元気にしていた。
 移動のたびにリアがアレンの腕に触れるため、垂れ流し状態の癒しの魔力を余すところなく享受しているのだ。とんでもないズルである。
 彼は訓練の翌日も「心身ともに無敵です」と不敵な笑みを浮かべていた。

 アレンは騎士としてズバ抜けて優秀だが、おそらく特務師としてはもっと優秀な人材だと思う。
 それを裏付けるかのように、俺は最近、特務師団長殿から「彼をウチに貰えないか」と頻繁に声を掛けられている。
 本人の意志を尊重して丁重にお断りしているが、実のところ、随分と前から近衛騎士団からも彼が欲しいと言われていて、あっちもこっちもお断りするので大変だ。
 彼の無敵はリアありきで成り立っているものだったが、いずれにせよ実力は折り紙付きだった。
 しかし、彼はリアのために、まだ強くなろうとしている。


 「リア様には過去最強と言っても過言ではない護衛が付いている。下手したら近衛より強い」

 クリスの言葉に頷いた。

 アレンが初めてリアと会った日、もう一人寄越してくれ、フィデルがいいと言った。
 正直、フィデルには団長の仕事を手伝ってもらいたかったのだが、彼がどうしてもと言うので飲んだ。
 結果的にそれはとても正しかった。アレンがいない日が不安にならない。
 あの二人が揃っていれば大丈夫だと思えた。

「室内でやり合うなら、お前より書記に分がある」
「それは俺も正しく理解しているよ。場所を問わず、彼とフィデルに勝る護衛はいない。俺は……」

 言い掛けて一瞬躊躇したが、相手がクリスなら別にいいかと思い直した。

「第一騎士団長がこんなことを言ってはいけないのだが、俺自身は戦向きの人材であって、護衛には向いていない。ついでに言うと、騎士団の団長も向いていないと思う」

 クリスは眉を下げて「知ってるよ」と言った。

「その件については、全部が全部お前のせいではない。大半は陛下のせいだ」
「まあな。俺は派手な顔を有効利用して、囮にでもなるさ」

 クリスは口角を上げると、「王宮の外は俺に任せろ。尻尾を掴んだら知らせる」と言った。

「何をする気だ?」
「なあに、王宮区画内の違法駐車の取り締まりだ。必ずどこかで馬車が待っているだろうからな」
「それは名案だな。警ら隊から本物の駐禁切符を借りてくるか」
「一度やってみたかった。パチンと穴を開けるやつ。穴が開く場所で罰金額が決まる」
「切符なんて切られたことがあるのか?」
「学生の頃な」
「女子を乗せてデートなんかしているからだ」
「うるせえ。その教訓を活かしてデートをしている馬車については不問とする」
「ははは、偏っている」
「俺が悪い男だけを捕まえてやるから、お前は彼女を守れ。持っている駒は全部使うぞ」
「ああ。そうしよう」

 そして、次の見合いの日がやって来た。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

勘違いは程々に

蜜迦
恋愛
 年に一度開催される、王国主催の馬上槍試合(トーナメント)。  大歓声の中、円形闘技場の中央で勝者の証であるトロフィーを受け取ったのは、精鋭揃いで名高い第一騎士団で副団長を務めるリアム・エズモンド。  トーナメントの優勝者は、褒美としてどんな願いもひとつだけ叶えてもらうことができる。  観客は皆、彼が今日かねてから恋仲にあった第二王女との結婚の許しを得るため、その権利を使うのではないかと噂していた。  歓声の中見つめ合うふたりに安堵のため息を漏らしたのは、リアムの婚約者フィオナだった。  (これでやっと、彼を解放してあげられる……)

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

処理中です...