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もう二度と誰も死なせない

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鉤爪が振り下ろされる寸前、俺を助けに来ようとした査定士を蹴った。落ちてきた鉤爪は俺と査定士の間の壁となり、彼の安否は不明。鉤爪と地面の隙間からは血が流れてきている。

「お……おじ、さん? 生きてる……よね」

最初はアルマだった、アルマは俺が輪姦されるのを見せられながら殺された。けれど彼は何とか生きながらえた。
次はシャルだった、シャルは俺を助けに来た結果ネメスィと衝突して人間に捕まり、殺されかけた。
その次はカタラだ、俺のワガママを叶えようと夜の森に入ってゴブリンに襲われ、俺を逃がした。ネメスィが助けなかったら彼は死んでいた。

「お、おじさんっ……返事、して」

先輩……先輩は本当に死んでしまった。俺がバカだから、俺がノロマだから、俺を助けようとして殺されて、死ぬ寸前に俺の嘘に微笑んだ。


もう俺のために誰かが死ぬのは嫌だ。


俺が何回殺されたっていいから、もう誰も死なないで欲しい。
もう誰にも愛されなくていいから、アルマにもシャルにも嫌われていいから、誰も俺を庇わないで欲しい。

「サク! サクっ、足が……!」

査定士が鉤爪の影から無傷で現れる。その手には俺の足があった。彼を蹴った俺の足は鉤爪によってちぎれていたのだ。鉤爪と地面の間に新鮮な血を流していたのは俺だった。そう理解した瞬間足に激痛が走ったが、査定士が無事だった喜びに覆い隠された。

「おじさんっ……! よかった、よかったぁっ! 生きてた、おじさんっ……!」

足が片方ないのに立とうとして、俺はその場に倒れてしまう。すぐに査定士に肩を貸されて立ち上がり、ドラゴンの檻へと向かう。

『待て! クソ……! 抜けねぇっ、クソ、待て!』

石を敷きつめた通路に鉤爪を刺してしまった化け物は巨体ゆえのノロマさもあってすぐには動けない。今度こそドラゴンの檻に逃げ込めると思ったが、再び俺の尻尾が掴まれた。

「くっ……サク、ごめん!」

査定士は俺の足を化け物の顔に投げつけて怯ませる。しかし、インキュバスの軽い足がぶつけられたくらいで手は離されない。

『てめぇら二人とも死んじまえぇっ!』

鉤爪が地面から抜けてしまった。振り上げられた鉤爪からどうにか査定士だけでも助けようと彼を押すが、彼も俺を押す。人間とインキュバスの力比べの結果は分かりきっている、俺だけが鉤爪の影から逃げさせられた。

「何をしておる!」

今度こそ査定士が殺されてしまう。そう思ったが、よく通る男の声が響いて化け物は動きを止めた。いや、鉤爪を下ろして敬礼の姿勢を取った。

「……中佐。余の命令を言ってみろ」

『…………アリストクラット間接殺人犯を生かしたまま謁見の間まで運べ。黒髪のインキュバスは傷付けずに届けよ』

「……貴殿は何をしようとしていた?」

『…………命令を無視し、殺人犯とインキュバスを殺そうとしました』

化け物を叱っているのは金髪碧眼の青年。童話の王子様のような彼の頭には冠がある。

「お、おじさん……」

「サク……あぁ、サク、無事かい? ごめんね突き飛ばして……」

「おじさん……俺、自分が死ぬよりあなたが死ぬ方が嫌だっ、俺アルマと結婚してるから死なないもん……お願い、俺のために命捨てないで。お願いっ……」

「サク…………ごめんね、私は……君の心の傷をさらに深くしてしまうところだったんだね」

俺は無傷の査定士に抱きつき、子供のように泣きじゃくった。いや、無傷ではない、俺が来るより前につけられただろう生傷は痛々しい。それも俺のせいで負った傷だ、呑気に「命だけあればいい」なんて考えるな。

「中佐、貴殿への罰は追って伝える。その死体共に手をつけることなく、贄の間へと運べ。余が呼ぶまでは街に出て生きた人間を捕らえ、贄の間へと運べ。よいな」

『…………はっ!』

中佐は敬礼をし、青年が背を向けると死体を拾い集め始めた。肉塊や肉片を拾うその様はみずぼらしくグロテスクで吐き気を催した。

「おじさん……この人誰」

「わ、分からない……大佐? とかかな」

査定士と抱き合い、じりじりと後退しながら金髪碧眼の青年について尋ねるも、正体は分からない。

「なんだ、余を知らんのか? 余はこの箱庭の離島の王なるぞ! インキュバスはともかく……貴殿が知らんのは問題だ」

「王……!? い、いや、王は、もう……とっくに五十を過ぎて……恰幅のいい方で」

青年は多めに見積っても二十代だし、スラリとした長身だ。

「全てはある日余の元へやってきた神様のおかげ、贄を捧げれば捧げるほどに余の体は若く美しく力に溢れ……見ての通り、数十年前の姿に戻ったのだよ」

確かに、姫をキスで起こしてしまいそうな美しい青年だ。しかしそれを作り出すのに何人死んだのかと考えると、その美貌と若さが醜く思えてくる。

「…………王は確か、十代の頃から丸々と肥えてらっしゃったはずだ。偽物だろうか……」

「ううん、おじさん……とんでもない邪神が居るんだよ」

王は自らの体を見せびらかすようにポーズを取っている。どの角度から見ても美しい、造形美でいえば俺以上だろう、寒気を覚えるほどの美貌だ。

「さぁ、二人とも。余についてこい」

「誰がお前の言うことなんか! さっきの化け物ならともかく、お前くらい……!」

査定士と二人でかかれば倒せるだろう細身の青年だ。しかし、王は余裕の笑みをたたえて袖をめくった。次の瞬間、右腕が鉤爪のある巨大なものに変貌する。その腕は元は中佐だった化け物のものとは違って歪ではなく、肉塊のような雰囲気でもなかった。

「出来れば痛い思いはさせたくないし、手間は取らせないでもらいたいな」

「サク……しばらくの間は言う通りにするんだ、いいね。大人しくしているんだよ」

査定士の小声への返事として頷くと王は優しく微笑んだ。肉体を改造して耳までよくなったらしい。

「……来い」

王は短くそう言うと腕を人間のものに戻し、袖も直した。

「え……も、戻るんだ」

「当然。中佐は耐性が低かったのだ、やはり余のような特別な血統でなければな」

「血統……? 何の血統?」

「王族の血統に決まっているだろう。愚民を導いてやる才に溢れた血よ」

俺の手足を切り落としたシャルリルのように吸血鬼の血が混じっている訳ではないのか。

「……しかし、汚いな。誰か!」

檻が並んだ地下から抜けて豪華絢爛の城内に移ると、王は汚れた俺達を見て眉をひそめて兵士を呼んだ。

「これらを洗え。インキュバスの方は足を治し、用意してあるあの服を着せよ。終わり次第謁見の間へ」

俺と査定士は別々の浴室に連れていかれた。剣を構えた兵士三人に囲まれ、樹液で足を治され、剣を向けられたまま体を洗う。

「……あ、あの、お兄さん達」

王が何をする気かは知らないが、魔神王の縁故であるシャルリルを間接的に殺害した容疑のある査定士が許されるはずはない。だから逃げ出して彼を助けに行きたい。だから兵士達を誘惑する。

「俺のこと……好きにしていいから、その、お願い聞いてくれないかな」

男を誘うのにも慣れてきた。そんな自分は嫌になるが、嫌だと言っている場合ではない。
兵士達に手を伸ばし、微笑む──剣の側面で肩を殴られた。

「いっ……! た、ぁっ……肩、砕けっ……」

痛みに呻いていると樹液が入った瓶が投げつけられる。それを飲んで傷を癒しつつ、兵士達を睨み上げる。

「気色悪い真似をするなインキュバス!」
「全く穢らわしい……! 王は趣味が悪い」
「こんなものとっとと殺せばいいのに……」

口々に話す兵士達の声は高い。全身鎧フルアーマーのせいで分からなかったが、兵士達は全員女性だ。

「女かよ……クソ、なんで……」

女性兵士が居たことも驚きだが、王が彼女達を俺にあてがったのも不思議だ。女神が俺に付与したのは「女に毛虫のごとく嫌われ、男に性的な意味でもモテる」スキル。
女性に監視させるのは兵士が俺の誘惑に負けて俺を逃がすリスクを失くすいい手なのだが、どうして俺が女を誘惑できないと知っているんだ。

「しかし、このインキュバスは不思議だな」
「あぁ、普通インキュバスといえばもっと、な」
「このインキュバスには全く魅力がないな」

普通、インキュバスもサキュバスも異性を誑かす。俺はスキルのせいで女に嫌われるだけだ。
王が女性兵士を俺の監視につかせたのはただの偶然か? まさか、俺のスキルを知って……? いや、どうやって知るんだ、ありえない。

「……おい! 体を清め終わったならとっとと湯から出ろ!」

もう少し考えたかったが、兵士に怒鳴られて慌てて立ち上がる。嫌悪感を向けられるのは前世で慣れたが、今世では味わうことはないと思っていたし、慣れたと言ってもやはり辛かった。
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