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第七章 微笑む神薙
第118話:ぼっちゃん
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ヴィルさんの態度だけを見れば相思相愛なのかな、という気もする。
けれども、彼がその気持ちを言葉にしてくれることはないし、旦那さま候補という形になっても表れてはこなかった。
もし、お天気問題がなかったなら、わたしの行動はだいぶ違っていると思う。
もともと恋愛の悩みを長期間引きずることはせず、ダメだと思ったらこじらせる前に距離を置くタイプだった。
多少つらくても、気が済むまで泣いて、別のことをして自分を癒すようにしていた。
しかし、神薙のメンタルが自然現象とリンクしているため、「気が済むまで泣く」のところで無関係の人々に多大な迷惑をかけることになる。しかも、その被害の程度は予測がつかない。
早く楽になりたい気持ちはある。だからと言って、メンタルに波風を立たせながら結論を引き出すのは危険だ。
今まで雨がサラッと降ったくらいで済んでいるのは奇跡らしく、過去の神薙が感情を爆発させて起こした事故は記録的な災害ばかりだと聞いている。
被災と復興の大変さを知っているわたしが、ここで災害発生装置になるわけにはいかない。
ヴィルさんがいない日は、彼について熟考することができた。
彼を円グラフにすると、半々ぐらいで「大好きなヴィルさん」と「不可解なヴィルさん」に分かれる。
不可解成分のほうがインパクトは大きい。それが半分もあるうちから恋愛対象にするのはリスキーだ。日本にいた頃のわたしなら、離れた場所からもっとじっくり時間をかけて観察すると思う。
リスクを認識していながらも彼が好きで仕方がないのは、動物的本能なのかも知れない。今までこういう経験がないので、あまり自信はないけれども、それは時にわたしの考える力や論理的思考を著しく低下させた。
近づき過ぎてはいけないと思っているにも関わらず、自分でも驚くほど迂闊に彼の胸へ飛び込んでいってしまうのだ。
お天気のご機嫌を取りながら、このはっきりしない関係に結論が出る日を待つしかない。
自分の望まない結果を突きつけられても気合いで踏ん張ろう。
幸いなことに、わたしには支えてくれる人が大勢いる。仮にヴィルさんがいなくても、わたしの毎日は充実したものになるはずだ。そして、いつか別の人を愛せる日も来る。
彼がすべてではない。
大丈夫。何があっても生きていける。
いざという時の保険のように、自分に言い聞かせた。
ポルト・デリング 二日目の朝──
いつの間に自分の部屋で寝たのか、いつもどおりベッドの隅っこで目が覚めた。
ヴィルさんは夜中に戻り、また朝早くから出かけたらしい。
わたし達はショッピングモールへ出かけ、お忍びのお出かけに着られそうな服を互いに選び合って購入した。
侍女と四人でお揃いのスカーフを買い、キャッキャした。
ランチは地元民が集うカジュアルなレストランで、アレンさんオススメの魚介たっぷり絶品トマトスープとサンドウィッチ(庶民食バンザイ!)
