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一章 幽世へ
六話 贅沢な真莉愛
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叔父と叔母の食事が終わると、美桜は一人、ダイニングで、残り物のおかずで夕食をとった。
この家の家族は、美桜が十分な食事をとることを嫌がる。食費がもったいないのだそうだ。だから美桜の食事はいつも皆の食べ残しで、栄養が足りていないのか、年頃の娘にしては、肌つやも悪く、ガリガリだった。
美桜は、具のないスープを飲みながら、ぼんやりと両親と暮らしていた時のことを思い出した。
変なものが見えると泣く美桜を、母親はいつも抱きしめてくれた。美桜を元気づけるために母親が作ってくれたのは、手作りのお菓子。クッキーにマドレーヌ、時折、イチゴのショートケーキも。
父親は、仕事が休みの日は美桜を公園へと連れて行き、たくさん遊んでくれた。
(会いたいな……)
それはもう、叶わない願いだ。美桜の今の家族は、叔父と叔母、いとこなのだ。
隆俊はわがままで、先程のように、よく食事に文句を付ける。故意だと思いたくはないが、時折、美桜の着替え中に部屋に入ってきたり、入浴中に扉を開けたりすることもあった。
千雅は、むしゃくしゃしていると、美桜に癇癪をぶつけることがあった。「気味が悪い」「役立たず」「頭が悪い」……投げつけられる言葉はキツかったが、美桜は納得していた。確かに自分は、この家のお荷物であり、学校でもそれほど成績は良くない。けれど、叩かれたり、ものを投げつけられるのは、つらかった。
美桜が心安らかでいられるのは、学校とアルバイト先だけだった。学校に行っている間だけは、普通の子供のように勉学に励むことができたし、少ないながらも友達がいた。高校に通うようになってからは、「委員会に入ったから下校が遅くなる時がある」と嘘をついて、こっそりとファーストフード店でアルバイトを始めた。叔父や叔母に負担をかけないように、お金を貯めて、高校を卒業したら家を出ようと考えていた。
(アルバイトにもっと行けるといいんだけど……)
夏休みは稼ぎ時のはずなのに、家を空けると疑われるので、美桜はアルバイトを長期で休んでいる。クビになるのではないかと心配だ。
美桜が溜め息をついた時、「ただいま」という声が聞こえてきた。どうやら真莉愛が帰ってきたようだ。美桜は立ち上がって玄関に行くと、
「おかえりなさい」
と言って、手を差し出した。真莉愛が美桜にハンドバッグを投げる。美桜はかろうじて受けとめると、丁寧にバッグを持ち直した。
「お風呂に入る」
「はい。沸かしてあります」
「あっそ」
脱ぎ捨てられたサンダルを綺麗に揃え、美桜は真莉愛の背中を見送ると、ハンドバッグを持って二階へと上がった。真莉愛の部屋を空け、ポールハンガーにバッグを掛ける。
花柄のカーテンとレースのカーテン、猫足のチェスト、高級ベッド。クローゼットの中には、ブランドものの服とバッグでパンパンなことも知っている。元は物置だったという美桜の狭い部屋とは全然違う、お姫様のような可愛い部屋。
けれど、美桜は羨ましいとは思わない。今は、住まわせてもらっているだけで、ありがたいのだ。
美桜は真莉愛のクローゼットからルームウェアと下着を取り出すと、階下へと下り、風呂場の脱衣所に置いた。
キッチンへ戻り、使用した食器を洗っていると、真莉愛が風呂から出てきた。美桜の元へ近づいて来て、
「これ、買って来て」
と、手に持った化粧品の瓶を調理台の上に置いた。
「なくなったから」
「あっ、はい……。明日、買って来ます」
真莉愛から「よろしく」などという言葉は聞いたことがない。美桜がおつかいに行くことはさも当然という顔で、キッチンを出て行った。
美桜は、調理台の上に残された化粧品の瓶を手に取った。美桜とは縁のない高級な化粧水だ。以前にも買いに行かされたので、値段は知っている。
「これ、確か、デパートでしか売っていないやつだよね……」
デパートへは、こうしたおつかいがないと行くことができない。お小遣いはもらっていないが、溜めているバイト代がある。明日は少しだけお金を持ってデパートへ行こう。素敵なハンカチぐらいは買っても許されるに違いない。美桜は楽しみな気持ちで、明日のお出かけに思いを巡らせた。
この家の家族は、美桜が十分な食事をとることを嫌がる。食費がもったいないのだそうだ。だから美桜の食事はいつも皆の食べ残しで、栄養が足りていないのか、年頃の娘にしては、肌つやも悪く、ガリガリだった。
美桜は、具のないスープを飲みながら、ぼんやりと両親と暮らしていた時のことを思い出した。
変なものが見えると泣く美桜を、母親はいつも抱きしめてくれた。美桜を元気づけるために母親が作ってくれたのは、手作りのお菓子。クッキーにマドレーヌ、時折、イチゴのショートケーキも。
父親は、仕事が休みの日は美桜を公園へと連れて行き、たくさん遊んでくれた。
(会いたいな……)
それはもう、叶わない願いだ。美桜の今の家族は、叔父と叔母、いとこなのだ。
隆俊はわがままで、先程のように、よく食事に文句を付ける。故意だと思いたくはないが、時折、美桜の着替え中に部屋に入ってきたり、入浴中に扉を開けたりすることもあった。
千雅は、むしゃくしゃしていると、美桜に癇癪をぶつけることがあった。「気味が悪い」「役立たず」「頭が悪い」……投げつけられる言葉はキツかったが、美桜は納得していた。確かに自分は、この家のお荷物であり、学校でもそれほど成績は良くない。けれど、叩かれたり、ものを投げつけられるのは、つらかった。
美桜が心安らかでいられるのは、学校とアルバイト先だけだった。学校に行っている間だけは、普通の子供のように勉学に励むことができたし、少ないながらも友達がいた。高校に通うようになってからは、「委員会に入ったから下校が遅くなる時がある」と嘘をついて、こっそりとファーストフード店でアルバイトを始めた。叔父や叔母に負担をかけないように、お金を貯めて、高校を卒業したら家を出ようと考えていた。
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美桜が溜め息をついた時、「ただいま」という声が聞こえてきた。どうやら真莉愛が帰ってきたようだ。美桜は立ち上がって玄関に行くと、
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けれど、美桜は羨ましいとは思わない。今は、住まわせてもらっているだけで、ありがたいのだ。
美桜は真莉愛のクローゼットからルームウェアと下着を取り出すと、階下へと下り、風呂場の脱衣所に置いた。
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