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魔王会議へ

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王都に移住してきたオーガ達用に建てた学校、その教員達の居住スペースには、熱を発する宝玉のような物が置かれている。俺の前世の世界で言うところのストーブらしい。

「ぅにゃあ……なかなか分かってる魔王にゃ。ぁ、そこもっと右にゃ」

俺は今、ストーブの前でゴロゴロしている数学教師である猫にマッサージをしてやっている。どこもかしこもふにゃふにゃで揉みごたえはないが、柔らかい毛皮と高い体温は俺を癒してくれる。

「魔王殿、子供の教育に我らを頼るのは賢い選択だが、産まれたばかりの子供に言葉を教えるのは専門ではない。力になれず申し訳ない」

ママ、の言葉を覚えたばかりのリザードマンに早く言語を習得してもらおうと国語教師のバッタを訪ねたのだが、アテが外れた。

「そっか……」

「親がたくさん話しかけてやるのが一番だ」

ちなみにバッタは猫にじゃれつかれたりオーガに踏み潰されたりなどの事故を防ぐため、空気穴付きの頑丈なガラス玉に入れられている。俺が提案したハムスターの屋外散歩用のアレみたいな感じだ。

「……そうだよね、ありがとう。普通に話せるようになったらお願いしてもいいかな?」

「任されよ」

「数字に興味が湧いたら我のところにも来るように言うのにゃ~」

「うん、ありがとう。また来るよ。設備とか学校関係のこととか、それ以外でも何かあったら遠慮せず言いに来てね」

「では早速一ついいかな」

立ち上がって扉へ向かう途中、バッタがそう言ったので立ち止まって振り返ると、起き上がって伸びをしていた猫が目の前をコロコロと転がるバッタ入りのガラス玉を殴り飛ばす瞬間を見た。

「あぁあぁあぁぁ……」

「ちょっ猫さん!」

「……ハッ! つい同僚を転がしてしまったのにゃ」

「ぁあぁあぁ……と、このように……転がされてしまうことがあるので、対策を講じていただきたい……」

「もう顔合わせないようにするくらいしか思い付かないです」

「我からも一つ」

「何ですか?」

「爪とぎ出来る板を置いて欲しいにゃ、この前壁を引っ掻いたら白髪の人間に怒られたにゃ」

カタラかな? 知的好奇心が強い彼はよく学校に出入りしているらしいし、猫が壁を引っ掻いていたらそりゃ止めるだろう。

「爪とぎの跡は可愛いと褒め称えるものであって、傷付けるなと怒るためのものではにゃいにゃ。我はそこらの猫とは違い猫又であり壁紙の重要性なども理解しているから壁を引っ掻いて欲しくない人間共の気持ちも分からにゃくはにゃいが、彼には猫の扱いをしっかりと指導しておいて欲しいにゃ」

「分かった分かった、発注しておくしカタラにはよく言っておくよ」

態度がデカい猫だ。まぁ猫だから仕方ないけど。




学校から城へ戻る途中、すれ違ったオーガに柔らかい木で板を作って学校に運んでおいてくれと頼んだ。

「ただいま~」

部屋に帰るとハイハイが出来るようになったリザードマンが寄ってくる。

「まま! まま、だぅ……ままぁ」

「おかえりって言って欲しいなぁ、ふふ……まだ無理?」

膝をついてリザードマンを足に登らせる。まだ産まれて一ヶ月も経っていないのに人間でいえば生後五ヶ月くらいのサイズになってしまった彼を抱き上げるのは、インキュバスの非力な腕ではもう出来ない。鱗や翼、角や尻尾の分重いのは当然、骨や筋肉の密度も人間よりずっと高く、重い。

「……ごめんな、お母さん弱くて」

まだまだ抱っこして欲しい年頃だろうに、申し訳ない。

「でもその分お父さんは力持ちだから」

俺くらいのサイズになってもまだ抱っこ出来るはずだ、と続けようとしたその時、ちょうどよくネメスィが部屋に入ってきた。

「ネメスィ。ちょうどよかった、抱っこしてやってくれよ」

「あぁ、サク、話がある」

「何?」

ネメスィはリザードマンを抱き上げながら俺と目線を合わせるためその場に立膝をついた。

「……!? まま! ままぁ! ままぁ! ぅあぁあああんっ!」

「パパだよ? 知らないお兄さんじゃないよ?」

「やぁあぁああっ! ままぁあ!」

常に膝が曲がっている赤ちゃんらしい足をピンと伸ばしてネメスィを蹴り、ネメスィから離れたがっている。

「…………サク」

「もぉ~、仕方ないなぁ……よしよし、ごめんごめん……でもパパなんだよ?」

しゃくりあげるリザードマンを抱き締め、軽く揺する。鱗が腕に擦れて血が出るほどではない細かい傷が無数に付いていく。

「……もっと小さい頃、俺がネメスィ怖がっちゃって抱かせてこなかったからかな」

母性本能の暴走は最近ようやく落ち着いてきた。目の届く範囲ならネメスィやアルマに抱かせても冷静でいられるようになった、けれど以前までは自分以外の誰にも赤子を渡したくなかった。目に映る全てが怖かった。

「ごめんね、ネメスィ」

「……いや、俺は常に静電気を発しているから子供や動物には嫌われやすい。そのせいだ」

「…………ありがとう、ネメスィ。それで話って? 」

ようやくリザードマンが泣き止んで、俺の服をしゃぶりながら眠り始めたので、そろそろ落ち着いて話が出来そうだ。

「今度の魔王が集まる会議だが、俺はお前の側近として着いていくことは出来ない」

「えっ……な、なんでっ?」

「ネメシスや他の兄弟達と共に仕事を言い付けられた。魔王とその側近が集まる際はいつも乱闘騒ぎになっているらしく、その被害を最小限に抑えるための警備員のような役目だ」

「そんなぁ……」

「サク専任ではなくなってしまったが、お前を最優先に守ると約束しよう。だが、形として側近は別の者を連れて行け。婚姻の呪で結ばれた者が同時に危険な場所に赴くのは勧められない、だからアルマとカタラ以外だな」

「……それじゃもうシャルしか居ないよ。おじさん人間なんだし」

仮にも王なら会議で乱闘なんてやめて欲しい、精神年齢いくつなんだ? 乱闘手当でも出てるのか? 昔の国会じゃあるまいし。

「はぁ……」

「……すまない」

「あ、ううん、ネメスィは違うよ。大丈夫、どっちにしろ居てくれるんだろ? その……ネメスィ達を警備につかせるレベルで乱闘がヤバいって、嫌だなって」

「大丈夫だサク、守ってみせる」

「……うん、信じてる。でも痛い思いしそうで嫌とかじゃなくてさ、その……魔王、大陸とか島とか治めてる魔王がだよ? 座って大人しく話し合い出来ない連中だって……それがめちゃくちゃ嫌」

ネメスィは無言で俺の肩を抱き、頭を撫でた。

「はぁあ……王ならおじさんくらい落ち着いた大人であれよぉ……」

数日前から俺はずっとため息ばかりついている。



そして訪れた会議当日、俺は起き抜けにため息をついた。露出を抑えた正装っぽい衣装をシャルに作ってもらい、シャルにも色違いの同じ服を着てもらった。

「とっても似合ってますよ、兄さん」

羽や尻尾を出す穴を極限まで小さくした、スーツをベースとした衣装。俺は黒色のジャケットに白いシャツ、ネクタイも黒でよく見るとハート柄。シャルは白色のジャケットに薄紫色のシャツ、ネクタイは濃い紫でこちらもよく見るとハート柄。インキュバスのハート柄への執念が伺えるデザインだ。

「シャルも似合ってるよ。けど……はぁ、憂鬱ぅ……」

「繰り上がりとはいえ兄さんの側近に選ばれて嬉しいです、頑張ります!」

「可愛い……癒し……」

くるくると巻いた可愛いくせっ毛に指を絡めて癒されていると、部屋の中央に裂け目が生じた。空間の裂け目はカーテンを開けるように広がり、中からネメシスが現れた。

「サク、久しぶり。でもあまり話してる時間はないんだ。さ、入って」

「空間転移? ぁー……会議やだぁ」

ネメスィと同じ金色の髪、ネメスィとは違う大人しげなボブヘアと優しい声色。久しぶりのネメシスに再会を喜ぶキスをする暇もなく空間転移の術で会議室へと連れて行かれた。

「着いたよ、サク。まずは──」

「ここで会ったが百年目ぇ! ぶっ殺してやるよクソ便所蝿が!」

「出来もしねぇこと囀る嘴今度こそ引きちぎってやりますよ鳥頭!」

「──控え室に避難しようか」

もう誰か暴れてるじゃん。帰りたい。
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