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使用人体験
みちとのそーぐー
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今日は雪風の誕生日。祖父が少し前から仕事を調整させていたそうなので、晩には帰ってくるだろうとのことだ。
「仕込み完了っと。はーっ、腹減った……」
誕生日パーティは別棟のダイニングルームで行うことになった。パーティ用のご馳走の仕込みを終えたら次は自分の昼食だ。
「お疲れ様でした。では私はこれで」
「はい、ありがとうございました」
料理を教えてくれていたコックに頭を下げ、スライスしたフランスパンに特製の明太子ソースを塗ってオーブンへ投入。
「…………四人目、誰だろ」
祖父は食事は四人分用意しろと言った。もちろんそのうちの一人分、祖父の分には細かい注文が付けられている。
「俺、雪風、おじい様……ユキ様?」
当初は雪風と二人きりになるかと思っていたが、祖父も参加する意向を固めた。それからしばらくして四人分の料理を──と、四人目の心当たりは雪兎しか居ないが、昨日ビデオ通話した時は帰ってくるような話はなかった。
「…………雪凪? いや、いやいや……あっ、涼斗さん……いや、あの人が一人は…………クソ野郎の分はないって嫌がらせか?」
俺も祖父も大嫌いな雪凪、彼は雪風の実兄でもあるクズだ。その恋人の涼斗もまたイカれてはいるが祖父は気に入っているようなので、彼なら呼ぶかもしれない。でも、彼は一人では来ないだろう、あの二人はセットだ。
「んー……でも、祝いの席にあのクズは……」
考えているうちにパンが焼けた。食べながら考えよう。パンを一切れ咥え、残りは皿に乗せて机に持っていこうと振り返ると白い人が既に座っていた。
「……っ!? ゆ、雪風……?」
とりあえず皿を机に置き、白い着流しを着た彼の向かいに座る。白髪赤眼の特徴は雪風と同じ、しかし寝癖が伺える白髪は雪風よりも少し長いし、雪風の髪型よりも優雅だ。髪型が優雅ってどういうことだと自分でも思うが、優雅なんだ。
「えっと……誰、ですか?」
色素の薄さと美しさからして若神子の血縁者であることは間違いない、俺とは初対面だ。今まで会った誰よりも儚い雰囲気がある、手を伸ばせば消えてしまいそうな──まさか、ご先祖さまの幽霊? 寒気してきた。
「あっ、ちょ……それ俺の」
幽霊疑惑のある雪風似の美人は皿からパンを勝手に取り、俺と目を合わせたまま齧った。
「…………あの」
ずっと目が合っているのに返事がない。やはり幽霊なのか? でもパン食べてるぞ? いや、足も確認しておこう。
「……足、ある」
机の下を覗いて確認したところ、はだけた着流しから雪風よりもかなり細いおみ足が伺えた。とてもセクシーだった。脳内メモリに保存しておかなければ。
「あのー……」
こくん、と喉仏が動いたタイミングでもう一度声をかけた。
「おいしいよ」
綺麗な声だ。
「…………ありがとうございます。あの、お名前は?」
言う寸前に二口目を齧ってしまった。おそらく、食べている時には話さない行儀のいい人なのだろう。気まずいが食べ終わるまで待つしかない、俺も食べよう。
俺が三切れ、彼が四切れ食べて昼食は終わり、まだ腹は減っているが仕方ない。
「あの、えっ、ちょっと……」
話しかけようとすると立ち上がり、何故か俺の隣に座り、こちらを向いた。袖の中から端を結んで輪っかにした毛糸を取り出し、自身の手に絡めていく──何がしたいんだ?
「あやとりできる?」
「あ、はい」
「やろう」
「はい」
二人で糸を取り合う基本的なものなら何とかなる。俺は彼の言う通りにあやとりに付き合った。
「……そういえばさ」
「はい」
「…………君、誰?」
「……え?」
向こうも俺が誰なのか分かっていなかったのか。誰かも知らないのにあやとりに誘ったのか? どうして見知らぬ筋骨隆々かつ色黒で強面の男の昼食を半分以上平然とした顔で奪えるんだ?
