昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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第一章 神薙降臨

第20話:癒しの図書室

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 広い図書室には司書さんとわたし達しかいない。だからいつも静かだった。木と紙、それからインクの匂い。自分達の歩く音。小さな窓から差し込む柔らかな光。
 わたしを導く白い手袋。見上げると、微笑むイケメン仏像(ぐはっ)

 周りの協力を得ながら知識を詰め込んでいく日々は、忙しくも充実していた。文化や習慣のギャップに驚かされたり狼狽えたりすることが多いけれども、図書室に行くといつも気分が切り替わって集中できる。

 自分の周りを取り囲んでいるものや環境を知ろうと、わたしは躍起になっていた。
 でも、ふと立ち止まってみたら、自分が「神薙」というものについてほとんど知らないことに気がついた。

 神薙は大陸に一人しかべない。
 神薙は大切な存在らしい。
 神薙はヒト族の前にはめったに姿を現さない。
 神薙の体に触れても良い人は限られている。
 神薙には常に護衛がつく。
 神薙にしか天人族の子どもは作れない。
 神薙は多くの夫を持つことが許されている。

 都度、周りから教えてもらったことだけが神薙に関する知識だ。これで良いのだろうか。
 異世界から来て、夫を持った過去の神薙たちは、何を思い、どう生きていたのか。
 どのくらいのペースで『生命の宝珠』を作っていたのか。自分の置かれた状況に疑問や不満はなかったのか。
 夫がいない昼間は何をして過ごしていたのか。リアルな神薙の暮らしを知っておきたい。

 先代の神薙に関する謎もある。
 先代は百人くらい夫がいたらしい。それだけでも十分すぎるほどアンビリーバボーな人なのだけれども、一つ大きな疑問があった。
 百人も夫がいたなら、さぞかし多くの『生命の宝珠』を生産したのだろう……と、そう思っていた。ところが妙な話を聞いた。この国の天人族が少子化で悩んでいるというのだ。
 どうして少子化? 次々結婚しただけだったの? 何か事情でも??
 神薙として召喚され、先代もおそらく同じことを言われているはずだ。夫を見つけて『生命の宝珠』をたくさん作ってくださいと。しかし、先代は作らなかった、もしくは作れなかった。

 周りに理由を聞いてみたけれども、はっきりとした答えがもらえない。それならば図書室で調べよう、というわけだ。
 この国の法では、神薙について外でペラペラ喋ることが禁じられているらしい。だから詳しい本があるとは考えにくいのだけれども、わずかでも情報があれば助かる。

「リア様、こちらの棚です」と、オーディンス副団長が言った。
「ありがとうございます。あーやっぱり、ほとんど天人族向けなのですねぇ」と、わたしは本棚の一番上の段を見上げて言った。

 この国の本は大きく分けて二種類ある。万人向けと、天人族向けだ。
 天人族向けの本は一般人が読まないような魔法関係の本が多く、尋常でないほど価格が高い。一冊がヒト族のお父さんの平均月収を超えているというから相当だ。しかも、一般の本屋さんでは売られていない。
 お高いだけあって装丁は超豪華。本棚に置いておくだけでペカーッと映える。インテリア要素の高い本だ。
 しかし、天人族の人達も、基本的には街の書店で売られている万人向けの本を読んでいる。こと小説に関して言えば、人気作家はヒト族が多いそうだ。

 わたし達が足を止めた場所は、神薙に関する本がまとまっているコーナーだった。ざっと棚を見渡すと、古いものもあれば最近出版されたばかりのものもある。思っていたより充実していた。
 ほとんどが天人族向けの本で、一般向けは宗教系の専門書のようだった。一般庶民にとっての神薙様は『神様』なので、それについて語るような本は出ないのかも知れない。

 さて、どれにしましょうか……。
 新しいジャンルの本を読むとき、最初の一冊目は深く考えず、カンに任せて選ぶことにしている。いわゆるジャケ買いというやつだ。見た目と本のタイトルだけで選んでしまおう。

「よし、これにしましょう」
 手に取ったのは『神薙論』という本だった。なんだかちょっとカッコいい。「論」というぐらいだから、少し哲学書っぽいものを期待しているけれども、カジュアルな内容でもまったく構わない。神薙という存在が天人族からどのように思われているのか、どうあるべきなのか、そんなことが書いてあれば大当たりだ。

「リア様……まさかそれをお読みになるのですか?」と、オーディンス副団長が引きつった顔で聞いてきた。
 難しい本なのかしらと思いつつ、普通に「はい、そうですね」と答える。

「哲学書っぽいのかな、と思いまして」
「その傾向がある箇所もないことはないですが」
「神薙とはこうあるべきだ、というような内容なのですか?」
「いいえ。神薙の夫とはこうあるべき、という話に重点が置かれているかと」
「そうなのですねぇ。では、これはお部屋で読むことに致しますね」
「部屋で……そう、ですか」

 神薙論をお持ち帰り用の箱に入れた。
 お持ち帰り箱に入れておくと、あとで騎士様がお部屋まで運んでくれることになっている。「神薙様が荷物など持たないでください」と言われてしまうので、過保護だなぁと思いつつも有り難く運んで頂いている。

 お部屋に持っていく本をあらかた選んでから、椅子に座って前の日に読んでいた本を開いた。子ども向けの優しい歴史入門書だ。まずは概略をざっくり捉えるために、子ども向けを読んだほうが早いと言ってオーディンス副団長が探してくれたものだった。

 彼は珍しくわたしから離れて、司書さんと何やら話し込んでいた。ぼそぼそと二人で話す声が聞こえてきている。打ち合わせでもしているのだろうか。

「まさかそれを読むのか」という質問の意図が分かったのは、夜も更けて「そろそろ寝ようと思います」と宣言をした後のことだった。
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