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十二章
その一 住所
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「――――なんだ、これ……」
息を呑むと、固い唾がごくりと喉を鳴らした。
「これが、……僕の家?」
そんなはずはなかった。例え万が一にでも億が一にでもそうであると信じたい。けれど、目前で響く工事現場特有の騒音が、僕を現実に引き戻す。
「わぁお、こりゃ、規格外の豪邸ダネ。うんたか財閥ってやつ? 工事中なのが惜しいケド」
「そんなはずあるか。こんな住宅街のど真ん中にこんな高層建築物を建てるなんて、不自然すぎるし無計画すぎる。日照権侵害だ」
「ニッショウ券? ……チケット?」
薫さんが盛大に首を傾げると、本道君が面倒臭そうにビルの後ろを指さした。
「違う。ほら、奥の一軒家がまるまる日陰になってるだろ? あの分だと多分あそこは半日以上陽が当たらない。そういう建物は、住宅街じゃ建てちゃいけないことになってんだよ。どうしても建てたければ天井に傾斜をつけなくちゃいけない。でもあのビルには見たところそれもない。普通ならこんなビル、業者に止められて建てられないはずなんだ」
「でも、建ってるヨ?」
薫さんの言う通り、シート越しに見る限りビルの骨組みはもうほとんどできてしまっている。
「なぁ、お前確か、まだ正式にはSTKじゃないんだったよな?」
「……はっ、はい」
「二日前くらいに、京子さんか誰かに手続きがどうとか言われなかったか?」
「あ、はい。そう言えば上杉さんがそんなようなことを言ってました」
「――――やっぱしか。ってことは、政府の奴らの仕業だな。中々加入申請用紙が届かないから、死んだと勘違いされたんだろう」
「え、何? どゆこと」
多少取り乱しながらもあくまで冷静な本道君に対して、薫さんはさっきからずっと困り顔で小首を傾げている。金髪に黄緑とピンク色のメッシュを入れたその頭でそうされると、言っちゃ悪いけどセキセイインコみたいだ。
「ほら、怪物に遭遇した民間人がいたら報告しろってよく所長に言われるだろ。それで報告が入ったまま連絡なしに放置されてたから、政府の役人が怪物に殺されたと勘違いして揉み消そうとしたんじゃないか? 俺のクラスメイトにそれで家をぶち壊された奴がいる。引っ越しさせられただけみたいだが」
「えぇっと、つまり、……ん?」
「あぁ! もういい、薫は黙ってろ」
「えっと、つまり、僕の家は引っ越しただけで、どこかにあるってことですか?」
「あぁ、お前が一人暮らしじゃないかぎりな。所長に元の住所を言えばどうになるんじゃないか? ――――ったく、飛んだ災難だったな」
「元の住所……」
住所…… 県名も付けた方がいいかな。あれ? 県名? そう言えばここ、何県なんだ? ここは今、どこなんだ? 僕は今までどこに住んでいて、今、どこに居るんだろう。
「どうした、もしかして知らないのか? まぁ、俺もうろ覚えだから人のことは言えないが……」
本道君が笑いかけて来る。けれどその目は不安げで、真剣そのものだった。
僕がさっき言ったこと、まだ、気にしてるのかな。妹の顔が思い出せないって、本当にただ忘れてるだけなんだけどな。ただちょっと、思い出せないだけなのに。
「キミくん、元気出して……」
「え?」
ふと目に付いたカーブミラーには、どうしてか、泣きそうな横顔が映っていた。
沈黙を破ったのは、無機質な電子音だった。
「――――あ、呼び出しダヨ」
「あぁ。場所は、……景大通りか。ちょっと遠いな。さぁ、行こうぜ」
俯いていた僕の視界に、手のひらが差し伸べられる。
「え? でも……」
僕が戸惑っていると、本道君はまた笑いかけてくれて、何でもない顔で言う。
「どうしたんだよ。お前も、STKなんだろ?」
「――――はい!」
手を取ると、画面一杯にタイマーらしき文字列が飛び出して来た。
「うわっ! なんですかこれ」
『強制メタルワープまで、残り、三十秒前です』
ナビゲーターが相変わらずの平淡な声で告げる。
「呼び出しだよ。初めてか?」
僕が頷くと、
「要は招集みたいなもんだ。俺たちは応援に呼ばれてるんだよ。大方新しい〝拠点〟でも見つけたんだろう」
「〝拠点〟?」
「お前、本当に新入りなんだな。怪物は、適当に散らばってるように見えて、広い範囲でみると実は何箇所かある特定の場所を中心に集まってるんだ。それが〝拠点〟」
「〝拠点〟の中心には恐ろしく強いのが居て、そいつがみんなを惹きつけてるんダヨ!」
「――――って、言ってるようなやつはコイツくらいだけどな」
