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19(アザリア視点)
しおりを挟む人生はどう転ぶのかわからない。
貧乏男爵の家に生まれ、それなりに可愛がられて生活してきた。貴族とはいえ男爵なんて底辺だし、母は平民。教育もそんなに受けていない。そんな私が学園に入った途端知り合ったのは、この国の王子様だった。
野良猫が木に登って下りられなくなったのを助けている時、木の下で協力してくれたのが馴れ初め。貴族らしからぬ少女、そう言って彼は笑い、それから幾度となく会話を重ねる内に、彼の側近たちとも仲良くなり、大切に扱われるようになった。
彼の婚約破棄や何やといろいろとあったが、卒業後も王都に留まれるように家を買ってくれ、仲良くしていた。
彼の側近で近衛騎士アダム、魔導士のショーン、商家のケント、宰相家のエドワード。皆結婚もせず、一途に私を想ってくれたし、今後もそんな関係が続くと思っていた。
そんな中、エドが結婚した。卒業から九年。今更?とは思ったが、彼は侯爵家の嫡男だ。そう言う事もあるだろう。それにそうだとしても、奥さんは政略結婚なのだし、彼の気持ちは私にある。
見も知らない彼の奥さんに「ご愁傷様」と内心舌を出し、勝手に優越感に浸っていた。
それからも変わらない毎日を送るのだと思っていた。週に一、二回皆で騒いだり、各個人に個別で会ったり。しかし、気づけばその中にエドの姿がない。最初の内は、奥さんに遠慮しているのかな?と無理もないと容認していた。しかし、一月経ち、二月経つ頃何かおかしいと感じだした。
他の人に聞いても「仕事が忙しいんじゃないか?」としか返って来ないし、実際本人に連絡を取っても「忙しいから」としか返事がない。
そうして三か月が過ぎた頃「これは奥さんが止めているのでは?」と考えるようになった。
彼の奥さんは上位貴族らしいし、きっと身分を嵩に来てエドを拘束しているのでは?と。エドの心は自由だ。例え政略結婚という形で立場的には縛られようと、そうでなくてはいけない。そう考えた私は、近く王宮主催のパーティーがあるのを知り、そこで彼の奥さんに身の程を知ってもらおうと思った。
そういう席でエドがエスコートするのは私だし、それをエドも望んでいる。あくまで貴女はお飾りの妻なのよ!と、奥さん本人にもパーティーに来る他の人にも、立場を理解してもらわなければと思ったのだ。
だから王子にお願いして、次の集会には必ずエドを連れてきて欲しいとお願いした。王子は承諾し、エドは久しぶりに顔を出したのだが…。
何か違う。
これまでなら、来てすぐに近くにいてくれるのに、少し離れた位置から私たちを見るだけ。話題にも乗ってこない。表情も元々あまりないけど、それでもいつもなら笑顔とかも時折見せてくれるのに、今回は固い…というか明らかにつまらないという感じだ。
奥さんが出来たというのは、そう言う事なのだろうか。と、皆に合わせて笑いながらも、ふと考える。
妻帯したという事は、当然夜の関係も持ったのだろう。それで変わったのだろうか?
自分と言う存在がいたからか、彼は今まで特定の恋人はいなかったし、どうしても処理したい時はそういう相手を買っていたと聞く。そんな彼にとって、奥さんというのは隠すことなく関係が持てる初めての相手だ。そんな相手に特別な感情を持っても不思議ではない。
私は内心焦りつつ、彼の様子を伺っていた。
やはり、彼とだけ肉体関係がなかったのがいけなかったのか。
別に嫌いでそういう事にならなかったわけではない。むしろ私の方は望んでいた。美形揃いの王子の側近だけど、エドの美貌は彼等を凌駕していた。
その上、将来は宰相も望める侯爵家の嫡男だ。そんな人と関係を結びたくないなんて思うわけがない。最終的に王子の伴侶が無理なら彼の伴侶になって、ずっと皆とこの関係を続けていきたいとも思っていたのだ。他の人と結んで、彼と結ばなかったのは、単純にタイミングの問題だけだった。
まずいわ。
何とか彼の興味を引き戻さなければならない。
そう考えた私は、今日の目的である王室主催のパーティーを話題にした。
こういう格の高い催し物には、いつもエドにエスコートを頼んでいた。高位貴族で美形の彼の隣にいると、いつも私を下に見ているような他の令嬢たちの羨望や妬みの視線なんかを浴びて気持ちいいし、何よりドレスやアクセサリーも質のいいものを買ってもらえる。
いくら奥さんといえど、この立場を譲るつもりなんてサラサラなかった。
なのに。
エスコートの話をしてすぐ、彼は断って来た。いつもなら二つ返事で引き受けてくれるのに、今回はすぐさま断った。
どうしてか聞くと「妻帯したから」と当たり前みたいな顔で言う。更にお願いしても、不思議そうな顔をしていたから、実際彼にとってそれは、あり得ないお願いだったのだろう。
妻を娶るというのは、こういう事なのか。
私は少なからず動揺した。
そんな私に同情してくれた他の仲間が、彼にいろいろ言ってくれたが、彼は聞く耳を持たず、最終的に投げ出すように帰ってしまった。
彼が帰った後、仲間たちはひとしきり悪態を付き、それから私を慰めてくれた。エスコートの件も結局アダムが引き受けてくれることになったが、表面的には喜びつつ、私は内心不満だった。
伯爵家のアダムでは、使える予算は限られている。あの場では誰よりも華やかで、誰よりも美しくありたいのに。その為にもエドは必要な人だったのに。
若い頃はまだいい。安いものでもそれなりに見えるから。でも今の私は…。
改めて鏡の前に立つとわかる。衰えたというほどでもないけれど、陰りの見え隠れしだす年代。
同年代の人は大抵伴侶を得て、結婚出産を果たし、妻として母として新しいステータスを手に入れて輝いている。何人かの男に共有され、ちやほやしてもらっていると言っても、私にはそれはない。浮き草のような存在だ。
かといって、この生活も捨てられない。女として満足しているか?以前ならはっきり「YES」と言えた質問に、今は答えられない。
それから暫く経ち、相変わらず自分自身や、変わったエドの姿にモヤモヤする中、彼から手紙が届いた。
ケントやショーンは筆まめというか、事あるごとに手紙を寄越すが、エドから手紙をもらうのは珍しい。
きっと先日の謝罪ね。封を切り、中を読むまで私はそう考えていた。しかし。
彼の性格を表すような几帳面で綺麗な文字は、私への決別の言葉を綴っていた。
何故?どうして?最初読んだ時は混乱していた。
私の何が悪かったのか、何が間違っていたのか。手紙には何一つそういう事は書いていなかった。奥さんの存在や、婚家からの圧力かとも思ったが、そう言う事も書いてない。ただ簡素な文で「今後一切会わないし、付き合いもしない」と書かれているだけ。それで納得できるわけがない。
私たちの十余年という付き合いは何だったのか。
私はみっともなく泣きわめき、すぐに王子たちに連絡を取った。彼等も手紙を読み、驚いてエドと連絡しようとしたのだが、どういうわけかすぐに連絡がつかない。
王子自身も知らない間に、王子の側近としての職務は本人側から辞退されていたし、職場は変わっていなかったけれど、激務を理由に本人への接触が禁じられていた。家に連絡してもいないと言われる。社交にも顔を出していない。
手紙の通り、一切の付き合いがなくなってしまった。
そんな中、アダムが護衛の仕事であるパーティーに出席した。
護衛対象は盛りを過ぎた陛下の愛妾の一人。本来ならアダムが護衛するような人ではない。でも最近、アダムの仕事は高位の人の護衛ではなく、こういった雑務のような仕事になっている気がする。
とにかく、そのパーティーでアダムは偶然、エドに会ったのだという。
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