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攻撃魔法と私。

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 先日は、市場で黒酢を見つけて買って、これは使えると、私は喜んだ。

 そして離れで豚の角煮をコトコト煮込んで、柔らかく、美味しく出来たなって、ジェイデン卿とメイラと共にホクホクしていた。


 そんな平和な日々を過ごしていたら、翌日には突然の頭痛、なんだろうと思ったら、入れ替わった。
 中身が、旦那様と入れ替わった!
 旦那様の屈強な肉体に、私の魂が入って、しまっている!


「これが、呪いなんですか!? 魂と器が入れ替わるのが!?」
「そうだ……呪いの入れ替わり日数は日によって違うが、最長で七日、早くて五日くらいで一旦元に戻る。
妻が変わる毎に日数は減っていっているが」

 魔女は嫌がらせのつもりでこんな入れ替わりの呪いをかけたの!?

「おお、何という事、身体が軽いし、力がみなぎっている気がする!
これが旦那様の、男性の体!」

「待て!! その反応はおかしくないか!?
着替えや入浴、後は、とても相手には見られたくないアレの心配とか……」

「裸なら妻になった時点で夜とかに見られていますよ」
「そ、それはしかし、薄明かりの元で、よくは見ていない」

 え!? せっかくの自分の嫁の体、しっかりと見ないの!?
 貴族令嬢の美しい体とか、私が男なら喜んで見るわ。

「あ、私の体は長くストレスに晒されていたせいか、お通じが五日、もしくは三日に一回くらいですけど、入れ替わり中にもその状態なら逆に良いですけれど。でも生き物はしょうがないですよ、アレはね!」

「せ、繊細な先妻は皆、それが恥ずかしいのもあったようで、耐えられず心を病んで物が食べられず、死んでいったり、自殺したり」

「え!? そうだったんですか? 
私は開き直って新しい男性ボディが、いえ、体が手に入ったって喜んでおきます!」
「はあ!? 私の体なんだが!?」

「テオドール様も私の体で楽しんで良いですよ!」
「な、何をだ! 破廉恥な事は私は、しないぞ!」

「旦那様、大変です! ネニ村に魔獣の被害が出ました!
下級冒険者では対処できないレベルの物らしいです!」

「クソ! こんな時に!」
「え!? 奥様!?」
「あ……っ」

 旦那様は慌てて口を押さえたが、しっかり聞こえた。
 旦那様が口の悪い言葉を私の体で喋ったので、伝令がびっくりしてる。

「よし! 行くしかあるまい!」

 私は旦那様の厚い胸板を見せつけるように胸をはってそう応えた。

「ま、待て、其方は戦い方も知らないだろう!?」
「あ、まさか、入れ替わりの最中でありますか!?」

 この呪い、既に伝令にはバレているっぽい。

「じゃあ近くで指示出し、お願いします!」
「いや、待て」

「私の戦装束の用意を!」
「は、はい!」

 武器と防具が有るなら下さい!

「聞け! 君は本気で行くつもりか!? 騎士に任せろ!」
「騎士にも手に余る状態だったら村人に犠牲者が出ます!」

 我々は転移用スクロールで被害の出たネニ村にすぐさま到着した。
 結局強引に出て来た。
 盾と槍を貰った。

 この槍で刺せばいいって事かな?
 でも旦那様って確か魔法が使えるのよね?

 試しにゲームキャラが言ってるようなのやってみようかな?

「あ! あそこに魔獣がいます! 毒を吐く巨大なカエルです!
迂闊に近くと危険です! 毒を吸わないように気をつけてください!」

 何やら体の奥底から熱いエネルギーが湧き上がって来る。
 これが……魔力!?

『雷よ、敵を撃て! サンダー!!』

 突如天から雷が降り、巨大な毒カエルを撃った!

 何か敵を確認したら、ごく自然にこのセリフ出てきた。呪文?
 旦那様の体がいつもやってる事を覚えているから?

「やったか!?」

 周囲の騎士が生死確認のセリフを思わず言ったが、私は
「そのセリフは禁止!」と、思わず突っ込んだ。

「炭化しています! 駆除対象、完全に沈黙!」

「やったぜ!!」

 思わず旦那様の体で、ガッツポーズする私。

「あ! まだいました! カエルがあちらに!」
「うおおお! 何か漲るから負ける気がしない! 行くぞ──!」

 走り出す私はもう誰も止められない!

「ま、待て、サーシャ! 冷静に!」

 私は旦那様の体で次々にカエルを魔法で倒していく。

「はははははは! これが、魔力! 力! 気持ちがいい! 力に溺れそうだ!」
「れ、冷静に! 力に溺れるな!」

「冗談だ! 我が妻よ! ちょっと言ってみただけである!」

 ワハハ! と笑う私。 
 ちゃんと旦那様の体に似合うように男らしく笑っている。
 気使い120%よ、感謝して欲しい。

「な、何でそんなに楽しそうなんだ!」

 旦那様の体強くて楽しすぎるわ!!
 旦那様は私の体で困惑したまま、必死に叫んでるけど。

「愚問だな。強い体、圧倒的な力で敵を倒せるのは楽しいではないか」

 何でそんな事聞くの? 当然の事ではないかと、私は男らしく答えた。
 この体で女のような言葉使いは多分キモいから。

「ええ……!?」

 旦那様は私の顔で唖然とした。
 目の端に、ゴブリンみたいな緑色の魔物が動くのが見えた。

「カエル以外にも何か小物がいるな! 残敵を掃討せよ!」
「「はっ!!」」

 冒険者や騎士達が私の命令に返事をして掃討に向かった。

 槍と盾の出番が無いまま、魔獣討伐は終わった。
 魔法って遠距離攻撃も出来てとても便利。

 主に村人に怪我人がいるけど、この旦那様の体でも、治癒魔法は持って無いみたいだった。

「領主様、ありがとうございます。後は我々で何とかなりそうです」

 衛兵達がそう言うなら信じて帰ろう。

「うむ、油断せず、最後までしっかりとな」
「閣下、転移スクロールです」
「うむ、城からの救援部隊の我々は、これより帰還する」
「「はい!!」」

 元気良く返事をする騎士達。

 私のボディの旦那様は私の様子に呆れたのか、もはや半眼になって静かにしている。

 * *

 帰城した。

 この呪い、正直、悪夢さえ見なければ個人的には解除出来ずとも、特に問題ないな。

 武装を解除して、じゃあ、とばかりに離れに戻ろうとして、旦那様に声をかけられた。

「待て、その体のままどこへ行くつもりだ」
「あ、いつもの癖で離れに。あそこに私の角煮が……」
「カクニ?」
「豚肉を美味しく煮込んであります。冷蔵庫にまだ残っていて……」

「……必要な物はメイドに言って持って来させてくれ」
「……仕方ない。誰か、離れの魔道具の冷蔵庫の中から、鍋ごと豚の煮込みを取って来て欲しい」
「はい、かしこまりました」

 側にいたメイドが反応して、取りに行ってくれた。

「では、ちょっと戦闘から帰ったので、埃を落としに風呂へ」
「え!? い、行くのか? この状況で? すぐさま? 躊躇なく!?」

「どの道、五日も風呂に入らない訳にはいかない」

「ひとまず目を閉じている間に執事に体を拭いて貰うとか」
「嫌だ。病人では無いから、ちゃんと湯に浸かりたいと思う」

 私はここでも周囲にメイドや執事がいるので、旦那様のメンツのためにも、男らしい言葉使いをしている。
 実は楽しんでもいるけど。

「……そ、そうですか、では、ご自由に」

 旦那様は私の体で顔を覆って項垂れた。
 諦めてくれたようだ。

 入浴後、私はサロンへ戻った。

「サーシャ宛に手紙が届いている」
「実家からですね」

 封蝋を確認して、一応開けて、中身を見た。
 全部読んで、私は怒りの形相で手紙を暖炉に投げ入れた。

「燃え尽きろ」

「さ、サーシャ、手紙の内容は何だったんだ?」

 私の表情を見て、思わず立ち入って来る心配性の旦那様。

「どうせ博打でもして負けて、金が必要になったのでしょう、タカリですよ、忌々しい」
「金や返事を送らなくていいのか?」
「あんなのもはや親とも思ってないので、実家からこのような金の要求が有れば、似た手紙を見つけても一切、応じずに破り捨てるか燃やして下さい」

「そ、そうか、君がそれで良いのなら」

「あ、豚の煮込みも届いているぞ」
「温めなおしてって言うのを忘れていた」
「厨房の料理人に任せよう」

 言われるとおりに厨房で温めて貰った。

「良ければ旦那様もどうぞ、急な出陣で食べて無いですよね、黒酢で煮込んでいます」
「あ、ありがとう……」

 旦那様は角煮を乗せたお皿をマジマジと見てから、手に取った。
 スプーンで角煮の塊の端っこをスルリと割って、口に運んだ。

「……柔らかく、とろけるように、肉が解れていく……。
なんだ、この料理は、味付けも濃厚で、美味い」
「豚の角煮という料理です」
「カクニ……」

 目を輝かせて角煮を堪能する自分の顔を客観視した。
 我ながら、わりと可愛いと思う。

 白に近いグレーの髪は、陽を受けると、神秘的な銀髪にも見える。
 白髪みたいだの、老婆みたいだの、実家では家族に罵られていたけれど。

「君は、この呪いを、ものともしないような強さがあるな。こんな女性は初めてなので、正直困惑している」

「はい、なので、入浴はして下さい。清潔は大事です。
戻った時に自分の体が臭かったら、私は泣きますよ」

「わ、分かった。メイドの手を借り、目を閉じて、なるべく見ないようにする」

 テオドール様はあくまで紳士的な旦那様だった。
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