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第六章 淑女の秘密
第99話:アレンさんの悩み
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「例の訓練に対する士気が、異様に低いのですよ……」
「理由は? 半年前は普通にやっていただろう」
「こんな時期にリア様のそばを離れるのはおかしいと。彼らはそう主張しています」
「それは……無理に押さえつけると反発が起きるやつだな」
「しかし、訓練はしておきたいのです。というか、これは団長の仕事ですからね? 団長がやらないから、私が仕方なく考えてあげているのですよ?」
ヴィルさんのせいで困らされているアレンさんを、さらに騎士の皆が困らせていた。
隊長クラスの団員がこぞって王都を離れる訓練に行きたがらず、イヤイヤをしているらしい。
十三条の特権を行使してまで神薙を保護している今、王都を離れるべきではないと主張しているとのことだった。
「彼らの言うことも一理あるので、余計に頭が痛いのです。時期を遅らせるにしても、団長が寝かせていたせいで、もうすでに一か月ズレています。別の訓練もありますから、時間をかけて議論をしていられないのです。やるかやらないか。二択ですよ」
何の訓練なのか聞いてみると「神薙を連れて避難する訓練だ」と、ヴィルさんが言った。
年に二回行われているらしいけれども、肝心の神薙様は抜きで実施しているようだった。
「ほむほむ、大福を作る練習なのに、あんこを入れずにくるくる丸めようとしているわけですねぇ……」
「うん? リア、何か言ったか?」
本番がやって来る頃には、あんこの存在なんか忘れられている。
仮に周りがわたしを助けようとしても、肝心の本人が何も知らずモタモタしていたら全員で逃げ遅れてしまうだろう。
二人は真剣な眼差しで話し合っていた。
ここで黙っていると、また危ない目に遭うかも知れない。
先日の事件を教訓に、言うべきことはしっかり言いましょう。
「ヴィルさん、アレンさん」
「うん?」
「どうされました?」
「わたしも訓練に参加したいですっ」
「しかし、リア」
「気分転換にもなるかと思いましてぇ(圧)」
わたしがズズイと身を乗り出すと、ヴィルさんとアレンさんは顔を見合わせた。
もう一押しですっ。
「元の世界でも年に数回は避難訓練があり、必ず参加しておりました」
ヘルメットをかぶって高層ビルをトコトコ降りるだけの訓練であっても、出口の場所などを普段から知っていることが大事なのだ。
「いいかも知れないな」
「そうですね。士気が低い問題も解決しますし」
「その前提で台本を確認してみるか。より現実的なものに直せるだろう」
フー……
自分の逃げ遅れ率を下げるための第一歩は踏み出せたようだ。
しばらくすると、アレンさんが考えた訓練シナリオができ上がってきた。
わたしが日本で参加していた訓練は大きく二種類ある。
ひとつ目は勤め先が入っていたオフィスビルでやっている避難訓練だ。
火事や地震を想定したシナリオで、年に二回ほどやっていた。
ふたつ目は、社内の訓練で、これはシナリオが多岐にわたる。
支社が壊滅状態に陥った、本社機能が死んだ、あと数十分で全サーバーが停止する、皆無事だけれど誰も出社ができない、電車がすべて止まって帰宅できない、などなど。皆で備蓄の食料を味見して意見を出し合うこともあった。
自然災害やパンデミックで起こり得る様々な困難への備えをしようと、総務部が中心となり頑張っている職場だった。
しかし、神薙様の訓練は、日本のそれとは一線を画すシナリオだ。
「内乱により反王派が王宮を占拠。さらに神薙誘拐を企て、エムブラ宮殿を襲撃する。騎士団が抗戦するが、最終的には安全確保のために避難の必要ありと判断。神薙を連れて王都から避難する……とまあ、このような筋書ですねぇ」
格好良くお茶を飲みながら、アレンさんは言った。
「あ、あのぅ……アレンさん?」
「なんでしょうか?」
「現実的なシナリオって、こういうものなのですか?」
「そうですねぇ。外国勢が王都に侵入してくる可能性もあると言えばありますが」
「う、ううん、そこじゃなくて、あの……」
こ、怖すぎます。
地震とか火事ではないのですか?
しかも抗戦って、ここで戦うの?
わたしのおうちが戦場になるのですか??
王宮占拠って……、イケオジ陛下はどうなっちゃっているのですか?
ぷるぷるしながら尋ねると、向かいにいたヴィルさんがキラキラ王族スマイルを浮かべながら答えた。
「叔父上は裏切られて既に死んでいるか、もう死にそうな想定だな」
想像しただけで過呼吸になりそうな訓練シナリオである。
よく考えたら、つい先日、剣を向けられたばかりだった。
例のペロリストさんは無謀にもわたしと引き換えに王都を奪おうとしていたのだから、もし彼が上手くやっていたならば、このシナリオと同じ展開になったのかも知れない。
こ、これが現実なのですねぇ……。
「リア様、怖いですか?」とアレンさんが言った。
「また手がぷるぷるして……っ」
「少しこうしていましょう」
「す、すみません」
「大丈夫ですよ。もう二度と離れませんから」
ぷるぷるする右手を彼が強めにギュッと握ってくれた。
フー……効くぅ。
エムブラ宮殿を使った訓練は今回が初めてらしく、三日に分けてみっちりと行うことになった。
最初の日は抗戦訓練。
別の日に、避難の判断から馬車に乗るまでのタイムアタック。
さらにまた別の日には、宮殿を脱出して最初の野営地までのタイムアタック。そして、そこでキャンプを張る訓練を行う。
武力だけでなく、結束力や機動力、そしてタフな状況下で生き抜く力などが求められる。
わたしも頑張らなくては。
「理由は? 半年前は普通にやっていただろう」
「こんな時期にリア様のそばを離れるのはおかしいと。彼らはそう主張しています」
「それは……無理に押さえつけると反発が起きるやつだな」
「しかし、訓練はしておきたいのです。というか、これは団長の仕事ですからね? 団長がやらないから、私が仕方なく考えてあげているのですよ?」
ヴィルさんのせいで困らされているアレンさんを、さらに騎士の皆が困らせていた。
隊長クラスの団員がこぞって王都を離れる訓練に行きたがらず、イヤイヤをしているらしい。
十三条の特権を行使してまで神薙を保護している今、王都を離れるべきではないと主張しているとのことだった。
「彼らの言うことも一理あるので、余計に頭が痛いのです。時期を遅らせるにしても、団長が寝かせていたせいで、もうすでに一か月ズレています。別の訓練もありますから、時間をかけて議論をしていられないのです。やるかやらないか。二択ですよ」
何の訓練なのか聞いてみると「神薙を連れて避難する訓練だ」と、ヴィルさんが言った。
年に二回行われているらしいけれども、肝心の神薙様は抜きで実施しているようだった。
「ほむほむ、大福を作る練習なのに、あんこを入れずにくるくる丸めようとしているわけですねぇ……」
「うん? リア、何か言ったか?」
本番がやって来る頃には、あんこの存在なんか忘れられている。
仮に周りがわたしを助けようとしても、肝心の本人が何も知らずモタモタしていたら全員で逃げ遅れてしまうだろう。
二人は真剣な眼差しで話し合っていた。
ここで黙っていると、また危ない目に遭うかも知れない。
先日の事件を教訓に、言うべきことはしっかり言いましょう。
「ヴィルさん、アレンさん」
「うん?」
「どうされました?」
「わたしも訓練に参加したいですっ」
「しかし、リア」
「気分転換にもなるかと思いましてぇ(圧)」
わたしがズズイと身を乗り出すと、ヴィルさんとアレンさんは顔を見合わせた。
もう一押しですっ。
「元の世界でも年に数回は避難訓練があり、必ず参加しておりました」
ヘルメットをかぶって高層ビルをトコトコ降りるだけの訓練であっても、出口の場所などを普段から知っていることが大事なのだ。
「いいかも知れないな」
「そうですね。士気が低い問題も解決しますし」
「その前提で台本を確認してみるか。より現実的なものに直せるだろう」
フー……
自分の逃げ遅れ率を下げるための第一歩は踏み出せたようだ。
しばらくすると、アレンさんが考えた訓練シナリオができ上がってきた。
わたしが日本で参加していた訓練は大きく二種類ある。
ひとつ目は勤め先が入っていたオフィスビルでやっている避難訓練だ。
火事や地震を想定したシナリオで、年に二回ほどやっていた。
ふたつ目は、社内の訓練で、これはシナリオが多岐にわたる。
支社が壊滅状態に陥った、本社機能が死んだ、あと数十分で全サーバーが停止する、皆無事だけれど誰も出社ができない、電車がすべて止まって帰宅できない、などなど。皆で備蓄の食料を味見して意見を出し合うこともあった。
自然災害やパンデミックで起こり得る様々な困難への備えをしようと、総務部が中心となり頑張っている職場だった。
しかし、神薙様の訓練は、日本のそれとは一線を画すシナリオだ。
「内乱により反王派が王宮を占拠。さらに神薙誘拐を企て、エムブラ宮殿を襲撃する。騎士団が抗戦するが、最終的には安全確保のために避難の必要ありと判断。神薙を連れて王都から避難する……とまあ、このような筋書ですねぇ」
格好良くお茶を飲みながら、アレンさんは言った。
「あ、あのぅ……アレンさん?」
「なんでしょうか?」
「現実的なシナリオって、こういうものなのですか?」
「そうですねぇ。外国勢が王都に侵入してくる可能性もあると言えばありますが」
「う、ううん、そこじゃなくて、あの……」
こ、怖すぎます。
地震とか火事ではないのですか?
しかも抗戦って、ここで戦うの?
わたしのおうちが戦場になるのですか??
王宮占拠って……、イケオジ陛下はどうなっちゃっているのですか?
ぷるぷるしながら尋ねると、向かいにいたヴィルさんがキラキラ王族スマイルを浮かべながら答えた。
「叔父上は裏切られて既に死んでいるか、もう死にそうな想定だな」
想像しただけで過呼吸になりそうな訓練シナリオである。
よく考えたら、つい先日、剣を向けられたばかりだった。
例のペロリストさんは無謀にもわたしと引き換えに王都を奪おうとしていたのだから、もし彼が上手くやっていたならば、このシナリオと同じ展開になったのかも知れない。
こ、これが現実なのですねぇ……。
「リア様、怖いですか?」とアレンさんが言った。
「また手がぷるぷるして……っ」
「少しこうしていましょう」
「す、すみません」
「大丈夫ですよ。もう二度と離れませんから」
ぷるぷるする右手を彼が強めにギュッと握ってくれた。
フー……効くぅ。
エムブラ宮殿を使った訓練は今回が初めてらしく、三日に分けてみっちりと行うことになった。
最初の日は抗戦訓練。
別の日に、避難の判断から馬車に乗るまでのタイムアタック。
さらにまた別の日には、宮殿を脱出して最初の野営地までのタイムアタック。そして、そこでキャンプを張る訓練を行う。
武力だけでなく、結束力や機動力、そしてタフな状況下で生き抜く力などが求められる。
わたしも頑張らなくては。
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