上 下
1 / 4

しおりを挟む
 アルバ国は、木々があまり育たない土地だ。
 ハイランド高地地帯を中心に広がる土地には、木々はおろか作物も育たず、主に畜産物で生計を成り立たせている。

 人々は素朴だが逞しく、そして独立独歩の精神に満ち溢れている。

 そんな自分の国を、ソフィアは愛していた。

 ソフィアは、栗色の髪を靡かせながら、薄茶色の瞳をつぶった。

 侵略国家ブリタニア国との戦争が激化する中、ついに城の門を閉ざした。この罪は、王家の人間として必ず贖わなければならない。

 そしてそのために、ソフィアにできることはいったいなんなのだろうか。

「姫さま」

乳母の声が後ろから響いた。

「国王陛下が、お呼びでございます」

 おそらくは、敗戦処理についての報告だろうとあたりをつけたソフィアの考えは、当たらずとも遠からずだった。

「国王陛下」

 部屋に入ったソフィアは、最敬礼とともに深く膝を折り、臣下の礼を取る。
 頷いた国王は、ソフィアに席をすすめた。

「アルバ国は負けた」
 お茶を飲むソフィアに、国王は簡単に告げた。

「はい」
「城にはブリタニア国の使者が数刻後入城する予定だ。使者をもてなすため、宴を開く」
 そう言って、
「お前も参加し、ブリタニア国の使者をよく歓待するように」
「……お父さま!?」

 それは、侵略国家ブリタニア国の者どもにソフィア自身を捧げよという、国王の間接的な命令だった。

「まさか、嫌でございます!」
 思わずソフィアは国王の天の声にも等しい言葉に反抗する。

「お前は誰よりも美しい。必ずや、ブリタニアの者どももお前に夢中になるはずだ」

 父国王の眼差しには、苦悩があった。その様子に、ソフィアは自分のわがままを思い知る。

 ソフィアの肩にはソフィア自身や父だけでなく、百万もの民の命がかかっているのだ。まして、すでに数百もの命を見捨てて、城の門を閉ざしてしまったからには、生き残った者を守るのは王女の務めだった。

 姫とは、誰かに身を捧げるために崇められる存在だ。そのことはソフィアもよくわきまえていた。
 
 ああ、けれど。一夜の相手として、貶められるなんて、耐えられない!

 ソフィアはそんな本能からの叫び声を押しつぶし、そして微笑んだ。

「……詮無いことを申しました。私であれば、きっとご満足いただけるかと存じます。微力ながら、全力を尽くしますわ」


 まだ齢十六の、姫の健気な言葉に、父国王は涙を流した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ブリタニア国より命じられ、進軍を続けてアルバ国城壁内についに辿り着いた一行は、有名な城内の豪華な飾り付けに、見惚れるように眺め回した。
石造りの城のあちこちには、ビロードの赤い布やタペストリーが飾られ、最新式のガラスが窓という窓にはめられている。何より、一行が驚いたのは、贅沢なほどに多くのろうそくが置かれた、ガラスと金でできたシャンデリアだった。

「アルバ国が裕福というのは本当のことらしいな。だがその割には、軍隊は統率が取れておらず、お粗末だった!」

 肩にかかる砂色の髪と割れ顎を持つ、偉丈夫のアレクサンダー将軍は、一行のトップであるバートン卿の肩に手をかけた。
 バートン卿は、神経質そうな黒い瞳をチラリと彼に向ける。べっとりとした黒髪は脂ぎっていた。

「ほう?アルバ国は弱かったのですか?」
「弱いのなんのって。一人一人はそれなりに勇敢でしたが、まとまって動く事ができず、これほど侵略しやすい土地もないくらいです」

 ガハハ、と明るく笑うアレクサンダー将軍に、側に控えるアルバ人の文官が体を震わせる。

 気の毒だが、弱いということはこの時代、罪だ。

「国王陛下が参られました」

 部屋に入った別の文官の大きな声に、一行も居住まいを正す。

 サークレットを頭にまとう初老の男に、一行はざっと膝を折った。

「ブリタニア国の使者たちよ、我がアルバ国はそなたらを歓迎しよう」
「はっ、身に余るお言葉です」
 一行を代表し、バートン卿が答えた。

「夜、歓迎の意味を込めて宴を開こうと思う。参加していただけるかね?」
「国王陛下、喜んで。無骨者の集団ですが、ここにいる一行は全員爵位を持っております。名高いアルバ国でも、それほどお見苦しいところは見せずに済むでしょう」
「それはよかった。それでは私の愛する家族を紹介しよう。我が妻、エルスペス」
 美しい30歳くらいの女性が、黒髪を揺らしながら、しとやかに膝を折った。
「そして、我が娘、ソフィアだ」