ヴィルさんと合流できたのは午後だった。
彼は「とにかく色々と大変だが、なんとかする」と眉を下げた。
「詳しいことは王都に戻ってからだ。気を取り直して出かけるぞ」
そう言うと、彼は皆を市場へ連れて行ってくれた。
港から近く、市民の台所と呼ばれている市場だ。ちょうど地元民の買い物客が多い時間帯のようだった。
ヴィルさんが歩くと、色々な人が「若様」「若君」「若」と、気安く声を掛けてきた。
王都の商人街を二人で歩いてもこんなことはなかったけれども、少し離れただけでだいぶ勝手が違うようだ。
近くにいると目立ってしまうため、わたしはアレンさんと一緒に少し離れた場所を歩くことになった。
やっと合流できても、一緒に旅を楽しむことは難しそうだ。
土産物を売っているエリアを見て回っていると、「あらぁ、ぼっちゃん!」と、陽気なおばさまがヴィルさんに声を掛けてきた。
彼は「面倒なのに会ってしまった」と言いながら、パパッとハンドサインを出し、アレンさんに何かを伝えた。
「次はあちらを見ましょう」
「え?」
アレンさんはわたしの肩を抱いて後ろを向かせると、有無を言わさず別のお店へ連れていく。
わたしはヴィルさんに背を向けて木彫りのお土産物を見ることになった。
「なんて言われたのですか?」と、小声でアレンさんに尋ねた。
「あなたを隠すようにと」
「あのおばさまは?」
「呼び方から察するに、子ども時代を知る学生寮の者か、もしくは屋敷や王宮の元使用人あたりかと思います。いずれにせよ行儀がなっていません。関わらないほうが良いでしょう」
陽気なおばさまは大きな声で「面倒なのとはご挨拶ですねぇ、ぼっちゃん」と言った。
「気持ちの悪い呼び方はやめろ」
「ぼっちゃん今、すごく偉いんですってぇ?」
「お前には関係ない」
「ご領主様はお元気ですの?」
「それもお前には関係ない」
ヴィルさんは本当に面倒臭そうだった。
彼に話しかけている中年女性は、少々陽気を通り越していた。耳障りな大声で、王甥に向かって「ぼっちゃん」を連呼している。しかも、やめろと言われた後も繰り返し。
ちょっと失礼すぎではないかしらと思いつつ、目の前にあった木彫りのクマを見ていた。
「アレンさん、こんなときにごめんなさい……」
「どうされました?」
「港町なのにどうして木彫りのクマが鮭をくわえているのでしょうか」
「気づいてしまいましたか……」
「す、すみません。後ろで起きていることに集中したいのは山々なのですが」
「実は俺もまったく同じことを考えていました」
「あの、こちらをご覧下さい。なんとパンダまで鮭を」
「まだ良いほうです。これを……」
「はぁぁッ、鮭がクマをーっ?」
「あってはならないことです。由々しき事態です」
相変わらずこの世界はおかしなことが多すぎて、ひとつの問題に集中できないのだった……。
けれども、彼がその気持ちを言葉にしてくれることはないし、旦那さま候補という形になっても表れてはこなかった。
もし、お天気問題がなかったなら、わたしの行動はだいぶ違っていると思う。
もともと恋愛の悩みを長期間引きずることはせず、ダメだと思ったらこじらせる前に距離を置くタイプだった。
多少つらくても、気が済むまで泣いて、別のことをして自分を癒すようにしていた。
しかし、神薙のメンタルが自然現象とリンクしているため、「気が済むまで泣く」のところで無関係の人々に多大な迷惑をかけることになる。しかも、その被害の程度は予測がつかない。
早く楽になりたい気持ちはある。だからと言って、メンタルに波風を立たせながら結論を引き出すのは危険だ。
今まで雨がサラッと降ったくらいで済んでいるのは奇跡らしく、過去の神薙が感情を爆発させて起こした事故は記録的な災害ばかりだと聞いている。
被災と復興の大変さを知っているわたしが、ここで災害発生装置になるわけにはいかない。
ヴィルさんがいない日は、彼について熟考することができた。
彼を円グラフにすると、半々ぐらいで「大好きなヴィルさん」と「不可解なヴィルさん」に分かれる。
不可解成分のほうがインパクトは大きい。それが半分もあるうちから恋愛対象にするのはリスキーだ。日本にいた頃のわたしなら、離れた場所からもっとじっくり時間をかけて観察すると思う。
リスクを認識していながらも彼が好きで仕方がないのは、動物的本能なのかも知れない。今までこういう経験がないので、あまり自信はないけれども、それは時にわたしの考える力や論理的思考を著しく低下させた。
近づき過ぎてはいけないと思っているにも関わらず、自分でも驚くほど迂闊に彼の胸へ飛び込んでいってしまうのだ。
お天気のご機嫌を取りながら、このはっきりしない関係に結論が出る日を待つしかない。
自分の望まない結果を突きつけられても気合いで踏ん張ろう。
幸いなことに、わたしには支えてくれる人が大勢いる。仮にヴィルさんがいなくても、わたしの毎日は充実したものになるはずだ。そして、いつか別の人を愛せる日も来る。
彼がすべてではない。
大丈夫。何があっても生きていける。
いざという時の保険のように、自分に言い聞かせた。
ポルト・デリング 二日目の朝──
いつの間に自分の部屋で寝たのか、いつもどおりベッドの隅っこで目が覚めた。
ヴィルさんは夜中に戻り、また朝早くから出かけたらしい。
わたし達はショッピングモールへ出かけ、お忍びのお出かけに着られそうな服を互いに選び合って購入した。
侍女と四人でお揃いのスカーフを買い、キャッキャした。
ランチは地元民が集うカジュアルなレストランで、アレンさんオススメの魚介たっぷり絶品トマトスープとサンドウィッチ(庶民食バンザイ!)
ヴィルさんと合流できたのは午後だった。
彼は「とにかく色々と大変だが、なんとかする」と眉を下げた。
「詳しいことは王都に戻ってからだ。気を取り直して出かけるぞ」
そう言うと、彼は皆を市場へ連れて行ってくれた。
港から近く、市民の台所と呼ばれている市場だ。ちょうど地元民の買い物客が多い時間帯のようだった。
ヴィルさんが歩くと、色々な人が「若様」「若君」「若」と、気安く声を掛けてきた。
王都の商人街を二人で歩いてもこんなことはなかったけれども、少し離れただけでだいぶ勝手が違うようだ。
近くにいると目立ってしまうため、わたしはアレンさんと一緒に少し離れた場所を歩くことになった。
やっと合流できても、一緒に旅を楽しむことは難しそうだ。
土産物を売っているエリアを見て回っていると、「あらぁ、ぼっちゃん!」と、陽気なおばさまがヴィルさんに声を掛けてきた。
彼は「面倒なのに会ってしまった」と言いながら、パパッとハンドサインを出し、アレンさんに何かを伝えた。
「次はあちらを見ましょう」
「え?」
アレンさんはわたしの肩を抱いて後ろを向かせると、有無を言わさず別のお店へ連れていく。
わたしはヴィルさんに背を向けて木彫りのお土産物を見ることになった。
「なんて言われたのですか?」と、小声でアレンさんに尋ねた。
「あなたを隠すようにと」
「あのおばさまは?」
「呼び方から察するに、子ども時代を知る学生寮の者か、もしくは屋敷や王宮の元使用人あたりかと思います。いずれにせよ行儀がなっていません。関わらないほうが良いでしょう」
陽気なおばさまは大きな声で「面倒なのとはご挨拶ですねぇ、ぼっちゃん」と言った。
「気持ちの悪い呼び方はやめろ」
「ぼっちゃん今、すごく偉いんですってぇ?」
「お前には関係ない」
「ご領主様はお元気ですの?」
「それもお前には関係ない」
ヴィルさんは本当に面倒臭そうだった。
彼に話しかけている中年女性は、少々陽気を通り越していた。耳障りな大声で、王甥に向かって「ぼっちゃん」を連呼している。しかも、やめろと言われた後も繰り返し。
ちょっと失礼すぎではないかしらと思いつつ、目の前にあった木彫りのクマを見ていた。
「アレンさん、こんなときにごめんなさい……」
「どうされました?」
「港町なのにどうして木彫りのクマが鮭をくわえているのでしょうか」
「気づいてしまいましたか……」
「す、すみません。後ろで起きていることに集中したいのは山々なのですが」
「実は俺もまったく同じことを考えていました」
「あの、こちらをご覧下さい。なんとパンダまで鮭を」
「まだ良いほうです。これを……」
「はぁぁッ、鮭がクマをーっ?」
「あってはならないことです。由々しき事態です」
相変わらずこの世界はおかしなことが多すぎて、ひとつの問題に集中できないのだった……。
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