26 / 36
『第二十六話』
しおりを挟む
合流してからは、すべてがあっという間だった。ビーチボールで遊んだり、子供みたいに鬼ごっこをしてはしゃいだり、流れるプールを逆向きに泳いで競争したり。
……大体は須藤さんの想いつきだった。
四時ごろにはもう須藤さん以外へとへとで、休憩所でアイスクリームを食べ終えると、このまま帰ろうという話になった。
今は脱衣所で、長谷川と一緒に仲良く並んで着替えている。ぽつぽつ会話をしている間、長谷川はずっとじれったそうにしていた。そうして、ついに会話を打ち切る形で強引に切り出してきた。
「……なぁ、うちで働かないか?」
周囲には僕ら以外誰もいない。不穏な空気のセンサーでもあるのか、扇風機フル稼働の脱衣所が、今さらのように冷たくなる。
「なんでまた?」
とぼけた調子で返事をし、僕は着替える手を速めた。と言っても、髪や体についた汗や水滴は、そうそうすぐにはかわかない。
長谷川は、いらだった様子で髪にぐしゃぐしゃつめを立てて、ため息交じりに言う。
「……わかってるんだろ? このままじゃ、ダメだって。一生バイトで食いつなぐ気か?」
「それもいいかもね」
ひとごとみたいにつぶやいた僕に、長谷川はしびれを切らしたようにつかみかかってきた。
「なんとかなるって、思ってるんだろ? けど、そんなわけない。いつか必ず、どうにもならない時が来る! そうなったら――――」
遮るように、僕は長谷川の目を正面から射止める。
「――――同じこと、あの人にも言える?」
ハッと息をのんだのが、手に取るようにわかった。
「個人経営の服屋なんて、たいして儲からないんでしょ?」
自分でも、嫌味な言い方だと思った。だけど、このくらいで引き下がるような長谷川じゃない。
「そんなことはわかってる! けど、あの人は、それでもいつも笑ってる。あれは、見せかけなんかじゃないっ」
「そうだよ。だってそれが、あの人の夢だったから。何よりの、幸せだから」
肩すかしでもくらったみたいに目を見開く長谷川。歯ぎしりの音(ね)が、ここまで聞こえてきそうだ。
「……須藤さんは福屋、お前は超優良大企業、そして僕は、テールとの日々。いいじゃないか、みんな幸せで」
はにかんで笑う僕に、長谷川はどこか気の抜けた様子でロッカーにもたれかかり答える。
「……実は、須藤さんにも話したんだ。そしたら、今のお前とまったく同じようなことを言われたよ」
「だろうね」
『そのときは、そのときなんじゃない?』なんて、あの人ならきっとそう言うだろう。
「俺にはわかるんだよ。あの人は、どうにもならなくなったって、きっと俺には頼らない。俺だけじゃない。お前にも、お前の彼女にも、絶対にだ」
「そうだろうね。だってあの人は、みんなが大好きだから」
「なら、ならどうするんだよ!?」
「そうだな……」
じらすように、ほんの少し、考えるような素振りをする。
「……もし僕なら、世界で一番嫌いな奴の足を引っ張るかな」
口にしたりなんてしないけど、もちろんそれは、長谷川じゃない。
……大体は須藤さんの想いつきだった。
四時ごろにはもう須藤さん以外へとへとで、休憩所でアイスクリームを食べ終えると、このまま帰ろうという話になった。
今は脱衣所で、長谷川と一緒に仲良く並んで着替えている。ぽつぽつ会話をしている間、長谷川はずっとじれったそうにしていた。そうして、ついに会話を打ち切る形で強引に切り出してきた。
「……なぁ、うちで働かないか?」
周囲には僕ら以外誰もいない。不穏な空気のセンサーでもあるのか、扇風機フル稼働の脱衣所が、今さらのように冷たくなる。
「なんでまた?」
とぼけた調子で返事をし、僕は着替える手を速めた。と言っても、髪や体についた汗や水滴は、そうそうすぐにはかわかない。
長谷川は、いらだった様子で髪にぐしゃぐしゃつめを立てて、ため息交じりに言う。
「……わかってるんだろ? このままじゃ、ダメだって。一生バイトで食いつなぐ気か?」
「それもいいかもね」
ひとごとみたいにつぶやいた僕に、長谷川はしびれを切らしたようにつかみかかってきた。
「なんとかなるって、思ってるんだろ? けど、そんなわけない。いつか必ず、どうにもならない時が来る! そうなったら――――」
遮るように、僕は長谷川の目を正面から射止める。
「――――同じこと、あの人にも言える?」
ハッと息をのんだのが、手に取るようにわかった。
「個人経営の服屋なんて、たいして儲からないんでしょ?」
自分でも、嫌味な言い方だと思った。だけど、このくらいで引き下がるような長谷川じゃない。
「そんなことはわかってる! けど、あの人は、それでもいつも笑ってる。あれは、見せかけなんかじゃないっ」
「そうだよ。だってそれが、あの人の夢だったから。何よりの、幸せだから」
肩すかしでもくらったみたいに目を見開く長谷川。歯ぎしりの音(ね)が、ここまで聞こえてきそうだ。
「……須藤さんは福屋、お前は超優良大企業、そして僕は、テールとの日々。いいじゃないか、みんな幸せで」
はにかんで笑う僕に、長谷川はどこか気の抜けた様子でロッカーにもたれかかり答える。
「……実は、須藤さんにも話したんだ。そしたら、今のお前とまったく同じようなことを言われたよ」
「だろうね」
『そのときは、そのときなんじゃない?』なんて、あの人ならきっとそう言うだろう。
「俺にはわかるんだよ。あの人は、どうにもならなくなったって、きっと俺には頼らない。俺だけじゃない。お前にも、お前の彼女にも、絶対にだ」
「そうだろうね。だってあの人は、みんなが大好きだから」
「なら、ならどうするんだよ!?」
「そうだな……」
じらすように、ほんの少し、考えるような素振りをする。
「……もし僕なら、世界で一番嫌いな奴の足を引っ張るかな」
口にしたりなんてしないけど、もちろんそれは、長谷川じゃない。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる