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8−2:出会い(POV:ヴィル)

第130話:アレンの降格

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◇◆◇

 第一騎士団による神薙の警護は、様々な問題を抱えながらもどうにか機能していた。
 俺はと言うと、相変わらず執務棟で署名するべき紙と回覧に回すべき紙の処理に追われている。

 ある日、そこへクリスがふらりと現れた。
 彼が私服だったので思わず時計を見た。
 まだ午後三時を少し過ぎたばかりだった。食事に行くには早すぎる。よく見ると顔が日焼けしているように感じた。
 「休暇の最終日か?」と尋ねると、彼は「そうだ」と答えた。
 長期休暇の最終日は職場にフラリとやって来て、土産を配りながら不在中に起きたことの情報収集をするのが彼のお決まりだ。

 顔を合わせるのは久々だった。
 彼は父親が管理するクランツ辺境伯領へ出向いていたそうだ。

 「話すことがたくさんあるぞ」と言うと、彼はニヤリとした。

「そうだろうと思って、ここは最後にした」

 彼は外套や上着を放り投げる場所と化した応接用ソファーを片付けてくれた。

 クリスの良いところは毎度飲み物を持ってきてくれるところだ。
 執務棟には食堂の他に喫茶室があり、茶やサンドウィッチなどの軽食が買える。団長の執務室からだと喫茶室のほうが圧倒的に近く、我々はそこの常連だ。
 彼は片づけを終えると茶を二つ買い、小さなトレイに乗せて運んできた。

 今日は「新商品らしいぜ」と言って、おかしな茶を持ってきた。
 ミントの茶だと言うが、まるでミントの香りがしない。草の匂いだ。味も草の汁みたいだった。まるで刈ったばかりの芝生のようだ。
 彼の悪いところは俺の好みを度外視して自分が飲みたいものを二つ持ってくるところだ。
 彼は何も言わずに飲んでいた。
 俺の鼻と舌がおかしいのだろうか。とりあえず黙っていることにしよう。

「そういえば、書記はどうしている?」

 本当は神薙のことが知りたいのだろうが、彼はあえてアレンのことを聞いてきた。ただ、今日はどちらのことを聞かれても同じ話をすることになる。
 
「アレンは先日、神薙に怪我をさせて降格処分になり、それが取り消されて即復帰した」
「情報が多い……。さらっと話すような内容ではないぞ」
「安心しろ。もう解決していることだ。彼は副団長のままだよ」

 ある日、神薙は側近の助言に従って、気晴らしの買い物へ出かけた。
 商人街で護衛から離れてしまった神薙は、横道でゴロツキに絡まれて負傷した。犯人はすでに捕まり、もう処分も決まっている。

 アレンの三段階降格処分は、最初はただの冗談だった。
 俺の父がおしおき的な意味合いで「あーあ、それは三段階降格だな」と冗談を言い、それを受けて皆で笑っていただけのことだったらしい。
 ところが、叔父が神薙の反応を知りたがり、それを実行しようと提案した。それに対し、アレンの父が同意したと言うから驚いた。
 宰相がやめるように諫めたが叔父は止まらなかった。

 言いなりになって側近を失うのか、そもそも側近なんて誰でも良いのか、はたまた抗議をしてくるのか。
 可憐な神薙がどう出るのかを叔父は楽しそうに予想していた。そして、アレンの父と小銭を賭けていた。

 「なんて人達だ……」と、クリスは呆れて言った。

「多少アタマがおかしくないと、国など動かせないのだろうな」
「どさくさ紛れの不敬はよせ」
「どの道アレンは数日謹慎させるつもりだった。まあ理由が何にせよ、彼が離れたことが原因で神薙が負傷したのは事実だからな」

 もし神薙が無反応だったとしても、文書を作成する際の「ひな型を間違えた」ということにして降格は取り消して終わらせることになっていた。
 つまり、これは完全に王のイタズラだ。
 仕方がないので、その経緯も含めてアレンに説明して「連休だと思って少しのんびりするように」と言った。
 アレンも「ひどい父親ですねぇ」と言いつつ、本をまとめ買いして謹慎と言う名の連休に入った。

 「それで、どうなった?」と、クリスは身を乗り出した。
 彼は神薙の話になると目の色が変わる。

「神薙が叔父上のところに飛び込んで来た」
「陛下に抗議したのか」
「いいや、抗議はしていない」
「アレンは怪我に無関係で、すべて自分が悪いと取り消しを懇願したそうだ」
「まるで部下をかばう騎士じゃないか」
「どうかな。アレンをかばっているつもりはなかったのかも知れない」

 神薙は心身ともに傷が癒えていなかった。
 顔面蒼白で声が震え、今にも消えてなくなりそうだったと、同行したフィデル・ジェラーニは言った。
 神薙は外出できるような体調ではなかった。

 フィデルは「今にも神薙が倒れそうだ」と、切羽詰まった様子で謁見申請をしたようだ。
 日頃ちゃらんぽらんを装っている彼を知る人なら、さぞ驚いただろう。叔父と宰相は仕事を放り出して神薙と会った。

「そもそも叔父は神薙の怪我を甘く見ていた」
「そんなにひどかったのか?」
「怪我の大小は問題ではない。それよりももっと厄介だ」
「なにが?」

「治せない。治癒魔法がまるで効かない」

 たかだか手首の捻挫だ。
 誰もが治癒魔法で簡単に治ると高を括っていた。しかし、神薙には治癒魔法の効果が出なかった。

「ゴロツキに拘束されて怖い思いをしていた。心も体もほとんど何も癒えていない状態で、神薙は王宮に駆け込んで来ていた」

 しかも、アレンを罰するならば自分を罰して欲しい、と神薙は言った。
 それは国王である叔父を慌てさせ、猛省させ、そして感動させるのに十分過ぎる行動だった。
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