85 / 372
第五章 お見合い
第86話:お見合いとは
しおりを挟む
◇◆◇
数日置きに届けられるお見合い相手のリストは不思議な動きを見せていた。
二度目に届いたリストは、王宮で実施している身辺調査のフィルターに引っかかったのか、ぐっと数が減っていた。
ところが三度目、減った分がすべて元に戻っていた。
リストを持ってきてくれた王宮の担当者に理由を聞くと、「ちょっと詳しい事情は分からない」という返事が返ってくる。
そして、四度目の更新。また人数が増えていた。
大丈夫なのかと心配になる動きだった。
「集中して、一日に五人ずつお見合いしましょう!」
このリストを運んでくる担当文官は、元気が良いのだけが取り柄みたいな人だ。体育会系なのかやたらとハキハキしている。
わたしは彼を心の中で「元気ハツラツ君」と呼んでいた。
彼は常に元気なので、雑談をしている分には気楽だ。しかし、彼のお見合いに対する認識は独特だった。
「腕相撲大会がんばりましょう!」
「一日に五人はいけますよ!」
「バンバン倒しちゃってください!」
「四年後の五輪を目指して頑張りましょう!」
「ふぁいっ! おー!」
これとほぼ同じノリで、彼はわたしのお見合いと結婚の話をする。
彼にとってのお見合いは、ほとんど「試合」に近い。
とは言え、こちらもお見合いの経験はないので、まずは言われたとおりにやってみようと思っていた。駄目なときは駄目だと言えばいいかな、と。
なにせ神薙様のお見合いは、わたしの知っているそれとは根本的なシステムが違うのだ。
当初、相互理解を深めるための質疑応答を双方向からするものだと思っていた。
「ご趣味は?」
「お茶とお花を少々」
このベタなやり取りは、お茶とお花をやっていないにしてもちょっと言ってみたいフレーズだ。
しかし、神薙版のお見合いはそうではない。
相手が一方的にアピールポイントをプレゼンし、神薙様はそれを聞くだけなのだ。
そのやり方が目的にマッチしているのか疑問だったので、フリートーク形式のほうが良いのでは? と提案はした。
しかし、神薙の個人情報をむやみに出さない「決まりなので」と、結局はプレゼン形式が採用された。
ヴィルさんのことが頭をかすめる。
遊ばれているかも知れないとは言え、わたしが彼に好意を抱いている時点で、お見合いのハードルが高くなってしまっている。
しかし候補者には、くまんつ様、アレンさん、そして年上ダンディーのフィデルさんといった知り合いもいる。最悪は陛下の妻コースだってある。
期限があるわけではないので、しっかり考えて選ぼう。潔くヴィルさんへの気持ちは胸にしまい、選んだ相手に未来を委ねようと腹はくくっていた。
そうしてわたしがモヤモヤ悩んでいる間にも、準備は順調に進んでいた。
お見合いの予定を聞いて首を傾げた。
「身分の高い順」のリストを作っていたわりに、お見合いが申し込み順でもなければ、オルランディアのアルファベット順でもない。完全なる順不同だった。
こういう仕事の仕方は「外国あるある」という感じがする。平等と調和を重視する日本ではまずないはずだ。
知り合いは上のほうに固まっているので、リストの順(身分の高い順)にしてほしいと伝えた。けれど、無理だと言われてしまった。
お見合いの前日夕方に相手の身上書が届いた。
いわゆるスペック表だ。
一応サラッと読むことにした。
五人分を読み、それほど大きな違いがないことを確認した。似たり寄ったりで結局は会ってみないと分からない。
そして、いよいよ当日。
会場となる王宮へ移動した。
スペック表をもとに元気ハツラツ君から簡単な紹介があった。
てっきり彼が司会進行をするのかと思いきやそうではなく、早々に二人きりにされてしまった。
開始二分で、仲介のおばちゃんが「あとはお若いお二人で」と去っていくような急展開だ。
プレゼンの持ち時間を削らないようにという配慮なのかも知れないけれども、いくらなんでもこれはない。
最初のお相手は、ホニャララ子爵の御嫡男ナンチャラ様で……。
会ったことは間違いないのだけど、右から左へ物凄い勢いで何かが飛び去っていったような感覚だ。
彼の顔はへのへのもへじで、髪の色が何色だったかも記憶に残っていない。
ただ一つだけ、話のメインが「マングース猟」についてだったことは覚えていた。固有名詞が多くて早口だったせいか、内容がまるでチンプンカンプンだ。
とにかくマングース猟での儲けがどうとか……なんかそんなような話だった気がする。
控え室でアレンさんに「お疲れ様でした。どうでしたか?」と言われて、はっと我に返った。
「す、すごく早口で、何を言っているのか全然で。マングース猟がどうとかって……」
「悪いのは相手ですから、忘れていいのですよ?」
「たくさんの地名と人名、それから魔法の話が絡むと意味が分からなくて」
「まだ大魔導師と聞いてもウミウシやアメフラシの仲間になってしまいますからねぇ」
「わたしの黒歴史を嬉しそうにほじくり返さないでください」
「先程の方はラングース子爵です。ラングース領、つまり自分の領地の話をしていたのでしょうねぇ」
メインテーマからして迷子である。
マングースじゃなかった……
もっと地理や人名を勉強しないと生きていけない。それ以外の名詞も、何でもいいから少しずつでも頭に入れないと(泣)
どの「ホニャララ様」や「ナンチャラ様」のプレゼンを聞いても基本的にはこの状態だ。お茶を飲みながら、テロップのない難解なネット動画を一本見たのと同じ感覚になる。
これをお見合いと呼ぶのは結構チャレンジングだ。
控え室に戻ってアレンさんに泣きつき、お化粧を直して軽くお茶を飲んでいると、すぐにまたお呼びがかかる。
元気ハツラツ君は、ラウンド間のインターバルは短めにして、早く試合を進めたいタイプのようだ。
わたしも「早くお家に帰りたい」と思っていたので、次々と五人のプレゼンを聞いた。
数日置きに届けられるお見合い相手のリストは不思議な動きを見せていた。
二度目に届いたリストは、王宮で実施している身辺調査のフィルターに引っかかったのか、ぐっと数が減っていた。
ところが三度目、減った分がすべて元に戻っていた。
リストを持ってきてくれた王宮の担当者に理由を聞くと、「ちょっと詳しい事情は分からない」という返事が返ってくる。
そして、四度目の更新。また人数が増えていた。
大丈夫なのかと心配になる動きだった。
「集中して、一日に五人ずつお見合いしましょう!」
このリストを運んでくる担当文官は、元気が良いのだけが取り柄みたいな人だ。体育会系なのかやたらとハキハキしている。
わたしは彼を心の中で「元気ハツラツ君」と呼んでいた。
彼は常に元気なので、雑談をしている分には気楽だ。しかし、彼のお見合いに対する認識は独特だった。
「腕相撲大会がんばりましょう!」
「一日に五人はいけますよ!」
「バンバン倒しちゃってください!」
「四年後の五輪を目指して頑張りましょう!」
「ふぁいっ! おー!」
これとほぼ同じノリで、彼はわたしのお見合いと結婚の話をする。
彼にとってのお見合いは、ほとんど「試合」に近い。
とは言え、こちらもお見合いの経験はないので、まずは言われたとおりにやってみようと思っていた。駄目なときは駄目だと言えばいいかな、と。
なにせ神薙様のお見合いは、わたしの知っているそれとは根本的なシステムが違うのだ。
当初、相互理解を深めるための質疑応答を双方向からするものだと思っていた。
「ご趣味は?」
「お茶とお花を少々」
このベタなやり取りは、お茶とお花をやっていないにしてもちょっと言ってみたいフレーズだ。
しかし、神薙版のお見合いはそうではない。
相手が一方的にアピールポイントをプレゼンし、神薙様はそれを聞くだけなのだ。
そのやり方が目的にマッチしているのか疑問だったので、フリートーク形式のほうが良いのでは? と提案はした。
しかし、神薙の個人情報をむやみに出さない「決まりなので」と、結局はプレゼン形式が採用された。
ヴィルさんのことが頭をかすめる。
遊ばれているかも知れないとは言え、わたしが彼に好意を抱いている時点で、お見合いのハードルが高くなってしまっている。
しかし候補者には、くまんつ様、アレンさん、そして年上ダンディーのフィデルさんといった知り合いもいる。最悪は陛下の妻コースだってある。
期限があるわけではないので、しっかり考えて選ぼう。潔くヴィルさんへの気持ちは胸にしまい、選んだ相手に未来を委ねようと腹はくくっていた。
