9 / 12
二日目 「変わり始めた明日」
その六
しおりを挟む
――――否、違う。俺はまだ、変わりきってなどいない。
俺はまだ、満足していない。
例え俺が、アルジャーノンだったとしても。
俺がいつか、元より酷くなるとしたらそれは、明後日のはずだ。
気付けば俺は、立ち上がっていた。左手をポケットの中に入れて。
「あぁん? 何だテメェ、なんか文句あんのか?」
不協和音の塊が、サラリーマンを突き飛ばし、こちらを睨みつけてくる。
動作の一つ一つが目障りだ。不愉快な気分になる。こんな奴、消えちまえばいい。
俺にならできる。体の震えもとうに止まっている。
俺はポケットの中のものを取り出し、躊躇なく不協和音の首筋に突き付けた。
照明に反射して、光り輝くその刃を。
「な……」
奴が息を呑んだのが、手に取るようにわかる。
「――――今度はそっちが脅える番だ」
俺から出たはずのその声は、微かに震えていた。
一瞬が、永遠にも感じられた。
他の乗客が何かを言ったが、まるで聞き取れなかった。
景色の流れが止まり、ドアの開く音がする。どこかのバス停に着いたようだ。
「わ、わかったよ。お、俺が、悪かった……」
奴は震える吐息で最後の不協和音を奏でると、足早にバスを降り、首元を押さえながら走り去って行った。乗客の一人と目が合ってしまい、俺は思わず目を逸らす。辺りを見回すと皆、俺の方を見て何やらひそひそと話したり、指さして何かを呟いたりしていた。
とても褒められているようではなかった。
さっき突き飛ばされたサラリーマンも、目を逸らし、明後日の方向を向いている。
……少しやり過ぎたか。
「なぁ、俺たちもここで降りようぜ」
「え? どうして?」
どうやらコイツは思ったより鈍感らしい。
「別に追いかけなくてもいいじゃない」
「そうじゃない。ちょっと、急用を思い出したんだ」
言って、半ば強引にバスを降りた。
「ねぇ、この辺に何か用事でもあるの?」
「いや、そうゆうわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「もう忘れたのか? 俺たちは警察に追われてるんだぜ? もうマスコミがかぎつけて俺たちの顔写真を公開してるかもしれないだろ」
俺なんか既にテレビで報道されてる、と言いかけたが、すんでのところで踏み止まった。
「あぁ、そういえばそっか」
「だからなるべく公共の乗り物は使わない方がいい」
「でも、ここからだと歩いて五時間ぐらいはかかるわよ?」
「マジで?」
「マジで」
俺はまだ、満足していない。
例え俺が、アルジャーノンだったとしても。
俺がいつか、元より酷くなるとしたらそれは、明後日のはずだ。
気付けば俺は、立ち上がっていた。左手をポケットの中に入れて。
「あぁん? 何だテメェ、なんか文句あんのか?」
不協和音の塊が、サラリーマンを突き飛ばし、こちらを睨みつけてくる。
動作の一つ一つが目障りだ。不愉快な気分になる。こんな奴、消えちまえばいい。
俺にならできる。体の震えもとうに止まっている。
俺はポケットの中のものを取り出し、躊躇なく不協和音の首筋に突き付けた。
照明に反射して、光り輝くその刃を。
「な……」
奴が息を呑んだのが、手に取るようにわかる。
「――――今度はそっちが脅える番だ」
俺から出たはずのその声は、微かに震えていた。
一瞬が、永遠にも感じられた。
他の乗客が何かを言ったが、まるで聞き取れなかった。
景色の流れが止まり、ドアの開く音がする。どこかのバス停に着いたようだ。
「わ、わかったよ。お、俺が、悪かった……」
奴は震える吐息で最後の不協和音を奏でると、足早にバスを降り、首元を押さえながら走り去って行った。乗客の一人と目が合ってしまい、俺は思わず目を逸らす。辺りを見回すと皆、俺の方を見て何やらひそひそと話したり、指さして何かを呟いたりしていた。
とても褒められているようではなかった。
さっき突き飛ばされたサラリーマンも、目を逸らし、明後日の方向を向いている。
……少しやり過ぎたか。
「なぁ、俺たちもここで降りようぜ」
「え? どうして?」
どうやらコイツは思ったより鈍感らしい。
「別に追いかけなくてもいいじゃない」
「そうじゃない。ちょっと、急用を思い出したんだ」
言って、半ば強引にバスを降りた。
「ねぇ、この辺に何か用事でもあるの?」
「いや、そうゆうわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「もう忘れたのか? 俺たちは警察に追われてるんだぜ? もうマスコミがかぎつけて俺たちの顔写真を公開してるかもしれないだろ」
俺なんか既にテレビで報道されてる、と言いかけたが、すんでのところで踏み止まった。
「あぁ、そういえばそっか」
「だからなるべく公共の乗り物は使わない方がいい」
「でも、ここからだと歩いて五時間ぐらいはかかるわよ?」
「マジで?」
「マジで」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる