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第八章 ヴィルヘルム >1 神薙降臨(POV:ヴィル)
第126話:新神薙降臨
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「襲われかけた、か。それは股を開いて大喜びだっただろう」
「二度とそんなふうに言うな」
「そんなふうとは?」
「いくらお前でも剣を向けずにいられる自信がない」
「なぜクリスが俺に剣を向けるのだ。神薙は肉と酒と男が大好物だろう?」
「貴様……」
ゆらりと立ち上がった筋肉の塊が突進してきた。
「うわ! 待て、クリス、よせ! ぐっ……こ、この馬鹿力……ッ!」
「取り消せ!」
「すまん! 俺が悪かった。二度と言わない!」
野獣に危うく絞め殺されるところだった。
なぜ俺が謝らなくてはならないのだろう……納得がいかない。
つい先週、同じ話で一緒に笑っていたというのに、わずか一週間で何があったのだろうか。
「変なものでも拾って口に入れたのではないだろうな……」
「俺を悪く言うのは許してやる。神薙様を侮辱するな」
「何を食べようと勝手だが、幼馴染の首は絞めるな」
「人を拾い食いした犬みたいに言うな」
「では、お前が神薙に拾われて食われたのか?」
しまった……。
いつもの癖で、つい神薙を貶してしまった。
はっとしてクリスを見ると、俺を睨みつけながら特注の大剣に手をかけていた。
「馬鹿! 剣はよせ! 悪かった。全面的に俺が悪い!」
なんて危ない男だ。
執務室で剣を振り回すやつがいるか。
というか、いつもの温厚なクリスはどこに行った?
おい、そこの野獣、俺の幼馴染を返せ。
俺は軽く咳ばらいをして気を取り直し、「魔導師団は神薙の守護者だろう」と言った。
そして「我々騎士よりも、ずいぶんと高位にいるつもりの」と付け加えた。
魔導師団は、いけ好かない連中だ。
団員のほぼ全員が神薙の夫で、神薙と共に金と欲にまみれた生活に溺れていた。
神薙の地位を利用して好き放題しておきながら、退位するや否やサッサと逃げ出し、雲隠れを決め込んだ。
彼らはもはや神薙に擦り寄って生きていくしかないほど天人族の中で孤立しており、特に上流貴族の間ではすこぶる評判が悪い。
この大陸最後の聖女がまだ生きていた時代、魔導師団は研究者集団でありながらも騎士団と並ぶ戦闘力だったらしい。
もう千年近くも前の話だ。
国防の要として結界を張るだけでなく、騎士団の中程から後方に陣取って戦闘にも参加していたという。そのうちの一部は、前衛でも戦える超級魔導師だったそうだ。
光の壁で騎士を守ったとか、空から巨大な火の玉を落として敵を一網打尽にしたとか。驚くような逸話が残されている。
それが今はどうだ……。
すっかり堕落しきって、研究どころか魔法をまともに扱えるのかも怪しい。
結界なんてものは、生まれてこのかたお目にかかったこともない。光の壁? なんだそれは。どうやって出すのだ? そんな魔法は聞いたこともない。もうとっくの昔に失われた魔法だ。
数年前まで一人だけ話の分かる魔導師がいた。
女性のように美しい顔をしていたが、暇さえあれば書物と向き合う真面目な男だった。しかし、彼はいつの間にか失踪者リストに入っていた。
他の魔導師仲間に殺されたのではないかと噂されている。無事でいてくれることを祈るばかりだ。
「魔導師団は知恵をもって神薙を守るということになっているはずだ。表向きはな?」
俺がそう言うと、クリスは口を曲げた。
「相変わらず、本音を隠す気がまったくなさそうな言い方だな」
「お前に隠す意味なんてないだろう?」
クリスは少しばかり物憂げな顔で「それもそうだな」と言った。
「それで? どうなった?」
「陛下が魔導師団の解体を命じた」
俺は一瞬、言葉が出なくなった。
耳がおかしくなったのだろうか。
魔導師団の解体?
