上 下
88 / 372
第五章 お見合い

第89話:絵心

しおりを挟む
 ──ガーデンパーティー当日。

 くまんつ様たちがやって来た。
 初日にわたしを助けてくださったゴリさん……もとい第三騎士団の皆さんだ。

 くまんつ様はいつ会っても紳士で優しくて素敵な方だ。
 彼とヴィルさんとは幼馴染だそうで、二人の容赦ない掛け合いに、皆お腹を抱えて笑っていた。
 彼と話しているヴィルさんは、いつもの世界を癒すキラキラスマイルとは少し違い、自然で優しい微笑みを浮かべていた。

 よく晴れた日のバーベキューパーティーは癒しの時間だ。
 わたしのつたないチキン南蛮は、料理長の試行錯誤によってオルランディア風にアレンジされ、会心の一撃を放っていた。

 料理長はオルランディア風に味を調整し終えると、いつもわたしに改良版のレシピをくれる。
 異世界レシピを輸出して、オルランディア版を逆輸入することによってウィン・ウィンの関係ができているのだ。
 うちの料理長は「神の舌」の異名を持つすごい料理人で、お父様は有名な料理評論家、おじい様は王宮料理人だったという。
 知っているレシピをお渡しすれば、すべてプロ仕様のすごいレシピに生まれ変わるかも知れない♪

 くまんつ様はブランド牛もほったらかしで、タルタルソースをたっぷり背負った鶏を美味い美味いと食べてくれた。


 以前、ヴィルさんからの手紙に「とても絵が上手なお友達」の面白い話が書いてあった。それが実はくまんつ様のことらしい。

「え? 団長って、そんなに絵うまかったっけ?」
「いや、見たことないなぁ」

 くまんつ様の部下の人達が口々に言った。
 どこからともなく、紙とペンが出てくる。

「ふっ……仕方ないですね。神童と呼ばれた私の才能をお見せしましょう」

 くまんつ様はとても堂に入った感じで、サラサラっと何か描いてくださった。
 「リスの絵」だと言う。

 見せて頂こうと近づいていくと、後ろから慌てた様子のアレンさんに呼び止められた。

「リア様! それを見ては駄目です!」
「え?」

 一瞬、彼のほうを振り返った。
 しかし、くまんつ様が前で「ほら」と言った。
 前後から声をかけられ、「ん?」と前を向く。
 くまんつ様は、親切に紙をこちらへ向けてくださっていた。
 それを見た瞬間、アレンさんが止めようとしていた理由が分かった。

 時が止まった──

 「遅かった! リア様、しっかりしてください」と、アレンさんの声が遠くで聞こえる。

 画伯だ。
 くまんつ様は画伯なのだ……。

 大きな体に繊細さを持つギャップ系紳士。
 なのに、そこ・・はストレートなのだ。

 やられる……
 も、も、もう、防御が間に合いませんっ。

 そして、時は動きだした。

 「くまんつ砲」に腹筋を破壊され、呼吸困難に陥った。
 わたしを助けにきたアレンさんに対しても、彼は「ほらほら、アレン」と、容赦ない攻撃をしかけた。
 わたしを介抱しながら必死に抵抗していたアレンさんは、「こっちに向けるな! 見……」と言い残し、わたしと共に庭園の芝生の上に散った。

 くまんつ様のリスは、耳が上と左右に四つある。上の二つはリスの耳で、左右の二つは人間の耳だ。
 目はぐるぐるで焦点が合っておらず、人間と同じ形の鼻に、物凄い出っ歯がついていた。
 そして、縦縞だったはずの模様は、海軍も驚くほどの横縞に。もっふりとしているはずのシッポは、稲妻の形をしていた。

 激やせして出っ歯になったシマシマの海軍ピカ●ュウである。
 ヴィルさんが「これは世界の人々のリスではないぞ」とツッコんだせいで、余計に庭園でうずくまる負傷者が増えた。
 幼少期から見慣れていて耐性のあるヴィルさんだけがスンとしていて無事だった。

 画力以外の才能が爆発したその芸術作品もとい無慈悲な大量破壊兵器は、「俺のリス」と名付けられ、くまんつ様のサインが入ってわたしの手元にやって来た。


 帰り際、くまんつ様がじっとわたしを見て言った。

「リア様、見合いで王宮へ行かれる際は、絶対にヴィルのそばを離れないでください」
「はい?」
「絶対に、片時も離れないでください。アレンでもフィデル先輩でも構いません。必ず誰かのそばにいてください。王宮とは言え妙な輩はいますから」

 お見合いの最中は護衛と離れざるを得ないのですけれどねぇ……と思いつつも、「分かりました」と答えた。
 そして、皆で手を振り、彼らが帰っていくのを見送った。


 迷《・》画「俺のリス」は、アレンさんが用意してくれた小さな額に入れられた。

「アレンさん、辛いことがあったときは、これを一緒に見ましょうねぇ」
「腹筋はやられますが、元気は出そうですね」

 暖炉の上にお座りしているクマ君の後ろに額を立てかけた。
 それを見て「裏返しで置くのですね?」と、彼が言った。

「そのほうが効果が高いと思うのです」
「ほう」
「落ち込んだときは、よよよ……っと、ここに来て、おすがりします」

 額を取り、くるりと表をこちらに向けた。

 わぁ……すごい(笑)

 自然と笑顔になり、笑顔を通り越して腹筋にクる。
 アレンさんが「急にこっちに向けるな」と、暖炉につかまって痙攣していた。
 いくらでも笑える凄いアイテムを手に入れてしまった。


 相変わらずお見合いリストにヴィルさんの名前は載っていなかったので、自分から積極的に距離を縮めるのは躊躇があった。
 彼は王族だし、現実的に考えれば考えるほど、『わたし、遊ばれているのでは?』というネガティブな考えが頭をかすめる。

 わたしは神薙様なのだし、開き直って好き好きしてしまうのも、ある意味正解だとは思う。
 しかし、そういう「割り切ったお付き合い」的なものには慣れていないし、結局は遊ばれそうな気がした。
 彼が人目を盗むようにグイグイ迫ってきても、上手く対処もできずにいる。

 不思議と物理的な拒絶が難しい。
 彼を見るとドキドキするし、彼の目を見ると動けなくなる。
 距離を取ったほうが良いと思っていても、なかなかそれができずにいた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

勘違いは程々に

蜜迦
恋愛
 年に一度開催される、王国主催の馬上槍試合(トーナメント)。  大歓声の中、円形闘技場の中央で勝者の証であるトロフィーを受け取ったのは、精鋭揃いで名高い第一騎士団で副団長を務めるリアム・エズモンド。  トーナメントの優勝者は、褒美としてどんな願いもひとつだけ叶えてもらうことができる。  観客は皆、彼が今日かねてから恋仲にあった第二王女との結婚の許しを得るため、その権利を使うのではないかと噂していた。  歓声の中見つめ合うふたりに安堵のため息を漏らしたのは、リアムの婚約者フィオナだった。  (これでやっと、彼を解放してあげられる……)

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

処理中です...