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思いがけない出会い
しおりを挟む天気快晴。気持ち一新。真新しい制服を纏って、本日より学園に入学します。
くれぐれも、くれぐれも気をつけて。朝からそればかりを言いながら付いて歩く兄様と別れ、一緒に馬車に乗るのは、新しく妹になったローゼマリー。
ちょっと癖のある蜂蜜みたいな色の髪と、同じ色のたれ目勝ちの大きな瞳。華奢で小柄な姿態。アンネリーゼ様似のお人形さんみたいに整った顔。
甘えた可愛らしい声。見るたびに「女の子は砂糖菓子でできている」という言葉を思い出してしまう。
もっとも彼女の甘えた声は、人を選ぶのだけど。
「お姉様とこうして、二人きりで学園に通う日が来るなんて、夢のようですわ」
笑顔満開。ふわふわの髪を揺らし、嬉しそうに微笑む笑顔の可愛さに、ついこちらの頬も緩んでしまう。
「私も本当に嬉しいわ」
小さな頃はよく一緒に遊んだ。あの頃から彼女は私を「お姉様」と呼んで、懐いていてくれた。ベルフォレに戻った後も、母の魔導通信機を時々借りて、彼女とは連絡を取り合っていたくらい。
「でも、お姉様が本当のお姉様になって下さるって話を伺った時、てっきり我が家で一緒に暮らせると思っていましたのに」
「その折は、ご迷惑かけてしまって、ごめんなさい」
いくら仲が良くても、親戚でしかない人間がいきなり家族になったのだ。戸惑うだろうし、拒否感もあっただろう。
素直に頭を下げると、ローゼマリーは慌てたように、自分の胸の前で手を横に振った。
「やだ、お姉様やめてください。本当に、お姉様がうちの子になるって聞いて、嬉しかったんですから。ただ…結婚の話は聞いていなかったから…」
薔薇色をした小さな唇が、「あの男…」と低くつぶやく。
「あいつ、私が自慢しに行った時、絶対馬鹿にしていましたよね。有頂天になってやがる、バーカとか、思っていたに違いないわ」
先ほどまでの甘い声が嘘みたいな、顔に似合わぬ低い怨嗟の声。せっかくの可愛い顔も、鼻に皺を寄せていたら台無しよ?
帝国に四つしか存在しない、公爵家。その一つに生まれ、一人っ子として大切に育てられた彼女は、少し我儘だが、それすら愛らしいと思わせる女の子だ。
ただ、箱入り故に少々人見知りが激しい…というか、好き嫌いがはっきりしていて、それを隠そうともしないところがある。
「あいつ、絶対、幸福の絶頂で叩き落してやる」
「ロ、ローゼマリー」
く、黒い。黒い気配が彼女の背後に渦を巻いているわ。貴女何と契約しているの?
兄様とローゼマリー。この二人血は繋がってないのに、どこか似たような印象を受ける時があるのよね。
放っておくと、馬車の中が真っ黒になりそうなので、慌てて違う話題を探す。すると、そのタイミングで、馬車がピタリと止まった。
「あ、着いたみたいですね」
「王立でも皇立でも、朝のこの風景は変わらないのね」
止まってもすぐに降りられるわけではないのが、登校時間の校門前馬車ラッシュ。さすが貴族が多い学園だけに、馬車通学の多さが半端ない。
こちらの門を使うのは、魔導科の生徒だけとはいえ、これでは、校門の前に横付けてから乗降なんて、いつになるのやら。
「転移魔法が使えれば楽なのですけど、校則で禁じられていますから」
四方から聞こえる喧騒に、ローゼマリーが肩を竦める。
「あら?何故?」
他の科はともかく、魔導科の生徒なら許可が出そうだけど?
「習うとすぐ使いたがる馬鹿が、毎年一定数いるんですよ。無事成功すればいいけれど、失敗すると、異空間のどこかに閉じ込められてしまいますから面倒なんですよね」
なるほど。まさに好奇心は猫をも殺す、状態なのね。
確かに異空間は無数にある分、一度行方不明になると教師たちも探しだすのに苦労しそうだわ。
「卒業したら自己責任ですけど、学生の間に事故が起きると学園の責任にもなりますからね」
「……そうなのね」
学園側の対応も間違ってない。
そうこうしている内に、降りる順番がやってきたので、二人で降りる。途端に周囲の視線がこちらへと向いた。
さすが、ローゼマリー。ただでさえ愛らしくも華やかな容姿なのに、それが魔導使いを目指す彼らの頂点、ヴァイスヴァルト家の令嬢となれば、皆の目が集まるのも不思議ではない。
「おはようございます、ローゼマリー様」
「ごきげんよう、ローゼマリー様」
「いいお天気ですわね」
一言で言うなら、すごーい。何でしょう?この状態は。
歩みを進めるごとに、引っ切り無しに飛んでくる声、声、声。なのに、私たちの前に立って、足を止めさせるということもない。声の中を泳いでいる感じ。
そんな彼女の後ろにひっつき歩いていると、思いがけず自分の名前が耳に入る。
「え?シルヴェーヌ・リューシュエ?え?何でこんなところにいるの?」
それは、誰も気が付いていないような小さな呟きだった。
私が気づいたのは、それが自分の名前だったから意識に引っかかった、というだけ。けれどその声は確かに、フルネームではないものの、私の名前を口にしたのだ。しかも帝国に来る以前の名前を。
咄嗟に声が聞こえた方を見るけれど、人が多すぎて、誰の発言かわからない。
「ねえ、ローゼマリー」
不思議というか、少し不安に思ってローゼマリーに声をかけると、彼女は僅かにこちらを振り返り、小さく頷いた。
「わかっております。お任せ下さい」
その目がキラリと光る。
え?何を?何か怖いんだけど…。
「ラウラ・ファルク。魔導科6年C組。土属性。実家は王都にあるファルク商会。平民。四人兄弟の上から二人目で長女。公営の学校卒業後、学園に13歳で入学。成績は優良。趣味は読書。婚約者はいない」
滔々と澱みなく読み上げられるラウラさんの経歴。というわけで、私の目の前にはそのラウラさんが、びくびくしながら顔色悪く座っている。
本日は入学式と新学期の説明だけで解散だったので、昼前には学園を出るはずだったのだが…。私たちが今いるのは、学園内の空き教室。
信じられないことにローゼマリーは、あれだけの人混みの中、小さく一言漏らしただけの相手を、この短時間に見つけだし拘束したのだ。
「ファルク商会は帝国内では、そこそこの大きさですが、ベルフォレ王国まで手を広げてはおりません。また、エイシェンフォルト、ヴァイスヴァルト両家とも取引はございません。海外渡航の経歴は5歳の時のみ。行先はレンドール。よって、今までお姉さまとの直接の接触はないものと考えられます」
「でも、私の顔と名前を知っていたのよね。しかも今の名前ではなくて、リューシュエの名前を」
「はい。ですので、このまま連行しようと思います」
確かに、長い間王太子の婚約者ではあったけれど、王族というわけではないので、私の名前はともかく、絵姿などは出回っていない。
ベルフォレの上流貴族ならば、交流もあったから顔と名前を一致させることはできるけれど、帝国の一般人がそれをできるだろうか。
そう考えると、連行という言葉を使ったローゼマリーの判断は正しいのだろう。
「ご安心下さい。事がお姉様の身辺のお話になりますから、帝都や皇宮の警備隊などには引き渡さず、私共で処理いたします」
というと行先は、表向きは魔導の一族なれど、裏側は暗部と噂のヴァイスヴァルト家。
「事と次第によっては、ヴィルお兄様にも渡しませんわ」
貴族の令嬢らしく、慎ましやかに微笑んでいるけれどローゼマリーの目は笑っていない。その事を察し、ラウラさんの顔色が真っ白になる。
「違います!私はシルヴェーヌに敵意とかあるわけじゃなくて!時系列的にベルフォレ編はまだ終わっていないはずなのに、なんで悪役令嬢がこんなところにいるのかと思って……っ!」
このままでは命にかかわると思ったのか、慌てた彼女が口を開く。けれど、このまま一気に話を聞けるかと思いきや、突然彼女は自分の喉を掻きむしりだした。
「誰がお姉さまの御名を、口にしていいと許しましたか?しかも呼び捨て?先に死にます?言っておきますが、私たちは情報を貴女から引き出すのに、わざわざ生かしておく必要はありませんからね?むしろ死人に嘘はつけないから、その方が好都合な場合もあるくらいです」
ただでさえ、悪いラウラさんの顔色がさらに悪くなっていく。どうやらローゼマリーが魔導の力で彼女の首を絞めているようだ。
「ローゼマリー!止めて!」
急いで止めに入ると、すぐにローゼマリーが魔導を解除し、同時にラウラさんが膝から崩れ落ちる。
「大丈夫?貴方!…えっと…ラウラさん?」
慌てて駆け寄り、ひどくせき込む彼女の背を撫ぜる。どうやらかなりな力で締め上げたようで、彼女の首には指ではないけれど、締め上げた後がくっきりと残っている。まったく、たかが呼び捨てにしたくらいで、命を取りにいくとは。
「ローゼマリー。私のことで怒ってくれるのは嬉しいけれど、女の子が暴力に訴えてはいけないわ」
その場に立ったままのローゼマリーを見上げて、注意するも、彼女は唇を尖らせて不満を表す。そんな顔も可愛らしいけれど、まったく悪いことをしたと思っていないわね。
「とにかく、ラウラさんも話を始めようとしてくれていたのだから、つまらない事でいちいち暴力をふるってはいけません。いいわね?」
片方に言い聞かせ、片方を介抱し、忙しいわ。というか、ここから先もこんな状態なら、今日は一体いつ家に戻れるのかしら?
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