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郊外の一軒家
はじめての……じゅう
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今の俺はポチだ、今の俺は雪也だ、今の俺は真尋だ……そうやって自分に言い聞かせて役目に合わせて気持ちを切り替えてきた。その癖は俺が思っているよりも深いところで俺自身のスイッチを切り替えるていたようだ。
「……まぁ、だから何だって話だよな」
記憶や感情は連続している、俺は俺だ。別人になる訳でも、なりきっている訳でもない。ポチも雪也も真尋も同じ人間、他人が求める俺の種類が違うだけ。
「眠……」
正当防衛だったのに人を殺して落ち込み続ける雪兎と、少しも悩めない俺。その差に抱いた不安が払拭された俺は雪兎の小さな身体を抱き締めて気持ちよく眠った。
スッキリとした目覚めはトントンと優しく胸の真ん中を叩かれて与えられた。
「んっ……? ユキ、様?」
「起きた?」
「はい、ユキ様……あぁもうこんな時間ですか、失礼しました。そろそろお食事にされますか? 明日以降はこれまで通り決まった時間に用意されますが、今日はユキ様が食べたくなった時間にとのことで」
「ポチ」
「はい」
「……とりあえず、顔洗いたいな」
「はい、では運ばせていただきます」
白い布が雪兎の視界を奪っている。これからしばらく、数週間と言ったか。雪兎は目隠しを外すことは許されない。何故だ? 自由を奪われるなんてまるで罪人だ、雪兎は被害者なのに、殺人だって正当防衛なのに。
「下ろしますよ。この布もズラしますね」
洗面台の前まで雪兎を抱えて運んだ。顔を洗うなら目隠しの布は外さなければと思ったが、複雑な固い結び目がほどけそうになかったので諦めて上にズラすことにした。
「……ヘアバンドみたいでいい感じですね」
「確かに前髪邪魔にならないかも」
雪兎は僅かに笑顔を浮かべ、赤紫色の瞳で鏡を見た。ほんの一瞬だけだった。
「……っ、ユキ様!」
鏡にヒビが入り、大きな音と共に鏡が弾け飛んだ。俺は咄嗟に雪兎を鏡の破片から守ったが、その必要はなかった。人に刺さるような破片など見当たらない、洗面台に溜まったキラキラと輝く粉が鏡だったものだろうか。
「え……? な、何、なんで」
「……ユキ様がなさったんですか?」
若神子の人間はみんな目を起点とした特殊能力を持っている。雪兎は見つめたモノを破壊出来る。その破壊のされ方は内部からの破裂と表現されるもので、今目の前にある鏡もまさに内側から均等に強い力がかかったような弾け方をしていた。
「違う! 僕は鏡を壊そうなんて思ってない! 僕はっ!」
パンッ、パンパンッ! と洗面台に並べられていた保湿液等の瓶が次々に弾け飛ぶ。
「ち、違う……違う違う違う違う僕じゃない! 僕はこんなっ!」
「ユキ様! ユキ様落ち着いてください!」
「……っ!? やだぁっ!」
肩を掴んで振り向かせると雪兎は泣き叫びながら俺の手を振り払い、自分の手で強く目を押さえた。
「はっ……はっ……はぁっ、はっ…………ポ、ポチ、居るよね、そこに……けっ、怪我、して……ないっ? 生きてる……よね?」
「はい、もちろん……」
「……僕の、前に……回り込まないでっ! 僕の視界に入らないで! 君が……君を、手にかけたら……僕、僕、僕っ」
俺は雪兎を背後からそっと抱き締めて、目隠しの布を引っ張り下ろした。雪兎は目を覆う布に触れ、安心したのか脱力してその場に座り込みかけたので、慌てて支えた。
「粉々ですけど一応危ないんで……」
刺さるような大きさの破片はないが、ガラスの粉が安全とも思えないので俺は雪兎を抱えてベッドに戻った。濡らしたタオルを用意し、雪兎の顔を拭った。目元は雪兎が自ら目隠しの布の隙間に手を突っ込んで行った。
「…………暴発、した。本当に……壊そうと思ってないもの壊しちゃったのは、久しぶりだよ。よかった……日本に帰って、これ巻いてもらえるまで……暴発しなくて。してたら絶対、壊してたのは……ポチ、だもん」
俺の膝の上で小さく蹲った雪兎は震えている。殺してしまった直後は混乱して、暴発どころか発動すら出来なかったのだろう。少し落ち着いて、自分が何をやったのか冷静に理解してしまったから今暴発が起こっているんだ。と、分析してみたけれど当たっているのかな。
「前にも暴発したことあったんですか?」
「ちっちゃい頃は全然制御出来なかったから……部屋の物しょっちゅう壊してたんだ」
怖過ぎる。世話係なんて生きた心地がしなかっただろうな。
「でも、人には……生き物には、絶対向けなかった。サングラス壊しちゃって怖がらせたことはあったけど……殺したことなんて、今まで」
「俺も人を殺したのは初めてですよ、お揃いですね。せめてお揃いでよかったじゃないですか」
「…………ポチも、人……殺したのに、ポチは何でそんなに明るくいられるの」
「先に殺そうとしてきたのは向こうなんですから、殺したって誰も文句言えませんよ。ユキ様を守るためですし、気に病むことなんて何一つありません」
「そう……僕も、そう思おうとしてるんだけどなぁ……ポチを守るためだったんだ、あのままじゃポチが死んじゃってたんだからって……なのに、ダメだなぁ……僕」
優し過ぎる雪兎は自分の膝に頭を乗せるのをやめて、俺の胸に頭を押し付けた。顔が半分布で隠されていたって分かる、彼の表情は未だに暗いままだと。
「……まぁ、だから何だって話だよな」
記憶や感情は連続している、俺は俺だ。別人になる訳でも、なりきっている訳でもない。ポチも雪也も真尋も同じ人間、他人が求める俺の種類が違うだけ。
「眠……」
正当防衛だったのに人を殺して落ち込み続ける雪兎と、少しも悩めない俺。その差に抱いた不安が払拭された俺は雪兎の小さな身体を抱き締めて気持ちよく眠った。
スッキリとした目覚めはトントンと優しく胸の真ん中を叩かれて与えられた。
「んっ……? ユキ、様?」
「起きた?」
「はい、ユキ様……あぁもうこんな時間ですか、失礼しました。そろそろお食事にされますか? 明日以降はこれまで通り決まった時間に用意されますが、今日はユキ様が食べたくなった時間にとのことで」
「ポチ」
「はい」
「……とりあえず、顔洗いたいな」
「はい、では運ばせていただきます」
白い布が雪兎の視界を奪っている。これからしばらく、数週間と言ったか。雪兎は目隠しを外すことは許されない。何故だ? 自由を奪われるなんてまるで罪人だ、雪兎は被害者なのに、殺人だって正当防衛なのに。
「下ろしますよ。この布もズラしますね」
洗面台の前まで雪兎を抱えて運んだ。顔を洗うなら目隠しの布は外さなければと思ったが、複雑な固い結び目がほどけそうになかったので諦めて上にズラすことにした。
「……ヘアバンドみたいでいい感じですね」
「確かに前髪邪魔にならないかも」
雪兎は僅かに笑顔を浮かべ、赤紫色の瞳で鏡を見た。ほんの一瞬だけだった。
「……っ、ユキ様!」
鏡にヒビが入り、大きな音と共に鏡が弾け飛んだ。俺は咄嗟に雪兎を鏡の破片から守ったが、その必要はなかった。人に刺さるような破片など見当たらない、洗面台に溜まったキラキラと輝く粉が鏡だったものだろうか。
「え……? な、何、なんで」
「……ユキ様がなさったんですか?」
若神子の人間はみんな目を起点とした特殊能力を持っている。雪兎は見つめたモノを破壊出来る。その破壊のされ方は内部からの破裂と表現されるもので、今目の前にある鏡もまさに内側から均等に強い力がかかったような弾け方をしていた。
「違う! 僕は鏡を壊そうなんて思ってない! 僕はっ!」
パンッ、パンパンッ! と洗面台に並べられていた保湿液等の瓶が次々に弾け飛ぶ。
「ち、違う……違う違う違う違う僕じゃない! 僕はこんなっ!」
「ユキ様! ユキ様落ち着いてください!」
「……っ!? やだぁっ!」
肩を掴んで振り向かせると雪兎は泣き叫びながら俺の手を振り払い、自分の手で強く目を押さえた。
「はっ……はっ……はぁっ、はっ…………ポ、ポチ、居るよね、そこに……けっ、怪我、して……ないっ? 生きてる……よね?」
「はい、もちろん……」
「……僕の、前に……回り込まないでっ! 僕の視界に入らないで! 君が……君を、手にかけたら……僕、僕、僕っ」
俺は雪兎を背後からそっと抱き締めて、目隠しの布を引っ張り下ろした。雪兎は目を覆う布に触れ、安心したのか脱力してその場に座り込みかけたので、慌てて支えた。
「粉々ですけど一応危ないんで……」
刺さるような大きさの破片はないが、ガラスの粉が安全とも思えないので俺は雪兎を抱えてベッドに戻った。濡らしたタオルを用意し、雪兎の顔を拭った。目元は雪兎が自ら目隠しの布の隙間に手を突っ込んで行った。
「…………暴発、した。本当に……壊そうと思ってないもの壊しちゃったのは、久しぶりだよ。よかった……日本に帰って、これ巻いてもらえるまで……暴発しなくて。してたら絶対、壊してたのは……ポチ、だもん」
俺の膝の上で小さく蹲った雪兎は震えている。殺してしまった直後は混乱して、暴発どころか発動すら出来なかったのだろう。少し落ち着いて、自分が何をやったのか冷静に理解してしまったから今暴発が起こっているんだ。と、分析してみたけれど当たっているのかな。
「前にも暴発したことあったんですか?」
「ちっちゃい頃は全然制御出来なかったから……部屋の物しょっちゅう壊してたんだ」
怖過ぎる。世話係なんて生きた心地がしなかっただろうな。
「でも、人には……生き物には、絶対向けなかった。サングラス壊しちゃって怖がらせたことはあったけど……殺したことなんて、今まで」
「俺も人を殺したのは初めてですよ、お揃いですね。せめてお揃いでよかったじゃないですか」
「…………ポチも、人……殺したのに、ポチは何でそんなに明るくいられるの」
「先に殺そうとしてきたのは向こうなんですから、殺したって誰も文句言えませんよ。ユキ様を守るためですし、気に病むことなんて何一つありません」
「そう……僕も、そう思おうとしてるんだけどなぁ……ポチを守るためだったんだ、あのままじゃポチが死んじゃってたんだからって……なのに、ダメだなぁ……僕」
優し過ぎる雪兎は自分の膝に頭を乗せるのをやめて、俺の胸に頭を押し付けた。顔が半分布で隠されていたって分かる、彼の表情は未だに暗いままだと。
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