泥棒、明日を盗む。

羽川明

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泥棒、明日を盗む。

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 ある街に泥棒がいました。
 盗むのがとっても上手な泥棒さん。
 彼にかかれば明日を盗むのだって朝飯前です。


「明日なんて来なければいいのに」

 カフェの窓際でため息をつく少女。
 待ってましたと泥棒さんが駆けつけます。

「やぁ少女ちゃん。明日は来ないよ。僕が盗んでしまったからね」
「本当に? それじゃあ、私は彼と離れ離れにならなくて住むのね!」
「そうとも。明日引っ越す彼くんと、ずっとこの街にいられるのさ」
「ありがとう、泥棒さん!」


 泥棒さんは顔が広いようです。
 目を輝かせる少女を見てうれしくなった泥棒さん。
 同じように頭を抱える街の人々のところへ、教えに行ってあげることにしました。


「学生くん。今日も勉強大変そうだね。でもね、もう明日は来ないよ。僕が盗んでしまったから」
「本当かい? それじゃあ、もう僕は明日に備えて勉強しなくてすむんだね!」
「そうとも。これからずっと、好きなことをしていていいんだよ」
「ありがとう、泥棒さん!」


 泥棒さんは真上で止まったお日様の下、街中を駆け回りました。
 治らない病気に苦しむおじさん、明日で仕事がなくなるパパさん、借金を抱えたママさん、将来が怖いフリーターくん。
 みんなみんなうれしそうです。
 泥棒さんはますますうれしくなって、陽気にステップして街を巡ります。
 『泥棒さんが明日を盗んだ』大喜びする街の人たちによって、その噂はあっという間に町中に広がっていきます。
 ところが、笑顔で溢れる街の一角。
 泥棒さんはわんわん泣くこどもの声を耳にしました。
 あたりを見回すと、ボールを抱えた小さなこどもが顔を真っ赤にして泣いていました。


「どうしたんだい? こどもくん」
「泥棒さん、どうして明日を盗んだの?」
「決まってるじゃないか。みんなみんな、明日が大っ嫌いなんだ。
 だから僕は、明日が来ないように隠してあげたのさ」
「ひどいや! ぼくの明日を返してよ」
「とんでもない! このまま明日が来なければ、こどもくんはずっとずっとこどものままだ。
 ずっとずっとこどものまま、遊んで暮らしていけるんだ。感謝して欲しいくらいだよ」

『そうだ、そうだ!』

 いつの間にか、こどもくんの泣き声を聞きつけた街の人たちで人だかりができていました。
 公園は怒った顔の街の人たちでいっぱいです。
 みんなみんな、泣きっぱなしのこどもくんをにらんでいます。

「ぼく、大人になりたい」

 人だかりはしんと静かになりました。
 驚いた顔をする泥棒さんたちに、こどもくんは続けます。

「ぼく、明日もあさってもいっぱい遊んでいっぱい勉強して、いつか大人になるんだ。
 大人になって、大好きな人を見つけて、家族になって、家族のために働くんだ!」

 街の人たちは大騒ぎ。
 苦しい、辛い、忙しい、寂しい、疲れた。
 いろんな言葉でいろんな気持ちが飛び交います。
 こどもくん一人のために、いまさら明日が来ては困ります。
 街の人たちはかんかんでした。
 そのとき、泥棒さんが真っ青になって大声を上げます。

「大変だ、盗んだ明日を落っことした!」

 これには街の人たちも大混乱。
 みんなで明日を探します。
 けれども、明日は見つかりません。
 夜になったとき、誰かが気づきました。

「泥棒さんがいない!」

 街の人たちは大慌て。
 盗むのが上手な泥棒さんにしか、明日は盗めません。
 今度はみんなで泥棒さんを探します。
 けれども、泥棒さんはいません。
 もう街のどこにも、泥棒さんはいないのでした。

 そうして夜が明け、こどもくんが待ちに待った明日が、元気に顔を出しましたとさ。
 めでたし、めでたし。
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