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インキュバスのデザート

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菓子を渡した四人は美味い美味いと喜びながら、その菓子を選んで買ってきた俺を褒めながら、みな笑顔で菓子を食べ進めていった。

「……ごめんなシャル、お前にだけ美味いもん食わせてやれなくて」

「僕は昨日たくさんもらいましたよ?」

すぐにセックスのことだと察した俺は健全な時間に放り込まれた予想外の性的な話題に照れて顔を赤くする。

「兄さん、可愛い……」

俺の反応にシャルは虹彩のハート模様を濃くする。

「あ……」

インキュバスの虹彩に存在するハート型の模様は血管の収縮によって色が変わる、つまり興奮しているかどうか目を見れば分かるのだ。もちろん、戦闘や恐怖でも模様が浮き出ることはあるが──

「シャル……」

──今、この状況では「照れた俺に興奮した」以外の理由はない。

「…………み、みんな、俺お菓子の味分かんないからさ、言ってみてくれよ。美味いばっかじゃなくて、甘いとかしょっぱいとか、フルーツの酸味が効いてる~的なさ」

「難しいこと言うなぁ」

カタラが難色を示した通りの無茶ぶりだということは分かっている、だがこれ以上シャルと二人の空気感に囚われるのは危ない。このホテルは性交禁止なのだから。

「では、私から」

おちゃめに手を挙げた査定士の方を向き、シャルの視線が変わっていないことを知る。肉食獣に付け狙われる草食獣の気持ちを味わい、ゾクゾクと快感を覚える。

「まず……このケーキのクリームにはカカオが使われているね。一部地域でしか栽培できない植物で、とても香ばしく……」

「おっさん、うんちくじゃなく単純な感想にしねぇとサク分かんねぇぞ。サクが知ってる味も匂いも体液のんだけなんだからよ」

「おっと……これは失礼。そうだね、カカオ特有の香ばしい苦味がある。けれどクリームの甘さと口どけの良さと引き立てあっているね。スポンジ部分もしっとりとしている、こちらにもカカオを染み込ませてあるみたいだね。とても美味しいよ」

シャルから意識的に目を逸らし、査定士の目を見て頷きながら話を聞いた。前世でも就職してからはケーキなんて食べてなかったな、栄養食と栄養剤とエナドリと……あぁ、チョコ食べたいなぁ。

「カカオか、神の食べ物と呼ばれるらしいな」

「マジ? 魔神王さん?」

「そういう意味ではなく……比喩だ」

「そういえば神様って何食べてるんだろうねぇ、魔神王様にせっかくお目通りが叶ったんだから聞いておけばよかったね」

二人目に行く前に話が脱線したな。

「ん? 次俺な流れ? えー、サクに感想言うんだったな……えっと、このパイは魔樹の実が入ってるん、味は樹液と一緒で、歯ごたえはシャクシャク。パイんとこはサクサク」

脱線したかと思われた話が戻った。シャクシャクか、リンゴが近いのかな。

「……同じもの食ってるお前がそんなに言ったら俺が言うことなくなるだろ。えっと……この魔樹の実は熟していて、とても甘い。パイはよく焼けている、美味い」

「ふふっ……ありがとうカタラ、ネメスィ。美味しそうだなぁ」

やはり物を食べたいなと叶わない願いを持ちながら二人に礼を言い、最後に残ったアルマを見上げた。

「サク……そんな目で見るな、えぇと……クッキーは……サクサク、している」

「サクだけに!」

「お前もサクサクするとは言っていただろ、くだらないシャレで邪魔するな。それでな、サク……噛んでいくとじゅわ……とミルクが、えぇと、牛乳の風味が広がって……素朴な甘みがある」

食レポを躊躇っていた割にはいい感想を言うじゃないか、食べたくなってきた。

「ありがとうアルマ、美味しそうだな。ケーキ屋のクッキーって美味いんだよなぁ」

「ふふ……食べたことなんてないだろうに」

前世ではある。ケーキ屋に行ってまでクッキーを買うことはあまりないが、たまに買うと美味いんだ。まぁ普段食べているクッキーが安物ばかりというのもあるが。

「全員話したね。どうだった? サク」

「話だけで美味しそうな感じした。ぁ、なぁ、好奇心なんだけど……昨日のパイってどんな足だったんだ?」

思い出すだけで顔色を悪くしたカタラは俺の買ってきたパイを齧り、元気を取り戻そうとしている。

「……俺が話そう。まず、牛乳を床に零す、それを雑巾で拭いて乾かしたものに、壁を砕いた破片を挟み、吐瀉物をかけた感じだ。一口食えば祈る以外の選択肢は失われる」

「不味そう」

「あぁ、だが……己の人生を省みて些細な悪事でも謝りたくなる。アレを日常的に食えば聖人が出来上がるだろうな」

人生を省みるって走馬灯を見てるだけじゃないのか? 些細な悪事でも謝りたくなるのは……何かあった時に何に対してかも分からないまま謝ってしまうアレじゃないのか?

「聖人になる前に胃がやられて故人になるっつーの。それより、そっちの番だぜサクシャル」

セクシャルの発音でまとめて呼ぶな、読点入れろ。

「僕達の番とはどういうことですか?」

シャルの意識が俺から逸れた。ずっと視姦されている気分だったんだ、いや実際そうだったのだろう。とにかく視線が外れてよかった。

「俺ら的には体液なんかしょっぱいか苦いかなんだよ、お前らはどんな風に感じてんのかなーって」

「な、何を聞いてるんだよ……」

そんな話をしたりされたりしたら、変な気分になってしまう。

「精液は甘くて美味しいです」

「シャルっ……!」

「魔力濃度に応じてコクが深まるはずですし、魔力属性によっても変わるはずです。僕は兄さん以外の味は知らないので……違いは兄さんに聞いてください」

じゃあ甘くて美味しいというのは俺の精液の話なのか? 恥ずかしい、全員が俺の精液について多少考えていると思うと顔から火が出そうな気分になる。

「違いなんかあんのか」

「う、うん……基本は甘くて、カタラはまろやか。最近コクがすごい……」

「あぁ、マンドラゴラとか食ってるからだな、魔神王さんのパイ食ったらまた強くなるかな……まだ全部食えてねぇんだよな」

「死ぬぞ」

恥ずかしい、一人一人の顔を見るとセックスを思い出し、精液の味を思い出し、満腹なのに食欲が湧く。

「サク、私のはどんな味なんだい?」

「深みが……ある。上品な感じ。甘さは控えめ……大人な感じ」

「なるほどねぇ、ありがとう」

みんなそんなに自分の味を知りたいのか? なんで?

「サク、俺のは?」

「ネメスィのは……なんか、香辛料きいてる感じ。あと、戦った後だったりするとぱちぱち強くて、炭酸みたいで……あれ結構好きだから、また欲しいな」

「香辛料、炭酸……人間の体液に使う表現か、それが。あぁ、まぁ……そうだな、カタラと軽く組み手でもした後にしてみようか」

前世で飲んだものの中ならジンジャーエールとか近いかな。まぁ、精液特有の甘さとコクがあるから別物と言えば別物なのだが。

「兄さん、僕のはどうですか?」

「シャルのは……合う。体に馴染む。甘くて、美味しくて……体熱くなる」

「んだよそれ、シャルが一番美味いってことか?」

「味で言えばカタラぶっちぎりだよ、コクの格が違う……でも、誰が一番好きな味とかはないし。みんなも同じ果物いくら好きでも毎日食べたりしないだろ」

確かに、とみな納得したような素振りを見せた。

「それで……サク、俺は?」

振り向きながら見上げるとアルマはワクワクという擬態語が聞こえてきそうなほど目を輝かせている。

「アルマは……大味。深みはあんまりないけど、いっぱい飲める味。いっぱいくれるから嬉しいよ、美味しい」

「そうか……!」

アルマは心底嬉しそうな顔をして俺を抱き締める。褒め言葉だけ言ってやればよかったな、なんて思った。
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