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第三章 お披露目会

第66話:挨拶タイム

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※第65話は欠番です
──────────

 休憩が明け、再び出ていって陛下のちょっとしたお話が終わると、全員とのご挨拶タイムが始まった。

 文官が「ナントカ伯家の皆さまです」「ナンチャラカチャラのダレソレ様です」と、リストを読み上げて紹介してくれる。あらかじめ「家族や兄弟はまとまって挨拶を」とお達しが出ていた。

 気になった人がいたら覚えておくようにと言われていたものの、わたしの脳みその残念な仕様により、それは困難だった。
 こんな短い時間では気にならないし、名前もまったく覚えられない。どうも昔から人の名前を覚えるのは苦手だ。
 ヴィルさんの苗字も、既に怪しい感じになってきている。
 ラ行なのは間違いない(さっきも言った)

 リンドバーグでしたっけ? レン、ラン……、ランドリーだったかな。
 ヴィルヘルム・ランドリー?
 なんか違う……。そんなヘルメットの洗濯屋っぽい名前ではなかった気がする。
 ダメだ。あとでイケ仏様にコッソリ聞こう。

 来客の皆さんは素敵な方ばかりだ。
 この王国はイケメンとイケオジしかいらっしゃらないのかと思うくらい。
 でも、わたしの周りにいる人達が異常すぎた。イケ過ぎている仏像とか、羽みたいに軽いダンディーとか、ド天然の国宝イケメンとか、グルメで優しいイケオジとか……。
 もっとガツンと来るものがないと、挨拶程度では記憶に残らないのだ。
 短い会話なら交わしても良いことになっているので、そこで個性を出してくれたなら有り難いのだけれども、残念ながら皆さん同じような服を着て、通り一遍の挨拶をしていく。
 「初めまして」のインパクトで、オーディンス副団長の長細いメガネ岩に匹敵する人は一人もいなかった。

 イケ仏様をチラリと見た。
 ノーメガネのせいで仏像風味が消え失せている彼は「ん?」と眉を上げた。
 うぐ、格好良すぎる。不用意に見てはダメなやつだ。
 ふるふると首を横に振った。
 なんでもないです。ちょっと退屈になってきてしまっただけです。

 ヴィルさんを見た。
 ペカーっと眩しい笑顔が放たれる。
 彼は多分、笑顔だけで世界を癒す力があると思う。

 つまらなくてイジイジしながら、残り何組ぐらいいるのだろうと順番待ちの行列を見てみると、そこに一人だけ見知った顔があった。

 やややっ、あのお方は。



「続きましては……」
「くま……クランツさまっ」

 危ない危ない。うっかり間違えて呼ぶところだった(くまって言っちゃってるから、ほぼアウトですけどね)
 土俵際で必死に踏ん張って持ち直すと、文官さんが「クランツ辺境伯とご嫡男です。ご存知ですね」と、笑顔を浮かべた。
 初日にお世話になったクマさんのような紳士、第三騎士団のクランツ団長だ。

 くまんつ様のことは、侍女に根掘り葉掘り聞いてしまった。
 第三騎士団は王都の重要施設を警備する市民の憧れ的存在らしい。
 体を見れば一目瞭然ではあるけれども、とにかく腕っぷしが強いことで有名だ。

 かつて立っているだけの弱々しい警備員でしかなかった第三騎士団にくまんつ様が入団して出世街道を驀進したそうだ。
 あっという間に団長に昇りつめたクマさんは、時間をかけて第三騎士団を強化していったのだとか。
 大きくて強くて、優しい。それと、なんと言っても声が素敵。
 アゴひげからもみ上げを伝って髪までの毛という毛がうまいこと繋がっており、あっちこっちを向いた栗色の髪までを含めると、総じて『クマさんのぬいぐるみ』に似ている。
 つい「栗毛」などと動物の毛色のような形容をしてしまいそうになる野性味、流行に左右されない荒ぶる風貌。その紳士かつ繊細な内面とのギャップは特大のインパクトがある。

