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掃討大作戦2
しおりを挟むそんなこんなで夕方には五つの瘴気を消した私たちでしたが……。
「本当にこれでいいのかしら?」
大きな疑問が残ります。
もうもうと煙を上げて、焼きあがっていくお肉。
たっぷりのスープに、温めなおしてふかふかになったパン。向こうに用意されているのは、この後おやつになるマシュマロとビスケット。
「普通野営と言ったら、あまり煮炊きはしないものじゃないの?」
通常、軍であれ、商人であれ、旅人であれ、どこに敵が潜んでいるかわからない状況では、場所がわかるような真似はしない。煙も匂いも光も極力出さないのが基本だろう。
これでは野営というより、夏休みのキャンプだ。
「大丈夫ですよ。人なら返り討ちにするだけですし、魔物は本来野生動物みたいなものですからね。スタンピードみたいに狂っている状況ならともかく、明らかに自分より優位な生き物に、そうそう手は出してきません」
というからには、この人たちには野生動物に自分たちの優位性をわからせる何かがあるのかしら?
「それにしても、ローゼマリー様がバウホーを丸焦げにしなくて正解でしたね!」
「イノシシ系は上手に捕らえて、美味しくいただくのが基本ですわよね」
「野戦の醍醐味は、終わった後のバーベキューですしね」
「………そうなの?……」
どうやら魔導科の実習はそういうものらしい。私が参加した実習は、予定外にスタンピードがあり、終わったら解散だったけれど、本来は野営ついでに親睦を兼ねたバーベキューが予定されていたのだとか。しかも狩った魔獣をメインディッシュに。
「スライムを餌に、食べられそうな魔物や野生動物を狩るんですよ」
魔物がいない時の為に、一応別に肉も用意されてはいるそうだけれど。
帝国魔導士、規格外すぎる。
「ほら、騒いでいないでもっと食べなさい。というか、いい加減、本当の野営を教えなければならないな…」
あの後ローゼマリーの言葉通り、無事に生還した伯父様は、上官というのに先ほどからせっせと肉焼き係をしている。さすがにと思い手伝おうとしたところ、火の加減が素人ではわからないから下がっていなさいと叱られてしまった。どうやら今回のみならず、いつものことらしい。
鍋奉行ならぬ、バーベキューになったら焼き場を離れない焼き場の司令塔。
「ローゼマリー!勝手に肉を取るな!それはもう少し炙らねばならん」
「ラウラ!その玉ねぎはまだ辛い!そっちの端にやったやつから食べろ!」
こういう人一人いると、便利だけど面倒くさそうね。
そんな伯父様が生還した時、私は謝った。ひたすら謝った。過失とはいえ、人一人の命を奪いそうになったのだ。それは、謝る。けれどそんな私に、伯父様はホクホクと嬉しそうに笑って言った。
「昔エーディットにやられたことを、娘のシルヴィにやられるなんて。昔を思い出して懐かしかったなぁ」
「………」
頬を染めて話す伯父様は、本当に幸せそうだった。
ラウラさんは伯父様の事を『身内女性限定の同担拒否の強火担』というけれど、ここまで来ると、ただの変質者ではないかしら?勿論、そんな事は口にできないけれど。
「ほら、シルヴィも熱い内にお食べ。バウホーは冷めると独特の臭みが出るからね」
「ありがとうございます。伯父様」
渡された串を素直に受け取り、ハフハフさせながら食べる。
伯父様のおっしゃるとおり、バウホーは冷めると何故か排泄物系の匂いが……いえいえ、熱い内が美味しいのです。
「お父様、そろそろマシュマロ焼いて下さい」
「駄目だ!お前はまだピーマン串を食べていない」
「えー」
「お母様から『野菜を定量食べるまでは、おやつを食べさせないでくださいね』と言われている。私はアンネリーゼには逆らえん。ほら、これが焼けている。しっかり食べなさい」
「えー」
両方の手にピーマンと玉ねぎの串を持たせられ、渋々戻るローゼマリーを、自分のお皿にお肉を山盛りにしたラウラさんが上機嫌に迎える。
そんな二人の様子を微笑ましく見ながらも、私は真剣な表情で焼き加減を見ている伯父様に声をかけた。
「伯父様こそ召し上がらなくていいのですか?」
「ああ、焼きながら結構食べているし、どちらかというとこっちの方がお楽しみだしな」
そう言って彼がトングで指したのは、スモーク用の鍋。明日の朝食用にいろいろとスモークさせているという。
「隅でチーズを燻製にしているからな。皆寝た後一人で酒と一緒に楽しむんだ」
「そうですか」
飲むのね、お酒。一応仕事中なのだけど。
うーん、上司から言ってキャンプを楽しんでいるようね。
それはそれとして。
「伯父様、本当にこれでいいのでしょうか?」
先ほどからループしている疑問を、伯父様に投げかける。
「いいとは?」
「瘴気の事です。確かに私の魔導でも消す事はできたみたいですが、ベルフォレの重臣たちが言っていたとおり、根本的に問題解決していないような気がするのですが」
綺麗に消えてはいるけれど、病でいうなら根治しているかどうかがわからない。
以前ローゼマリーが「火でもできるかもしれないが、少しでも残っていると復活する気がする」と言っていたが、水でも同じではないだろうか?
