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第七章 微笑む神薙
第116話:観光と食い倒れ
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昼食後、わたし達は視察を兼ねた観光へ出かけた。
ポルト・デリングは貿易と漁業だけではなく、旅客を運ぶ船の定期便も出ているし、海のレジャーが楽しめる場所もある。
レジャー用の港から遊覧船が出ていたので乗ってみることにした。
潮風が気持ち良い。
遊覧船も昨日までは波が高く欠航続きだったそうだ。乗客たちは口々に「今日にして良かった」と話していた。
どうやらアレンさんは船好きらしい。
動力が、魔力が、プロペラが、舵が……と、わたしの小さな脳みそでは処理し切れない知識が溢れだしている。
この遊覧船のように魔力を動力にしている船は高額であることと、右に舵を切るとおしりが左に振れて結果的にお船が右を向くという話はどうにか理解できた。
しかし、船は彼の説明とは異なり、前進でもなく後退でもない奇妙な動きを見せていた。
「アレンさん、今、お船が真横に動いているような気が??」
「これは船首推進装置という着岸用の仕組みが搭載された最新の大型船舶でしか実現できない画期的な動きです」
「ということは、わたし達はすごいお船に乗っているのですねぇ?」
「そうなのです。ほかの遊覧船には目もくれず、これに乗りたいと言ったリア様は素晴らしい。船を見る目が備わっています」
「……アレンさんて、わたしがアヒルさんボートに乗りたいと言っても褒めてくれそうですね」
「リア様、アヒルボートを馬鹿にしてはいけません。あれは人の足から踏み板へ伝わる動力を……」
フィデルさんにぺしっとツッコまれ、アヒルの話は終わりになった(笑)
話し足りなそうだったので、続きは王都で本物のアヒルさんボートを見ながら聞くことにした。
夕食の時間になってもヴィルさんは戻らなかった。
定期的に居場所の連絡は入っているらしく、状況を把握したフィデルさんは、護衛も兼ねて団員を何人かヴィルさんのもとへ向かわせた。
予約してあったレストランで軽めの夕食を堪能して戻ってくると、わたしとアレンさんは少しシックなお洋服に着替えた。そして、牡蠣のオイル煮を目当てに、いそいそとホテルのバーへ向かう。
お仕事をしているヴィルさんに申し訳ないけれども、邪魔をするわけにもいかないので、こちらはこちらで食い倒れグルメ旅を満喫させて頂く所存だ。
大きな窓から夜景が見渡せるお洒落なバーは、時間が早かったせいか聞いていたほど混んではいなかった。ただ、もともと人気のある場所なので、それなりにお客さんは入っている。
お披露目会で天人族には顔バレしているため、目立たないようカウンター席へ案内してもらうことになった。
席に着くと、バーテンが「アレン?」と言った。
「え……ダニエル?」
「やっぱりアレンか。なんだい、そのメガネ!」
「ちょ、声を落とせ」
「一瞬分からなかったよ。雰囲気が全然違うからさぁ」
「分かった、外すから静かにしろ」
あらら? お知り合いでしょうか?
