僕だった俺。

羽川明

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 二日目  「変わり始めた明日」

その六

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 ――――いな、違う。俺はまだ、変わりきってなどいない。
 俺はまだ、満足していない。
 例え俺が、アルジャーノンだったとしても。
 俺がいつか、元より酷くなるとしたらそれは、明後日のはずだ。

 気付けば俺は、立ち上がっていた。左手をポケットの中に入れて。
「あぁん? 何だテメェ、なんか文句あんのか?」
 不協和音の塊が、サラリーマンを突き飛ばし、こちらを睨みつけてくる。
 動作の一つ一つが目障りだ。不愉快な気分になる。こんな奴、消えちまえばいい。
 俺にならできる。体の震えもとうに止まっている。
 俺はポケットの中のものを取り出し、躊躇ちゅうちょなく不協和音の首筋に突き付けた。
 照明に反射して、光り輝くそのナイフを。
「な……」
 奴が息を呑んだのが、手に取るようにわかる。
「――――今度はそっちが脅える番だ」
 俺から出たはずのその声は、微かに震えていた。
 一瞬が、永遠にも感じられた。
 他の乗客が何かを言ったが、まるで聞き取れなかった。
 景色の流れが止まり、ドアの開く音がする。どこかのバス停に着いたようだ。
「わ、わかったよ。お、俺が、悪かった……」
 奴は震える吐息で最後の不協和音をかなでると、足早にバスを降り、首元を押さえながら走り去って行った。乗客の一人と目が合ってしまい、俺は思わず目を逸らす。辺りを見回すと皆、俺の方を見て何やらひそひそと話したり、指さして何かを呟いたりしていた。
 とても褒められているようではなかった。
 さっき突き飛ばされたサラリーマンも、目を逸らし、明後日の方向を向いている。
 ……少しやり過ぎたか。
「なぁ、俺たちもここで降りようぜ」
「え? どうして?」
 どうやらコイツは思ったより鈍感らしい。
「別に追いかけなくてもいいじゃない」
「そうじゃない。ちょっと、急用を思い出したんだ」
 言って、半ば強引にバスを降りた。


「ねぇ、この辺に何か用事でもあるの?」
「いや、そうゆうわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「もう忘れたのか? 俺たちは警察に追われてるんだぜ? もうマスコミがかぎつけて俺たちの顔写真を公開してるかもしれないだろ」
 俺なんか既にテレビで報道されてる、と言いかけたが、すんでのところで踏み止まった。
「あぁ、そういえばそっか」
「だからなるべく公共の乗り物は使わない方がいい」
「でも、ここからだと歩いて五時間ぐらいはかかるわよ?」
「マジで?」
「マジで」
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