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第六章 淑女の秘密
第100話:神薙様のスピーチ
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抗戦訓練当日──
「打ち合わせどおり頼むよ」と、ヴィルさんに肩を叩かれた。
僭越ながら、開始前のご挨拶を担当することになっていた。
人前で喋るのは久々なので、少し緊張する。
悪役敵軍に扮した騎士の士気がやや低いらしく、わたしのスピーチでそれをブチ上げなくてはならない。
内容はヴィルさんから提案があったので決まっているけれども、問題はそれを上手く伝えられるかどうかだった。
戦士を鼓舞するスピーチなので、静かに始め、徐々に盛り上げていく感じにしようかな、と。
はあー緊張しますねぇ。
ビシッと整列した大勢の騎士の前に立った。
小さなマイクのようなものを渡され、それに向かって話す。
マイクテストを兼ねて試しに「皆さま、おはようございます」と言うと、きちんと大きな音で聞こえた。
「訓練はわたしの世界でも人命を守る大きな役割を果たしています。それが生死を分けた例をいくつも耳にしており……」
長くなり過ぎないように、「訓練は大事だから真面目に取り組みましょう。上手くやることも大事だけれども、不備を見つけることも大事ですよ」というような話をした。
あまりに真剣な眼差しで聞いてくれるので、かえって恐縮してしまう。
チラリとヴィルさんを見ると、満足そうに微笑んでいたので、ひとまずは合格点のようだ。
そして、彼と相談して決めたシメの一言を放つ。
「最後になりましたが、反王派役の皆さま、どうか悪役だとガッカリなさらないでください。皆さまは選ばれし精鋭集団です。どうぞ本気でわたしを攫いにきてください。見事攫えた場合は、お庭にて悪役限定のお茶会を開催いたしますっ」
お茶会ぐらいで頑張れるのかは疑問だったけれど、簡単にできるご褒美として真っ先に挙がったのがそれだった。もっといいもの出せよ、と言われるのは覚悟の上だ。
しかし、悪役軍団から「ウオオォォイ!」という雄叫びが上がったため、ホッと胸をなでおろす。
次回はもう少し良いものを用意しておこうと思いつつスピーチを締めた。
続いてヴィルさんが団長挨拶に立ち、重点的に確認したい箇所などを示した。
普段、甘えた柴犬のように絡みついてきている人と、ここにいる団長さんはほとんど別人だ。
「ご褒美の悪役茶会に邪魔な上官は参加しない。もちろん俺もだ。しっかり頑張るように!」
彼も悪役を煽り、「ウオォォォイ!」と喝采を浴びた。
そして「あからさまに喜ぶな!」とツッコんで笑わせると、全員に持ち場へつくよう指示をした。
「攫っても良いというのは大きいよな」
屋敷に向かいながらヴィルさんは言った。
「悪い団長です」と、アレンさんは呆れ顔だ。
「男は馬鹿だからな。攫うときは触れられると思うだろう?」
「へぁっ?」
誰もそこを触るとは言っていないのに、思わず胸を隠すような仕草をしてしまった。
「ももももしかして?」
「大丈夫。誰にも指一本触れさせませんよ」
「アレンさん……」
アレンさんは、わたしの頭をヨシヨシしながら言った。
先日の事件以降、彼はわたしを頻繁にヨシヨシするようになった。
アレンさんの持ち場は屋敷の入り口前で、フィデルさんと一緒だ。
彼が強いのは分かっているけれども、そんな彼が兄のように慕うフィデルさんは、その昔「氷結の狂犬」と呼ばれていた時期があるらしく、とてもとてもお強いのだとか。
今回は訓練なので魔法の使用は禁止されている。しかし、これが本番なら風神と氷神が猛吹雪を起こすわけだ。
屋敷は氷漬けになり、普通の生物には生き残れない環境になる(怖……)
「私とフィデルさんのところは、魔法抜きでも突破できませんから」
「そ、そうなのですねぇ……」
ヴィルさんは楽しげに「仮にアレン達を突破しても俺がいる。彼らはリアを攫えない」と言った。
屋敷の前に辿り着くと、上から「リア様ぁ~」という声が聞こえた。
見上げると、宮殿スタッフのために作ったベランダの観戦席から、侍女三人が手を振っていた。ちゃっかり一番良い席をゲットしている。
「皆さん、身を乗り出して落ちないよう気をつけてくださいね~」
そう言うと、ベランダを埋め尽くした従業員達から「はーい」と良いお返事が戻ってきた(ほのぼの♪)
訓練が始まると、一部の従業員は仕事ができなくなる。丸一日訓練をやっているわけではないので、今日は全員、業務に支障がない範囲で騎士団の訓練を見学しても良いことにしていた。
皆の避難訓練は別日に行われる予定だ。
時系列だと今日の戦闘の後、もしくは戦闘の最中に、必要なものを持って脱出することになる。
今日の訓練を見学をすることで、自分たちがどのような状況下で逃げるのかを知ってもらえるし、なによりも普段話す機会の少ない同僚と交流できる良い機会になる。
こちらの世界では、このように公然とオサボリを認められることはないらしく、ここ数日は皆そわそわしていた。
女子はそれぞれに憧れの騎士様を応援すると張り切っていたし、男子は戦略談義や勝敗予想で盛り上がっていた。
「もう宮殿の入り口は突破されている。そろそろ来るぞ」と、ヴィルさんは時計を見ながら言った。
騎士は馬を使って持ち場へ移動しているため、わたし達がのんびり歩いている間に訓練は始まっている。