アレンさんが慌ててメガネを外すと、二人は顔を近づけ、小声で話し始めた。
「なぜここにいる」
「なぜって、バーテンはバーにいるものだろ?」
「宿の経営を継ぐのではなかったのか?」
「昼は父と一緒にやっているよ? ただ、夜が暇でさぁ。しかし、君も隅に置けないね、お忍びデートのお相……手……」
ダニエルと呼ばれている男性と目が合った。
パーマをかけたようなクルクルとした髪に特徴があり、はにかんだ人懐っこい笑顔は、どこかで会ったことがある気がした。
ダニエルさんはわたしを指差し、口をパクパクしていた。
ご機嫌よう。パクパク。
「大きな声を出すなよ。元騎士ならこれがどういう状況か分かるだろう」
アレンさんが睨みつけると、ダニエルさんは口を押さえてコクコクと頷いた。
「どうしてここに神薙様がいるんだ。なんで君と一緒にいるんだ」
「話は後だ。たった今から『神薙』は禁句とする。まずは注文を取れ」
「分かった、ごめんごめん!」
ダニエルさんはパッと気持ちを切り替えたように背すじを伸ばすと、営業用の顔になった。
そして、FMラジオのDJのような良い声で「ぃようこそ、いらっしゃいませ」と言うと、洗練された仕草でメニューを差し出す。
爆速の切り替えと変わり身の激しさがツボに入ってしまい、わたしは口を押さえてプルプルしてしまった。
アレンさんはカウンターに肘をつき、「やはりこちらが天職だな」と笑っていた。
ダニエルさんとアレンさんは、同じ学校に通っていた同級生同士だった。
どこかで会ったことがある気がしたのは、お披露目会でご挨拶をしたからだろう。
お父様がこの宿のオーナーで、代々商売で栄えてきたお家らしい。
商家の後継ぎなのに騎士への憧れが断てず、反対するご家族を説得して、騎士科へと学科を変更したのだとか。
卒業後、一度は騎士団に所属したものの、現在は退団してお父様と共にホテル経営をしながら、夜は退屈しのぎと情報収集を兼ねてバーテンをやっているそうだ。
ダニエルさんはDJばりの美声でカクテルの説明をしてくれた。
わたしはラム酒とバターを使ったホットカクテルを頼み、アレンさんは舶来物の蒸留酒を注文した。
彼は「仕事中じゃないのかよ」と叱られていたけれども、実のところ既に業務時間外で、代わりにフィデルさんと数人の護衛騎士が一足先に入店していた。
わたし達がここへ来たとき、フィデルさんは女性二人に声をかけられているところで、他の団員は危険を察知したのか別の席に逃げていた。
チラリと後ろを振り返って確認すると、熱心に話しかける女子二人の狭間で、諦め顔のフィデルさんがグビグビと水を飲んでいる。
「わたし、逆ナンパされる男性を初めて見ました。格好良いのも大変なのですねぇ……あんなにグイグイと女子がっ」
「あの先輩にも格好悪いメガネが必要ですね。ハゲのかつらでも可とします」
「でも、ダンディーは髪型にこだわりがあるのですよ?」
「それがおそらくいけないのかな、と」
「なるほど。では、せめて白髪にしませんか?」
「悪くないですね。ハゲで白髪でも可とします」
「ど、どうしてもハゲさせたいのですね?」
「面白そうでしょう?」
「不憫すぎるので、せめて何か美味しいものを頼みましょう……」
サッパリ系のノンアルコールドリンクと、牡蠣のオイル煮などおつまみを注文し、フィデルさんと他の護衛の席に届けてもらった。
ポルト・デリングは貿易と漁業だけではなく、旅客を運ぶ船の定期便も出ているし、海のレジャーが楽しめる場所もある。
レジャー用の港から遊覧船が出ていたので乗ってみることにした。
潮風が気持ち良い。
遊覧船も昨日までは波が高く欠航続きだったそうだ。乗客たちは口々に「今日にして良かった」と話していた。
どうやらアレンさんは船好きらしい。
動力が、魔力が、プロペラが、舵が……と、わたしの小さな脳みそでは処理し切れない知識が溢れだしている。
この遊覧船のように魔力を動力にしている船は高額であることと、右に舵を切るとおしりが左に振れて結果的にお船が右を向くという話はどうにか理解できた。
しかし、船は彼の説明とは異なり、前進でもなく後退でもない奇妙な動きを見せていた。
「アレンさん、今、お船が真横に動いているような気が??」
「これは船首推進装置という着岸用の仕組みが搭載された最新の大型船舶でしか実現できない画期的な動きです」
「ということは、わたし達はすごいお船に乗っているのですねぇ?」
「そうなのです。ほかの遊覧船には目もくれず、これに乗りたいと言ったリア様は素晴らしい。船を見る目が備わっています」
「……アレンさんて、わたしがアヒルさんボートに乗りたいと言っても褒めてくれそうですね」
「リア様、アヒルボートを馬鹿にしてはいけません。あれは人の足から踏み板へ伝わる動力を……」
フィデルさんにぺしっとツッコまれ、アヒルの話は終わりになった(笑)
話し足りなそうだったので、続きは王都で本物のアヒルさんボートを見ながら聞くことにした。
夕食の時間になってもヴィルさんは戻らなかった。
定期的に居場所の連絡は入っているらしく、状況を把握したフィデルさんは、護衛も兼ねて団員を何人かヴィルさんのもとへ向かわせた。
予約してあったレストランで軽めの夕食を堪能して戻ってくると、わたしとアレンさんは少しシックなお洋服に着替えた。そして、牡蠣のオイル煮を目当てに、いそいそとホテルのバーへ向かう。
お仕事をしているヴィルさんに申し訳ないけれども、邪魔をするわけにもいかないので、こちらはこちらで食い倒れグルメ旅を満喫させて頂く所存だ。
大きな窓から夜景が見渡せるお洒落なバーは、時間が早かったせいか聞いていたほど混んではいなかった。ただ、もともと人気のある場所なので、それなりにお客さんは入っている。
お披露目会で天人族には顔バレしているため、目立たないようカウンター席へ案内してもらうことになった。
席に着くと、バーテンが「アレン?」と言った。
「え……ダニエル?」
「やっぱりアレンか。なんだい、そのメガネ!」
「ちょ、声を落とせ」
「一瞬分からなかったよ。雰囲気が全然違うからさぁ」
「分かった、外すから静かにしろ」
あらら? お知り合いでしょうか?