いくら役に立たない連中とは言え、腐っても国の組織だ。
それは俺だって潰したい。しかし、潰したいと思っても簡単に潰せるものではない。仮にそれが王であってもだ。
俺はクリスから目を逸らさず、左右に首を振った。
「どうやったら一日でそこまで……正当な理由があってのことなのだよな?」
「そこに書いてある。だから早く読めと言っている」
クリスが指差した先には、机の上に置かれた一際ぶ厚い報告書があった。
俺は慌てて掴むと、彼の署名が入った表紙をめくった。
衝撃的な単語がいくつも視界に飛び込んできた。
「捕縛って……」
「全員、牢にぶち込んだ。もう取り調べも始まっている」
俺は再び首を横に振った。
信じられないことだが、俺の幼馴染は今日、奇跡を起こしていた。
「クリス、お前は英雄だったのか……」
「偶然そこにいただけだ。大袈裟な奴だな」
「歴史を動かしたのだぞ」
「動かしたのは俺じゃない。今日降りた神薙様だ」
しばらくの間、夢中になって報告書をめくっていた。
しかし、ふいに父の名が目に留まったため手を止めた。
「二度とそんなふうに言うな」
「そんなふうとは?」
「いくらお前でも剣を向けずにいられる自信がない」
「なぜクリスが俺に剣を向けるのだ。神薙は肉と酒と男が大好物だろう?」
「貴様……」
ゆらりと立ち上がった筋肉の塊が突進してきた。
「うわ! 待て、クリス、よせ! ぐっ……こ、この馬鹿力……ッ!」
「取り消せ!」
「すまん! 俺が悪かった。二度と言わない!」
野獣に危うく絞め殺されるところだった。
なぜ俺が謝らなくてはならないのだろう……納得がいかない。
つい先週、同じ話で一緒に笑っていたというのに、わずか一週間で何があったのだろうか。
「変なものでも拾って口に入れたのではないだろうな……」
「俺を悪く言うのは許してやる。神薙様を侮辱するな」
「何を食べようと勝手だが、幼馴染の首は絞めるな」
「人を拾い食いした犬みたいに言うな」
「では、お前が神薙に拾われて食われたのか?」
しまった……。
いつもの癖で、つい神薙を貶してしまった。
はっとしてクリスを見ると、俺を睨みつけながら特注の大剣に手をかけていた。
「馬鹿! 剣はよせ! 悪かった。全面的に俺が悪い!」
なんて危ない男だ。
執務室で剣を振り回すやつがいるか。
というか、いつもの温厚なクリスはどこに行った?
おい、そこの野獣、俺の幼馴染を返せ。
俺は軽く咳ばらいをして気を取り直し、「魔導師団は神薙の守護者だろう」と言った。
そして「我々騎士よりも、ずいぶんと高位にいるつもりの」と付け加えた。
魔導師団は、いけ好かない連中だ。
団員のほぼ全員が神薙の夫で、神薙と共に金と欲にまみれた生活に溺れていた。
神薙の地位を利用して好き放題しておきながら、退位するや否やサッサと逃げ出し、雲隠れを決め込んだ。
彼らはもはや神薙に擦り寄って生きていくしかないほど天人族の中で孤立しており、特に上流貴族の間ではすこぶる評判が悪い。
この大陸最後の聖女がまだ生きていた時代、魔導師団は研究者集団でありながらも騎士団と並ぶ戦闘力だったらしい。
もう千年近くも前の話だ。
国防の要として結界を張るだけでなく、騎士団の中程から後方に陣取って戦闘にも参加していたという。そのうちの一部は、前衛でも戦える超級魔導師だったそうだ。
光の壁で騎士を守ったとか、空から巨大な火の玉を落として敵を一網打尽にしたとか。驚くような逸話が残されている。
それが今はどうだ……。
すっかり堕落しきって、研究どころか魔法をまともに扱えるのかも怪しい。
結界なんてものは、生まれてこのかたお目にかかったこともない。光の壁? なんだそれは。どうやって出すのだ? そんな魔法は聞いたこともない。もうとっくの昔に失われた魔法だ。
数年前まで一人だけ話の分かる魔導師がいた。
女性のように美しい顔をしていたが、暇さえあれば書物と向き合う真面目な男だった。しかし、彼はいつの間にか失踪者リストに入っていた。
他の魔導師仲間に殺されたのではないかと噂されている。無事でいてくれることを祈るばかりだ。
「魔導師団は知恵をもって神薙を守るということになっているはずだ。表向きはな?」
俺がそう言うと、クリスは口を曲げた。
「相変わらず、本音を隠す気がまったくなさそうな言い方だな」
「お前に隠す意味なんてないだろう?」
クリスは少しばかり物憂げな顔で「それもそうだな」と言った。
「それで? どうなった?」
「陛下が魔導師団の解体を命じた」
俺は一瞬、言葉が出なくなった。
耳がおかしくなったのだろうか。
魔導師団の解体?
いくら役に立たない連中とは言え、腐っても国の組織だ。
それは俺だって潰したい。しかし、潰したいと思っても簡単に潰せるものではない。仮にそれが王であってもだ。
俺はクリスから目を逸らさず、左右に首を振った。
「どうやったら一日でそこまで……正当な理由があってのことなのだよな?」
「そこに書いてある。だから早く読めと言っている」
クリスが指差した先には、机の上に置かれた一際ぶ厚い報告書があった。
俺は慌てて掴むと、彼の署名が入った表紙をめくった。
衝撃的な単語がいくつも視界に飛び込んできた。
「捕縛って……」
「全員、牢にぶち込んだ。もう取り調べも始まっている」
俺は再び首を横に振った。
信じられないことだが、俺の幼馴染は今日、奇跡を起こしていた。
「クリス、お前は英雄だったのか……」
「偶然そこにいただけだ。大袈裟な奴だな」
「歴史を動かしたのだぞ」
「動かしたのは俺じゃない。今日降りた神薙様だ」
しばらくの間、夢中になって報告書をめくっていた。
しかし、ふいに父の名が目に留まったため手を止めた。
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