「俺は……雪風の、義理の息子です。元は真尋ですが、雪也という名前をもらいました」
「ゆきや……あぁ、やっぱり君かぁ。いい名前だね、漢字は? や、よるって書く?」
俺の存在自体は知っていたのか。まぁ血縁なら現当主の養子の名前くらい聞いていて当然だな。
「いえ、なりですね」
「…………そう。別にそこまでいい名前じゃないね」
何この人。
「それで、あなたは誰なんですか?」
「…………雪風のお兄さんのお父さんのおじいちゃんの息子だよ」
「雪風の祖父でいいでしょ」
「頑張って考えたのに……ひどい」
「えぇ……? なんかごめんなさい」
俺からすると義理の曽祖父か。別棟に住んでいるとは聞いていたが、まさか……いや、予想通りだな、二十代に見える。若神子の一族って歳取らないのかな。
「えっと、ひいおじい様も誕生日パーティに参加するんですよね?」
「誕生日パーティなの? 雪成に呼び出されただけなんだ」
「……雪風の誕生日パーティなんですよ」
「雪風誕生日だったんだ、おめでとう」
「いや、俺に言われても」
祖父のように暴言が多い訳でも、雪風のように下ネタやお誘いが頻繁な訳でもない。全く新しいタイプの話しにくさだ。
「仕込み完了っと。はーっ、腹減った……」
誕生日パーティは別棟のダイニングルームで行うことになった。パーティ用のご馳走の仕込みを終えたら次は自分の昼食だ。
「お疲れ様でした。では私はこれで」
「はい、ありがとうございました」
料理を教えてくれていたコックに頭を下げ、スライスしたフランスパンに特製の明太子ソースを塗ってオーブンへ投入。
「…………四人目、誰だろ」
祖父は食事は四人分用意しろと言った。もちろんそのうちの一人分、祖父の分には細かい注文が付けられている。
「俺、雪風、おじい様……ユキ様?」
当初は雪風と二人きりになるかと思っていたが、祖父も参加する意向を固めた。それからしばらくして四人分の料理を──と、四人目の心当たりは雪兎しか居ないが、昨日ビデオ通話した時は帰ってくるような話はなかった。
「…………雪凪? いや、いやいや……あっ、涼斗さん……いや、あの人が一人は…………クソ野郎の分はないって嫌がらせか?」
俺も祖父も大嫌いな雪凪、彼は雪風の実兄でもあるクズだ。その恋人の涼斗もまたイカれてはいるが祖父は気に入っているようなので、彼なら呼ぶかもしれない。でも、彼は一人では来ないだろう、あの二人はセットだ。
「んー……でも、祝いの席にあのクズは……」
考えているうちにパンが焼けた。食べながら考えよう。パンを一切れ咥え、残りは皿に乗せて机に持っていこうと振り返ると白い人が既に座っていた。
「……っ!? ゆ、雪風……?」
とりあえず皿を机に置き、白い着流しを着た彼の向かいに座る。白髪赤眼の特徴は雪風と同じ、しかし寝癖が伺える白髪は雪風よりも少し長いし、雪風の髪型よりも優雅だ。髪型が優雅ってどういうことだと自分でも思うが、優雅なんだ。
「えっと……誰、ですか?」
色素の薄さと美しさからして若神子の血縁者であることは間違いない、俺とは初対面だ。今まで会った誰よりも儚い雰囲気がある、手を伸ばせば消えてしまいそうな──まさか、ご先祖さまの幽霊? 寒気してきた。
「あっ、ちょ……それ俺の」
幽霊疑惑のある雪風似の美人は皿からパンを勝手に取り、俺と目を合わせたまま齧った。
「…………あの」
ずっと目が合っているのに返事がない。やはり幽霊なのか? でもパン食べてるぞ? いや、足も確認しておこう。
「……足、ある」
机の下を覗いて確認したところ、はだけた着流しから雪風よりもかなり細いおみ足が伺えた。とてもセクシーだった。脳内メモリに保存しておかなければ。
「あのー……」
こくん、と喉仏が動いたタイミングでもう一度声をかけた。
「おいしいよ」
綺麗な声だ。
「…………ありがとうございます。あの、お名前は?」
言う寸前に二口目を齧ってしまった。おそらく、食べている時には話さない行儀のいい人なのだろう。気まずいが食べ終わるまで待つしかない、俺も食べよう。
俺が三切れ、彼が四切れ食べて昼食は終わり、まだ腹は減っているが仕方ない。
「あの、えっ、ちょっと……」
話しかけようとすると立ち上がり、何故か俺の隣に座り、こちらを向いた。袖の中から端を結んで輪っかにした毛糸を取り出し、自身の手に絡めていく──何がしたいんだ?
「あやとりできる?」
「あ、はい」
「やろう」
「はい」
二人で糸を取り合う基本的なものなら何とかなる。俺は彼の言う通りにあやとりに付き合った。
「……そういえばさ」
「はい」
「…………君、誰?」
「……え?」
向こうも俺が誰なのか分かっていなかったのか。誰かも知らないのにあやとりに誘ったのか? どうして見知らぬ筋骨隆々かつ色黒で強面の男の昼食を半分以上平然とした顔で奪えるんだ?
「俺は……雪風の、義理の息子です。元は真尋ですが、雪也という名前をもらいました」
「ゆきや……あぁ、やっぱり君かぁ。いい名前だね、漢字は? や、よるって書く?」
俺の存在自体は知っていたのか。まぁ血縁なら現当主の養子の名前くらい聞いていて当然だな。
「いえ、なりですね」
「…………そう。別にそこまでいい名前じゃないね」
何この人。
「それで、あなたは誰なんですか?」
「…………雪風のお兄さんのお父さんのおじいちゃんの息子だよ」
「雪風の祖父でいいでしょ」
「頑張って考えたのに……ひどい」
「えぇ……? なんかごめんなさい」
俺からすると義理の曽祖父か。別棟に住んでいるとは聞いていたが、まさか……いや、予想通りだな、二十代に見える。若神子の一族って歳取らないのかな。
「えっと、ひいおじい様も誕生日パーティに参加するんですよね?」
「誕生日パーティなの? 雪成に呼び出されただけなんだ」
「……雪風の誕生日パーティなんですよ」
「雪風誕生日だったんだ、おめでとう」
「いや、俺に言われても」
祖父のように暴言が多い訳でも、雪風のように下ネタやお誘いが頻繁な訳でもない。全く新しいタイプの話しにくさだ。
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