しかし、それにしては入り口を突破されるのが少し早すぎる気がした。
「打ち合わせどおり頼むよ」と、ヴィルさんに肩を叩かれた。
僭越ながら、開始前のご挨拶を担当することになっていた。
人前で喋るのは久々なので、少し緊張する。
悪役敵軍に扮した騎士の士気がやや低いらしく、わたしのスピーチでそれをブチ上げなくてはならない。
内容はヴィルさんから提案があったので決まっているけれども、問題はそれを上手く伝えられるかどうかだった。
戦士を鼓舞するスピーチなので、静かに始め、徐々に盛り上げていく感じにしようかな、と。
はあー緊張しますねぇ。
ビシッと整列した大勢の騎士の前に立った。
小さなマイクのようなものを渡され、それに向かって話す。
マイクテストを兼ねて試しに「皆さま、おはようございます」と言うと、きちんと大きな音で聞こえた。
「訓練はわたしの世界でも人命を守る大きな役割を果たしています。それが生死を分けた例をいくつも耳にしており……」
長くなり過ぎないように、「訓練は大事だから真面目に取り組みましょう。上手くやることも大事だけれども、不備を見つけることも大事ですよ」というような話をした。
あまりに真剣な眼差しで聞いてくれるので、かえって恐縮してしまう。
チラリとヴィルさんを見ると、満足そうに微笑んでいたので、ひとまずは合格点のようだ。
そして、彼と相談して決めたシメの一言を放つ。
「最後になりましたが、反王派役の皆さま、どうか悪役だとガッカリなさらないでください。皆さまは選ばれし精鋭集団です。どうぞ本気でわたしを攫いにきてください。見事攫えた場合は、お庭にて悪役限定のお茶会を開催いたしますっ」
お茶会ぐらいで頑張れるのかは疑問だったけれど、簡単にできるご褒美として真っ先に挙がったのがそれだった。もっといいもの出せよ、と言われるのは覚悟の上だ。
しかし、悪役軍団から「ウオオォォイ!」という雄叫びが上がったため、ホッと胸をなでおろす。
次回はもう少し良いものを用意しておこうと思いつつスピーチを締めた。
続いてヴィルさんが団長挨拶に立ち、重点的に確認したい箇所などを示した。
普段、甘えた柴犬のように絡みついてきている人と、ここにいる団長さんはほとんど別人だ。
「ご褒美の悪役茶会に邪魔な上官は参加しない。もちろん俺もだ。しっかり頑張るように!」
彼も悪役を煽り、「ウオォォォイ!」と喝采を浴びた。
そして「あからさまに喜ぶな!」とツッコんで笑わせると、全員に持ち場へつくよう指示をした。
「攫っても良いというのは大きいよな」
屋敷に向かいながらヴィルさんは言った。
「悪い団長です」と、アレンさんは呆れ顔だ。
「男は馬鹿だからな。攫うときは触れられると思うだろう?」
「へぁっ?」
誰もそこを触るとは言っていないのに、思わず胸を隠すような仕草をしてしまった。
「ももももしかして?」
「大丈夫。誰にも指一本触れさせませんよ」
「アレンさん……」
アレンさんは、わたしの頭をヨシヨシしながら言った。
先日の事件以降、彼はわたしを頻繁にヨシヨシするようになった。
アレンさんの持ち場は屋敷の入り口前で、フィデルさんと一緒だ。
彼が強いのは分かっているけれども、そんな彼が兄のように慕うフィデルさんは、その昔「氷結の狂犬」と呼ばれていた時期があるらしく、とてもとてもお強いのだとか。
今回は訓練なので魔法の使用は禁止されている。しかし、これが本番なら風神と氷神が猛吹雪を起こすわけだ。
屋敷は氷漬けになり、普通の生物には生き残れない環境になる(怖……)
「私とフィデルさんのところは、魔法抜きでも突破できませんから」
「そ、そうなのですねぇ……」
ヴィルさんは楽しげに「仮にアレン達を突破しても俺がいる。彼らはリアを攫えない」と言った。
屋敷の前に辿り着くと、上から「リア様ぁ~」という声が聞こえた。
見上げると、宮殿スタッフのために作ったベランダの観戦席から、侍女三人が手を振っていた。ちゃっかり一番良い席をゲットしている。
「皆さん、身を乗り出して落ちないよう気をつけてくださいね~」
そう言うと、ベランダを埋め尽くした従業員達から「はーい」と良いお返事が戻ってきた(ほのぼの♪)
訓練が始まると、一部の従業員は仕事ができなくなる。丸一日訓練をやっているわけではないので、今日は全員、業務に支障がない範囲で騎士団の訓練を見学しても良いことにしていた。
皆の避難訓練は別日に行われる予定だ。
時系列だと今日の戦闘の後、もしくは戦闘の最中に、必要なものを持って脱出することになる。
今日の訓練を見学をすることで、自分たちがどのような状況下で逃げるのかを知ってもらえるし、なによりも普段話す機会の少ない同僚と交流できる良い機会になる。
こちらの世界では、このように公然とオサボリを認められることはないらしく、ここ数日は皆そわそわしていた。
女子はそれぞれに憧れの騎士様を応援すると張り切っていたし、男子は戦略談義や勝敗予想で盛り上がっていた。
「もう宮殿の入り口は突破されている。そろそろ来るぞ」と、ヴィルさんは時計を見ながら言った。
騎士は馬を使って持ち場へ移動しているため、わたし達がのんびり歩いている間に訓練は始まっている。
しかし、それにしては入り口を突破されるのが少し早すぎる気がした。
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