 彼女が節目がちに、薄茶色の瞳を煌めかせながら、結い上げた栗色の長い髪を揺らし、膝を折った瞬間。
 バートン卿の胸に、稲妻が走ったように感じた。

 なんと、美しい。こんな女性は、ブリタニア国にも一人とていなかった。

「娘には特に、よくご一行をもてなすように言い聞かせております」
「ほう」
 呟いたのは、アレクサンダー将軍だった。
「こんな美貌はブリタニアでも見たことがない。ありがたくお受けしよう」

 そのぶしつけな言葉に。
 バートン卿は何も考えず、口を挟んだ。

「アレクサンダー将軍、姫に無礼をしてはならない。我々はならず者ではないのだ」
「は?」

 アレクサンダー将軍がぽかんと口を開いた。

 アレクサンダー将軍には、アルバ国を征服した後、領主としてこの土地を治めること、そして「初夜権」の復活を約束していた。

 初夜権とは、村娘の初夜を我が物とする権利で、それを拒否する場合は、税金を納めることを必要とする。

 豪快で女好きのアレクサンダー将軍は、だが
「たかが村娘の初夜ごときをもらうくらいなら、戦争の方がよほどたぎるというものだ」
 とぼやいてはいたが、それでもこのアルバ国に興味を持った理由の一つであることは間違いなかった。

 このように、将軍に恥をかかせるとは、思ってもいなかったに違いない。

 だがアレクサンダー将軍は、はっと気づいたように瞳を見開くと、大笑いをした。

「そうか! バートン卿は、子どものような姫君をお好みか! 卿のお望みなら、俺は引き下がるしかないな。女は他でも調達できるが、男同士の信頼関係は金では買えん」

 ほっと息をついた。アレクサンダー将軍は裏表ない人柄だ。おそらくは本心に違いなかった。

「使者どの……」
「エドワード・オブ・バートンと申します。美しい姫、どうか、私とともにブリタニア国へ参られませ。妻として、バートン公爵領に迎え入れたい」

 それはまさしく、正しい意味での政略結婚だった。

 アレクサンダー将軍がこの地を治め、そしてブリタニア王家の血をひくバートン卿がアルバ国王女を迎え入れる。これほど平和のために正しい道は、他にあるまい。

「バートン卿、ありがたいお申し出、アルバ国王が確かに承った。姫を、あなたの婚約者として、確かに後日、お渡しいたしましょう」

 女に好まれない容姿であることを、バートン卿は嫌というほど自覚していた。
 だが、これほどまでに美しい姫を手に入れることとなるとは。

 内心で幸せを噛み締めていたバートン卿を、アレクサンダー将軍は興味深そうに見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

元上司に捕獲されました!

世羅
恋愛
気づいたら捕獲されてました。

気がついたらメイドになってたんだけど、一体どういう事ですか!?(次男編)

あみにあ
恋愛
講師として大学へ呼ばれ家を出たある日、気が付けば私は薄暗い部屋の中に佇んでいた。 そこは私の知る世界とは全く異なり、物語に出てくるような中世ヨーロッパ風の景色。 そんな私はなぜかメイド服を着せられていて、言われるままにメイドの仕事をさせられた。 何が何だかわからぬまま疲れ切って部屋へ帰ると、鏡に映し出されたのは、可愛らしい顔立ちをした可憐な女性。 ブラウンの髪に、琥珀色の瞳、本来の私の姿とは全く異なる別人になっていた。 元へ戻る方法もわからない現状、私はメイドとして働き始める。 そんな生活の中、元居た世界の知識を利用し仕事を全うしていると、気が付けば優秀なメイドと噂されるようになっていった。 そうして評判を聞きつけた、御屋形様に呼び出されると、御子息様のメイドを頼まれてしまった。 断ることもできず、引き受けると、女遊びが激しい次男のメイドになってしまう。 そんな彼女と次男との恋愛物語です。 ※『気がついたらメイドになってたんだけど、一体どういう事ですか!?長男編』の続編となります。 ※物語の冒頭にあらすじを記載しておりますので、初見の方でも安心してお読み頂けます。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

閉じ込められて囲われて

なかな悠桃
恋愛
新藤菜乃は会社のエレベーターの故障で閉じ込められてしまう。しかも、同期で大嫌いな橋本翔真と一緒に・・・。

あの……殿下。私って、確か女避けのための婚約者でしたよね?

待鳥園子
恋愛
幼馴染みで従兄弟の王太子から、女避けのための婚約者になって欲しいと頼まれていた令嬢。いよいよ自分の婚期を逃してしまうと焦り、そろそろ婚約解消したいと申し込む。 女避け要員だったはずなのにつれない王太子をずっと一途に好きな伯爵令嬢と、色々と我慢しすぎて良くわからなくなっている王太子のもだもだした恋愛事情。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

処理中です...