 くまんつ様、今日も素敵なクマっぷりです。本当に、本当に、素敵です。わたしは幼い頃からクマのぬいぐるみが大好きで、見ているだけでほっこりした気分になるのです。

「リア様、憶えていてくださったとは恐悦至極です」
「その節は大変お世話になり、ありがとうございました」

 くまんつ様のお父様も体が大きく強そうだ。くまんつ初号機の名にふさわしい素敵なオジサマである。
 ご挨拶をして軽く会話を交わしたけれども、お父様も良い人だった。
 陛下がお父様に「国境の情勢はどうか」と聞くと「今は次男と部下が適当にあしらっておりますよ」と笑った。

 辺境伯は国境に面した領地を管理している領主様だ。
 国境の武力衝突はよくあることだそうで、彼らは戦のスペシャリストと呼ばれている。
 侍女が言うには、普通の伯爵と辺境伯では「戦闘力が蚊とスズメバチくらい違う」とのことだった。

 「相変わらず安泰か」と陛下がにっこり微笑んだ。

「ウチは治安が良いことだけが売りですから」
「有能な嫡男のおかげで神薙が守られた。改めて礼を言う」
「こちらこそ、身に余る褒賞を賜り恐縮です」

 今回のお披露目会に来られなかった辺境伯家も多いと聞いていたけれど、くまんつ領は平和なようだ。

「クランツ様、あの時、助けてくださった皆さまにお礼をさせて頂きたいと思っているのですが……ご迷惑ではないでしょうか」

 マッチョ軍団に美味しいお肉を振る舞いたくて、バーベキューパーティーを企画中なのだ。
 くまんつ様は嬉しそうに「大変光栄です」と言ってくれた。

「部下も喜びます。実は、なんとか今一度お会いできないのか、神薙様を見られる場所での仕事はないのかと突き上げられており、参っていたところで……」
「そ、そうだったのですか。そんなふうに言って頂けて光栄です」

 皆でお庭に出てバーベキューをする光景を想像しただけで楽しくなってくる。
 気を良くして話していると、後ろに並んでいた人たちがざわつき始めた。
 貴族社会は激しい足の引っ張り合いもあると聞いたので、わたしが長話をすると困らせてしまうかも知れない。慌てて切り上げることにした。

「申し訳ありませんっ、ゆっくりお話できなくて……。またお会いできるのを楽しみにしています」
「身に余るお心遣いに感謝致します」

 ふと隣を見ると、くまんつ様のお父様と陛下がコソコソやっていた。

「いつもよりいいワインを持ってきた」
「でかした」
「あいつは?」
「いるぞ」
「いつもの場所な?」
「ああ、ではな!」

 飲み会の約束をしている(笑)
 さっきの他人行儀な会話は表向きで、どうやら二人はかなり仲良しのようだ。

 くまんつ様親子とお別れし、行列の後半は息子さんが爆発(?)をして退場し、ポツンと残されたお父さん軍団だった。
 冷酷と言うべきか合理的と言うべきか、文官さんは二~三家族ずつまとめて呼び、挨拶もそこそこに次々と入れ替えていく。ほとんど「お前らに用はねぇ」と言っているようなものだった。
 しかし、わたしも長時間よそ行きの笑顔を貼り付けて過ごしていたせいか顔筋の限界が近く、この早送りには少し救われた。

 こうして、色々な意味で強烈だった新神薙お披露目会は無事に幕を閉じたのだった。

 バックステージに引っ込むと、イケ仏様が「どなたか良い方はいましたか?」と聞いてきた。
 さすがデキる男である。痛いところを突いてくる。

「あー、それが……」
「どうしました?」
「ちょっと、大きな声では言いづらいのですが……」
「はい?」

 近づいてひそひそと小声で話した。

「くまんつ様の親子以外、すべて同じに見えてしまうという困った現象が」
「ダメでしたか?」
「唯一、ボンボンキノコ様は覚えていますが、良い方だったかと言われると少し違うという……」

 わたしがそう言うと、彼は吹き出した。

「大丈夫ですよ。気長にいきましょう」
「ハイ。最悪は陛下がもらってくださるらしいので」
「ん……その前に大勢いますから。大丈夫です」

 彼はニコリと笑顔を見せ「陛下にご挨拶をして帰りましょう」と言った。
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