「ちょっとぉ!! まだ仮説の段階なんだからショウガがないじゃん!」
『強制メタルワープ、五秒前。三、二、一、 ……強制メタルワープ、開始』
息を呑むと、固い唾がごくりと喉を鳴らした。
「これが、……僕の家?」
そんなはずはなかった。例え万が一にでも億が一にでもそうであると信じたい。けれど、目前で響く工事現場特有の騒音が、僕を現実に引き戻す。
「わぁお、こりゃ、規格外の豪邸ダネ。うんたか財閥ってやつ? 工事中なのが惜しいケド」
「そんなはずあるか。こんな住宅街のど真ん中にこんな高層建築物を建てるなんて、不自然すぎるし無計画すぎる。日照権侵害だ」
「ニッショウ券? ……チケット?」
薫さんが盛大に首を傾げると、本道君が面倒臭そうにビルの後ろを指さした。
「違う。ほら、奥の一軒家がまるまる日陰になってるだろ? あの分だと多分あそこは半日以上陽が当たらない。そういう建物は、住宅街じゃ建てちゃいけないことになってんだよ。どうしても建てたければ天井に傾斜をつけなくちゃいけない。でもあのビルには見たところそれもない。普通ならこんなビル、業者に止められて建てられないはずなんだ」
「でも、建ってるヨ?」
薫さんの言う通り、シート越しに見る限りビルの骨組みはもうほとんどできてしまっている。
「なぁ、お前確か、まだ正式にはSTKじゃないんだったよな?」
「……はっ、はい」
「二日前くらいに、京子さんか誰かに手続きがどうとか言われなかったか?」
「あ、はい。そう言えば上杉さんがそんなようなことを言ってました」
「――――やっぱしか。ってことは、政府の奴らの仕業だな。中々加入申請用紙が届かないから、死んだと勘違いされたんだろう」
「え、何? どゆこと」
多少取り乱しながらもあくまで冷静な本道君に対して、薫さんはさっきからずっと困り顔で小首を傾げている。金髪に黄緑とピンク色のメッシュを入れたその頭でそうされると、言っちゃ悪いけどセキセイインコみたいだ。
「ほら、怪物に遭遇した民間人がいたら報告しろってよく所長に言われるだろ。それで報告が入ったまま連絡なしに放置されてたから、政府の役人が怪物に殺されたと勘違いして揉み消そうとしたんじゃないか? 俺のクラスメイトにそれで家をぶち壊された奴がいる。引っ越しさせられただけみたいだが」
「えぇっと、つまり、……ん?」
「あぁ! もういい、薫は黙ってろ」
「えっと、つまり、僕の家は引っ越しただけで、どこかにあるってことですか?」
「あぁ、お前が一人暮らしじゃないかぎりな。所長に元の住所を言えばどうになるんじゃないか? ――――ったく、飛んだ災難だったな」
「元の住所……」
住所…… 県名も付けた方がいいかな。あれ? 県名? そう言えばここ、何県なんだ? ここは今、どこなんだ? 僕は今までどこに住んでいて、今、どこに居るんだろう。
「どうした、もしかして知らないのか? まぁ、俺もうろ覚えだから人のことは言えないが……」
本道君が笑いかけて来る。けれどその目は不安げで、真剣そのものだった。
僕がさっき言ったこと、まだ、気にしてるのかな。妹の顔が思い出せないって、本当にただ忘れてるだけなんだけどな。ただちょっと、思い出せないだけなのに。
「キミくん、元気出して……」
「え?」
ふと目に付いたカーブミラーには、どうしてか、泣きそうな横顔が映っていた。
沈黙を破ったのは、無機質な電子音だった。
「――――あ、呼び出しダヨ」
「あぁ。場所は、……景大通りか。ちょっと遠いな。さぁ、行こうぜ」
俯いていた僕の視界に、手のひらが差し伸べられる。
「え? でも……」
僕が戸惑っていると、本道君はまた笑いかけてくれて、何でもない顔で言う。
「どうしたんだよ。お前も、STKなんだろ?」
「――――はい!」
手を取ると、画面一杯にタイマーらしき文字列が飛び出して来た。
「うわっ! なんですかこれ」
『強制メタルワープまで、残り、三十秒前です』
ナビゲーターが相変わらずの平淡な声で告げる。
「呼び出しだよ。初めてか?」
僕が頷くと、
「要は招集みたいなもんだ。俺たちは応援に呼ばれてるんだよ。大方新しい〝拠点〟でも見つけたんだろう」
「〝拠点〟?」
「お前、本当に新入りなんだな。怪物は、適当に散らばってるように見えて、広い範囲でみると実は何箇所かある特定の場所を中心に集まってるんだ。それが〝拠点〟」
「〝拠点〟の中心には恐ろしく強いのが居て、そいつがみんなを惹きつけてるんダヨ!」
「――――って、言ってるようなやつはコイツくらいだけどな」
「ちょっとぉ!! まだ仮説の段階なんだからショウガがないじゃん!」
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