アレンさんが慌ててメガネを外すと、二人は顔を近づけ、小声で話し始めた。
「なぜここにいる」
「なぜって、バーテンはバーにいるものだろ?」
「宿の経営を継ぐのではなかったのか?」
「昼は父と一緒にやっているよ? ただ、夜が暇でさぁ。しかし、君も隅に置けないね、お忍びデートのお相……手……」
ダニエルと呼ばれている男性と目が合った。
パーマをかけたようなクルクルとした髪に特徴があり、はにかんだ人懐っこい笑顔は、どこかで会ったことがある気がした。
ダニエルさんはわたしを指差し、口をパクパクしていた。
ご機嫌よう。パクパク。
「大きな声を出すなよ。元騎士ならこれがどういう状況か分かるだろう」
アレンさんが睨みつけると、ダニエルさんは口を押さえてコクコクと頷いた。
「どうしてここに神薙様がいるんだ。なんで君と一緒にいるんだ」
「話は後だ。たった今から『神薙』は禁句とする。まずは注文を取れ」
「分かった、ごめんごめん!」
ダニエルさんはパッと気持ちを切り替えたように背すじを伸ばすと、営業用の顔になった。
そして、FMラジオのDJのような良い声で「ぃようこそ、いらっしゃいませ」と言うと、洗練された仕草でメニューを差し出す。
爆速の切り替えと変わり身の激しさがツボに入ってしまい、わたしは口を押さえてプルプルしてしまった。
アレンさんはカウンターに肘をつき、「やはりこちらが天職だな」と笑っていた。
ダニエルさんとアレンさんは、同じ学校に通っていた同級生同士だった。
どこかで会ったことがある気がしたのは、お披露目会でご挨拶をしたからだろう。
お父様がこの宿のオーナーで、代々商売で栄えてきたお家らしい。
商家の後継ぎなのに騎士への憧れが断てず、反対するご家族を説得して、騎士科へと学科を変更したのだとか。
卒業後、一度は騎士団に所属したものの、現在は退団してお父様と共にホテル経営をしながら、夜は退屈しのぎと情報収集を兼ねてバーテンをやっているそうだ。
ダニエルさんはDJばりの美声でカクテルの説明をしてくれた。
わたしはラム酒とバターを使ったホットカクテルを頼み、アレンさんは舶来物の蒸留酒を注文した。
彼は「仕事中じゃないのかよ」と叱られていたけれども、実のところ既に業務時間外で、代わりにフィデルさんと数人の護衛騎士が一足先に入店していた。
わたし達がここへ来たとき、フィデルさんは女性二人に声をかけられているところで、他の団員は危険を察知したのか別の席に逃げていた。
チラリと後ろを振り返って確認すると、熱心に話しかける女子二人の狭間で、諦め顔のフィデルさんがグビグビと水を飲んでいる。
「わたし、逆ナンパされる男性を初めて見ました。格好良いのも大変なのですねぇ……あんなにグイグイと女子がっ」
「あの先輩にも格好悪いメガネが必要ですね。ハゲのかつらでも可とします」
「でも、ダンディーは髪型にこだわりがあるのですよ?」
「それがおそらくいけないのかな、と」
「なるほど。では、せめて白髪にしませんか?」
「悪くないですね。ハゲで白髪でも可とします」
「ど、どうしてもハゲさせたいのですね?」
「面白そうでしょう?」
「不憫すぎるので、せめて何か美味しいものを頼みましょう……」
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