「火より水のほうが『穢れ』には効果的だし、今回の魔導式も理論的には大丈夫だと思うが」
魔導の塔の中でも『瘴気の消滅』を研究しているマニアたち。その彼らたちと、今までのものよりより強く効果的な術式を編み出したまではいいが、それを使える者がいなかった。
結構あるあるな話よね。
辛うじて私が何とかなりそうということで今回選ばれたものの、正直、大きく固まっている内は視認ができるし気配も濃厚なのだが、散らしてしまえば消えたのか、ただ散らばっただけなのか判断できない。
「聖女の力は魔導系ではないと聞いておりますし、不安は残ります」
「あー、まあ聖女の力は、確かに魔導系ではないわな」
「聖女が瘴気に近づけなかった、というなら今からでも私たちが後方支援に回り、聖女に任せたほうがいいのではないですか?」
「皇帝も最初はそう考えたが、まあそのくらいベルフォレもできるだろうと考えていらした」
だから今回の依頼がベルフォレから上がった当初、帝国は断ろうとしていた。
しかし、皇帝の決定に難色をしめしたのは、このヨアヒム伯父様だった。理由はいろいろあるらしいが、ベルフォレの国や国民の為などではない事は確かだ。
確かに魔導科の実習の時なんて、普段魔物があまり出ない場所にすら瘴気が発生し、スタンピードが起きたのだ。たまたま魔導エリートの卵たちが遭遇したからあの場はなんとかなったが、あれが普通の村で起これば魔力を持つ国民が多い帝国とはいえ、何の犠牲もなく終わらせることは難しいだろう。
伯父様の進言を受け、皇帝は「動かす人数は少なめに」とだけ条件を付け、ベルフォレの援助要請を承諾した。
その伯父様が派遣の為に選んだのは、私とローゼマリー、そしてラウラさんの新米トリオだった。
因みに私は本来就職ではなく、兄様の妻として専業主婦になるはずだったのが、またしてもお義母様であり伯母様でもある現ゼーゲンフィルド公爵夫人のお許しがあり、就職組となりました。
「シルヴィは公爵夫人としてのお勉強なんて、する事ないもの。ヴィルが跡を継ぐまでは自由にしてくれていいのよ?むしろ、今のうちにもっと好きな事をしなさい」
本当に伯母様には頭が上がらない。
伯母様のお許しを得て、きちんと就職試験も面接も受けて、今の職につけたのだけど。
しょっぱなから、大仕事を任されるとは思っていなかったわ。
出かける前、最後まで反対したお兄様に、伯父様はおっしゃった。
「これ以上無駄に引き延ばすと、シルヴィの妊娠出産時に関わってくるだろうが。お前は安全な環境で子供を育てたいと思わないのか」
妊娠もしていなければ、当然出産の予定もないのですが……。何故伯父様はあんなことを言ったのか、そして何故兄様は渋々とそれを承諾したのか。
「…荷が重いのはわかるが頑張って欲しい。シルヴィを選んだのは、君が必要だからだ。というか、ローゼマリーもラウラも、私ですら君の為だけに選ばれたメンバーだ」
魔導塔の主ともいえる伯父様ですら?
「君は先ほど、瘴気は消えたが一過性の物になるのではないか、と心配していたけれど、これに対しては『大丈夫』としか言えん。『何故?』とか『何で?』という質問には答えられない。答えられるだけの材料や根拠がないからな」
「それでも『大丈夫』なんですね?」
「ああ」
おかしな話だと思う。
大丈夫と言ってしまえる根拠がなければ、大丈夫ではないという根拠もないのだから。
「君の事を考えれば、表沙汰にできない事も多い。君の安全の為にもね。でも信じて欲しい。私たちは、君の幸せの事を常に考えている。だから私の言葉も信じて欲しい。本当に『大丈夫』だから」
「伯父様」
愛情深い瞳に見つめられ、頷く。
理由はわからないけれど、彼らが私を愛してくれ、私の幸せを一番に考えてくれるのはわかっている。
その彼らが『大丈夫だ』と言ってくれるなら、信用するより他ない。
私の顔を見て伯父様は安心したように微笑み、髪を撫ぜてくれる。
「明後日までくらいには終わらせるから、今日はたくさん食べてしっかり眠りなさい。それも仕事の内だからね?」
「はい」
「お姉さまーっ」
もう一度しっかり頷いた私に声がかかる。向こう側で食事をしていたローゼマリーだ。
「マシュマロが焼けたので、召し上がりませんー」
どうやら父親に断られた彼女は、自分の魔導で火を出し、マシュマロを焼いていたらしい。
「ローゼマリー!勝手に焼くな!この場は最初から最後まで父のものだ!このバーベキューは父が火を熾し、父が焼き、父が指揮する父のステージだ!」
娘の手元にある火に、それまで優しい顔を見せていた伯父様が吠える。冗談ではなく、本気の咆哮だ。
というか、やっぱり野営ではなくバーベキューだったのね。
だが魔導の主の本気をぶつけられても、娘にしたら怖くもなんともない。
焼けたマシュマロをビスケットの上に載せつつ、彼女は唇を尖らせた。
「お父様、チョコがありません」
「昼間お前たちにやっただろう!」
「え?あれだったの?」
「スモアにチョコなしなんてありえなーい」
泣きそうな声を上げたラウラさんに、伯父様が怒声を上げる。
「ありえないのは、勝手にマシュマロを焼いたお前たちだー!」
野営がバーベキューになった段階で、すでにありえないと思うのだけど、そこは誰も何も言わないのね……。
「『浄化』」
言葉と共に、水色の光が辺りを照らす。
その光に僅かに抵抗をしめして蠢いていた瘴気も、ゆっくりと消えていく。
水色の光は、魔力を纏った細かい水が霧のように集まったもの。それは瘴気が消えた後、太陽の光を受けて、小さな虹を見せる。
「綺麗ですねー」
後ろで魔物を倒し終えたラウラさんが、額の汗を拭いうっとりとした声を上げる。
「魔導は本人の本質を映しますからね。お姉さまはお姿もお心も素晴らしいのですわ」
同じように最後の敵を倒したらしいローゼマリーが、金の髪をかき上げる。日の光を受けて優しく微笑む彼女は、相変わらず天使か妖精のように可愛らしいが、足元には、元が何かわからない炭化したものが山をなしている。
やがて霧が文字通り霧散すると、先ほどまで魔物の絶叫と咆哮に包まれていた辺りは、鳥のさえずる声と、木々の葉擦れの音が満ちる穏やかな場所へと変わっていた。
「以上で依頼は完了だ」
少し遠くで戦っていた伯父様も戻ってくる。
皆、埃にまみれてはいるが、ケガはない。
そのことにほっとしていると、伯父様に額をこつんと軽く叩かれた。
「シルヴィ、気の抜けた顔をするんじゃない。これからベルフォレの王宮で報告した後、帝国に帰還する。それまでが任務だ」
めっとされ、素直に頷く。それでも初めての任務が無事に終わったのだ。笑顔になってしまうのは、仕方ない。
伯父様はそのままローゼマリーとラウラさんの元に行き、それぞれの髪をくしゃりと撫ぜ、足元に魔法陣を出現させた。
「ほら、フード被れ。マスクも着けて、制服直せ。とっとと報告終わらせて、今夜は自分のベッドで寝るぞ」
差し伸ばされた手に促され、魔法陣に入る。と、同時に水の中から空を見上げたみたいに、視界がゆらゆらと揺らめいた。
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