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皇子達の沈黙4

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「……私たちは夢物語を語っていたんだね」

 下を向き、ポツリと呟いた殿下に、申し訳ないと思いながら私ははっきりと言う。

「理想だと思いますが、時期尚早かと。その理想を現実にする為に、先に何をなすべきかという点を、お忘れになっていたかと存じます」
「…手厳しいな」

 力ない殿下の言葉に、素直に頭を下げる。

「申しわけございません」

 殿下は私の謝罪の言葉を、手を挙げて止め、それからゆっくりと大きくため息を吐いた。

「ああ、構わないよ。確かに君の言う通りだ。僕たちは理想を語るあまり、目の前の数字すら誰も確認していなかった」
「………」

 学園という壁の中で、高く遠くにある社会という空を見上げるだけでは無理もない。

 彼らはまだ学生なのだ。

 だが、それが慰めにならないのも知っている。何故なら、私自身が彼らと同世代なのだから。

 ベルフォレにいた時によく王子に「君の話には夢がない」「そういう話は楽しくない」と言われたが、本当にそうだなと思う。私は直接すぎるのだ。もう少し経験を積めば、こういう話も相手を落胆させずに話せるようになるだろうか。

 少し落ち込みながら、手元の冷めてしまったお茶を見ていると、テーブルに置いた手に隣から手が重なった。

 見上げると、ひどく優しい顔をした兄様がいる。

 彼は私に軽く頷き、それからテーブルの向こうにいた殿下の方を見た。

「では、殿下。お話は以上でよろしいですか?」

 黙って机を見ていた殿下が、夢から覚めたように顔を上げる。

「え?ああ…。時間を取らせてしまって悪かった」
「いえ」
「…それにしても、驚いたよ。先ほどの視察の話ではないが、君の奥方は、他国から嫁いできたばかりで我が国の事情をよく知っているね」

 苦笑を漏らしながら話す殿下に、私は首を傾げた。

「?いずれ、公爵夫人として必要なことばかりですから」

 公爵という立場は高位の貴族。当然交友関係は広く、社交の場に出る機会も多い。いつ誰と合うかもわからないのだから、話題の引き出しは多いにこしたことはない。

「そうなのだろうが…。なんと言うか、見た目から貴女はそういう話とは縁遠いと思ってしまって」

 ?馬鹿っぽいということかしら?

 意外と失礼な人だな、と思っていると、殿下の隣にいたエッガルド様が大きく頷いた。

「そう、そうなんですよ!見た目が現実離れしているから、その口から現実を語られるとギャップがあるというか」

 見た目が現実離れ、って酷くない?おとぎ話に出てくる妖怪っぽい、とでもいいたいのかしら?一応美人の代名詞だったお母様に、よく似ているって言われているのだけど。

 やっぱりそれだと古いタイプの美人なのかもしれないわね。美人の基準って時代によって変わるっていうもの。きっと私は今の人には受けないタイプなのだわ。

 一人納得していると、さらにエッガルド様の隣にいたカミル様が、勢いに乗った形で話に加わる。

「わかります!まさか僕たちの『春の女神』以外に、政治を語る令嬢がいたとは驚きです」
「『春の女神』?」
「ええ。戯曲『女神の系譜』の中に出てくる『春の女神』。僕たちはリリの事をそう言っているんです」
「戯曲の?」

 実際の舞台は見た事はないけれど、(冥府の王役の俳優がいつもイケメンというのが)有名だから粗筋は聞いたことがある。

 ということは、彼らにとってゲイル男爵令嬢は、自身の冷たい心を溶かしてくれた春の女神ってことなのね。なるほど、正しい主人公と攻略者の間柄ね。でも……。

 ちらり、と私は兄様の方を見る。

 私の疑問に気づいた兄様が微笑み、私の肩を抱き寄せた。

「私にとってはシルヴィが『春の女神』だけどね」
「!」

 引き寄せられ、こめかみにキスをされて、さすがに顔が赤くなる。衆人の目前でなんてことを!

 しかし、私が抗議を口にするより早く、ゲイル男爵令嬢が立ち上がった。

「ヴィル!ヴィルの春の女神は私です!目を覚ましてください!」

 来ると思ったけれど、やっぱり来たわね。狂犬二号。

 彼女は無理やり兄様の腕を取り、自分の方へと引っ張るけれど、兄様は動かない。それどころか、巻き付く彼女の手を乱暴に剥がした。

「いい加減にしないか!何度も言うが名前を呼ぶな!図々しい」
「だって…」
「男爵令嬢が、殿下や彼らにとって何であれ、私には関係のない事です。春でも夏でも何とでも呼ばれるといい。ただ、私にとって春の女神と呼べるのはシルヴィだけという話です」

 それだけの事で、何故ここまで感情的になるのかわからない、と言いたげに兄様は彼女の触れた部分を見せつけるようにハンカチで拭き、その後でそのハンカチを汚いもののように床にポイっと捨てた。

「…兄様ハンカチ」
「大丈夫。シルヴィの作ってくれたのは別にあるから。あれは捨ててもいいやつ」

 兄様が違うポケットから、刺繍の入ったハンカチを出す。

 ああ、凝りまくったその刺繍は、あの暇な時に作ったやつ…ではなく。

「そういう問題では……」

 勿体ないとかいう視点はないのだろうか。後、いくら怒っていても女の子に対し、その態度はいかがなものかと思うのだけど。

 当然、他の人からも抗議の声が上がる。口の中でもごもご、小さく呟くだけだから、抗議なのか独り言なのかわからないくらいだけど。

 好きな女の前でくらい、貴族の事なかれ主義なんて捨てればいいのに。

 まあ彼女を見る兄様の目を見れば、彼らがびびるのもわからないではない。

 椅子に腰を掛けたまま、下から氷の視線で睨めあげ、兄様は不快を隠しもせず顔を顰める。

「大体、この取り巻きたちの間だけならともかく、世間一般では偽物のくせに、自分からよく春の女神だなんていえたものだ。恥ずかしい」 
「偽物?」

 戯曲でしょう?そんなものに本物も、偽物もあるのかしら?

「酷い!偽物なんかじゃないですっ!」
「『春の女神』というのは、元々若い頃のエーディット様のあだ名だ」

 兄様の言葉に、そういえば、そんな話を聞いた事があると思い出す。

 お母様自身「昔の話よ」と言って笑い飛ばしていたから、戯曲の主人公とは結び付けて考えた事がなかったけれど。因みに母のお姉さまであるエリーザベト伯母様は、『夏の女神』と呼ばれていたとか。

「戯曲『女神の系譜』は、うちに里帰りに来ていたエーディット様とシルヴィの姿を見た男が、二人の姿にインスピレーションを受けて作ったものだ」

 私を連れてのお母様の里帰りは、当時社交界で話題になっていたらしい。

 同時にエイシェンフォルトの邸には、嫁いだきり、姿が見られなくなったお母様の姿を一目見ようと、ファンを名乗る者たちの不法侵入が後を絶たなかったと。

 そんな中、厳しい警備の目をかいくぐり、庭への侵入を果たしたのが原作者なのだそう。

「当然、後からヨアヒム様によって制裁されたが…。私にとってシルヴィは、凍っていた心を溶かしてくれた相手であるが、実際シルヴィは物語的にも本物の『春の女神』なんだよ」

 幾分熱く語られるが、話を聞いても「へー、そうなのねー」くらいにしか思わない。

 まあ、原作ファンには二次創作に対し譲れない何かがあるように、兄様にも何かがあるのかもしれない。こう、オリジナル以外許さない!という拘りっていうか、信念みたいなもの。

 そして、そういう人の主張に、一般人はどうしていいのかわからず黙り込むしかないのよね。今も殿下たちは途方に暮れた目をして下を向いているもの。

 彼らの様子に、そろそろ退席をと、私は兄様の袖を引く。

「ああ。もう帰ろうか。付き合ってくれてありがとう、シルヴィ」

 『ちゅっ』と音を立てて額にキスをされ、兄様に肩を抱かれたまま席を立つ。

「少し待たせるけど、今日は一緒に帰ろうか?たまには外食もいいし。前に言っていたラーンスの店に予約入れるよ。お洒落したシルヴィを見せびらかしたいからね」

 いつも綺麗だけど、着飾った今日のシルヴィは本当に綺麗だ。

 うっとりとため息交じりに呟いた兄様の唇が、頭頂部に落ちる。ついでに頬ずりまでしているようだ。

 相変わらず大げさだなと思いつつ、とりあえずこの場を退席できることにほっとする。

 それも一瞬。

「では、殿下資料を一度お預かりします。話の内容等々は、後日書面にして、ランドルフ殿下経由で父に提出しますので」

 私に対する態度とは全く違う冷たい表情で、殿下に告げる兄様に背筋が凍る。大丈夫なの?不敬とか言われない?

 表面上は何事もなく、内心ビクビクする私を後目に、兄様はテーブルの上にあった資料を集める。そうして、おざなりに退席の挨拶をすると、止める男爵令嬢を振り切って、私を連れて温室を後にした。

 こうして、私の本日のお仕事は終了したのである。



 それにしても、エイシェンフォルト家に侵入して、何故フランツ伯父様ではなく、ヨアヒム伯父様が制裁しているのかしら?

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