そうしてわたしがモヤモヤ悩んでいる間にも、準備は順調に進んでいた。
お見合いの予定を聞いて首を傾げた。
「身分の高い順」のリストを作っていたわりに、お見合いが申し込み順でもなければ、オルランディアのアルファベット順でもない。完全なる順不同だった。
こういう仕事の仕方は「外国あるある」という感じがする。平等と調和を重視する日本ではまずないはずだ。
知り合いは上のほうに固まっているので、リストの順(身分の高い順)にしてほしいと伝えた。けれど、無理だと言われてしまった。
お見合いの前日夕方に相手の身上書が届いた。
いわゆるスペック表だ。
一応サラッと読むことにした。
五人分を読み、それほど大きな違いがないことを確認した。似たり寄ったりで結局は会ってみないと分からない。
そして、いよいよ当日。
会場となる王宮へ移動した。
スペック表をもとに元気ハツラツ君から簡単な紹介があった。
てっきり彼が司会進行をするのかと思いきやそうではなく、早々に二人きりにされてしまった。
開始二分で、仲介のおばちゃんが「あとはお若いお二人で」と去っていくような急展開だ。
プレゼンの持ち時間を削らないようにという配慮なのかも知れないけれども、いくらなんでもこれはない。
最初のお相手は、ホニャララ子爵の御嫡男ナンチャラ様で……。
会ったことは間違いないのだけど、右から左へ物凄い勢いで何かが飛び去っていったような感覚だ。
彼の顔はへのへのもへじで、髪の色が何色だったかも記憶に残っていない。
ただ一つだけ、話のメインが「マングース猟」についてだったことは覚えていた。固有名詞が多くて早口だったせいか、内容がまるでチンプンカンプンだ。
とにかくマングース猟での儲けがどうとか……なんかそんなような話だった気がする。
控え室でアレンさんに「お疲れ様でした。どうでしたか?」と言われて、はっと我に返った。
「す、すごく早口で、何を言っているのか全然で。マングース猟がどうとかって……」
「悪いのは相手ですから、忘れていいのですよ?」
「たくさんの地名と人名、それから魔法の話が絡むと意味が分からなくて」
「まだ大魔導師と聞いてもウミウシやアメフラシの仲間になってしまいますからねぇ」
「わたしの黒歴史を嬉しそうにほじくり返さないでください」
「先程の方はラングース子爵です。ラングース領、つまり自分の領地の話をしていたのでしょうねぇ」
メインテーマからして迷子である。
マングースじゃなかった……
もっと地理や人名を勉強しないと生きていけない。それ以外の名詞も、何でもいいから少しずつでも頭に入れないと(泣)
どの「ホニャララ様」や「ナンチャラ様」のプレゼンを聞いても基本的にはこの状態だ。お茶を飲みながら、テロップのない難解なネット動画を一本見たのと同じ感覚になる。
これをお見合いと呼ぶのは結構チャレンジングだ。
控え室に戻ってアレンさんに泣きつき、お化粧を直して軽くお茶を飲んでいると、すぐにまたお呼びがかかる。
元気ハツラツ君は、ラウンド間のインターバルは短めにして、早く試合を進めたいタイプのようだ。
わたしも「早くお家に帰りたい」と思っていたので、次々と五人のプレゼンを聞いた。
32
お気に入りに追加
455
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
勘違いは程々に
蜜迦
恋愛
年に一度開催される、王国主催の馬上槍試合(トーナメント)。
大歓声の中、円形闘技場の中央で勝者の証であるトロフィーを受け取ったのは、精鋭揃いで名高い第一騎士団で副団長を務めるリアム・エズモンド。
トーナメントの優勝者は、褒美としてどんな願いもひとつだけ叶えてもらうことができる。
観客は皆、彼が今日かねてから恋仲にあった第二王女との結婚の許しを得るため、その権利を使うのではないかと噂していた。
歓声の中見つめ合うふたりに安堵のため息を漏らしたのは、リアムの婚約者フィオナだった。
(これでやっと、彼を解放してあげられる……)
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる