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挨拶ってやっぱ緊張する

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アルマは俺を穴蔵の中に置いて朝食を外で済ませてきた。帰ってきたアルマに特に変わりはなかったが、抱き着くと血の匂いがした。

「……アルマ、何食べてきたんだ?」

「鹿だ」

「鹿……そっか」

前世が文明社会の悲しき社畜だっただけに血が伴う食事からは遠く、忌避感がある。生命を頂いているだなんて分かっていても意識はしていない。

「オーガの集落に行こうと思うんだが、大丈夫か?」

「集落……?」

「家族が居るんだ、サクを紹介したい」

これはもしや実家挨拶とやらだろうか。お父さんお母さん息子さんを俺にください……? とでも言えばいいのか。いや、この場合もらわれるのは俺ではないか? 不束者ですが……と言えばいいのか?

「き、緊張するな……何言えばいいんだ、俺」

「別に気を張る必要はない。ほら、行こう」

「またお姫様抱っこ……」

流れる緑の景色も抱きかかえられている感覚も楽しいと言えば楽しいのだが、お姫様抱っこだと思うと恥ずかしい。全裸なら尚更。

アルマの首に腕を回し、凛とした横顔に頼りがいを感じる。男らしさにキュンとくるなんて俺もいよいよだな。

「……着いた。よかった……ちゃんとあった」

周囲を見回しても集落らしきものはない。しかし目の前に崖はある。アルマは嬉しそうな笑顔のまま崖を滑り降りた。
俺は当然叫び、アルマにしがみつき、尻尾を腕に巻き付けて頭と腰の羽で必死に羽ばたいた。

「……サク? どうしたんだ?」

落下が終わる。危なげなく崖の下に着いたらしい。

「こ、わ……かっ、た……」

勝手に声と身体が震え、涙が零れる。

「しっ、死ぬかと、思っ……た」

「え? ど、どうして……あぁ、泣くな、泣かないでくれ、サク……ごめん。俺は何をしたんだ? サクは何が怖かったんだ?」

「お、落ちる……の、怖かった。あんなっ、高い所から、飛び降りるなら……言って欲しかった。い、言われても、怖いのは怖いけどっ……覚悟が……」

まだ呼吸が整わない。そういえば前世では子供の頃に絶叫マシンに乗せられて、降りた後嘔吐くまで泣いたと誰かから聞かされたような──

「分かった。今度から気を付ける……ごめんな。サク、もう泣かないで……」

額にキスされて、涙を舐め取られて、少しずつ呼吸が整う。周囲を見回してみれば木で組まれた小屋が幾つもあった。

「よしよし……えぇと、俺の家はどこだったかな……」

集落の中を進んでいくと、小屋からオーガが一人出てきた。動物の毛皮で作ったと思われる服を着ていて、アルマと同じ赤い肌に角に大柄な身体に──あ、顔立ちはアルマの方がカッコイイな。

「すまない、そこの方、俺はアルマというのだが……少し聞きたい」

「…………ア、アルマ……? お前っ、本当にアルマか……?」

「あぁ……えぇと、悪い、誰だ?」

オーガは持っていた空の籠を落とし、雄叫びを上げた。するとそこら中の小屋からオーガが飛び出してくる。二メートル半超えは当たり前、三メートルはありそうな奴もゴロゴロ居る。怖くなって身体を丸めるとアルマは腕の力を強めてくれた。

「アルマ! アルマか……生きてたんだな! 大きくなって!」
「一体どこに居たんだ!? あぁ……本当に、父親に似てきたな!」

声も大きい、耳が痛い。
アルマはオーガ達を一通り騒がせ、少し落ち着いたところを見計らって説明を始めた。王都で捕まっていたこと。そこで人間に弄ばれていたこと。インキュバス……俺と出会い、共に逃げ出したこと。結婚の約束を交わしていること。

「──と、いう訳で、母に会いたいんだが」

「あぁ……お前の母さんは、二年前に……」

「え……? そ、そう……か。なら姉は?」

「お前の姉さんは確か釣りに出てたはずだ、そのうち戻ってくるよ」

「そうか。じゃあ家で待つよ。悪いけど少し休ませてくれるか、話はまた今度」

アルマは集団を抜けて自宅らしい古びた小屋に入った。俺を下ろし、扉を閉め、深く息を吐いた。
オーガの集落のオーガの家なのだから当然だが、椅子も机もベッドも何もかも大きい。異世界に居る実感が強い。

「……アルマ。その、お母さん……」

「ん……あぁ、気にするな。予感はあった。それより……服を用意しないとな、少し待ってくれ」

明らかに落ち込んだ様子ながら棚を漁り、服を引っ張り出した。

「これは……確か俺が五歳の時の物だ」

獣の毛皮らしき服を着る。股下四センチ程度だろうか、丈は長めだ。襟ぐりも大きく、胸が丸見えになる。ワンピースのようだがオーガとしてはシャツなのだろう。

「……上も下もちょっと大きい」

服としては短パンだろうけれど、俺にとっては七分丈で、持っていないとずり落ちてくる。

「ちょっと大きいな……後でサクに合わせて作るから、とりあえず今はそれで我慢してくれ」

鎖骨が露出する辺りまで襟ぐりを後ろに引っ張り、袖口から縄を通して後ろで縛った。ズボンの方はベルトのように腰で縛れば留まることは留まる。

「……どうだ?」

「ゴワゴワするけど……まぁ、大丈夫」

縄が荒くて背中がチクチクする、そもそも毛皮の裏の処理が甘くて皮膚が痛い。オーガの肌と違ってインキュバスの肌は薄いのだ。
アルマは俺の頭を撫でて微笑み、家を出て行った。扉から顔だけ出して目で追いかけてみれば隣の家から服を貰って帰ってきた。

「俺の子供時代の服か姉の服しかなくてな……大人の男用のがなかったんだ」

「そっか……な、なぁ、アルマ。アルマって何年捕まってたんだ?」

「…………さぁ? 窓のないあの檻の中じゃ日付を数えられないからな、分からない」

集落の者達は「大きくなった」とか言っていたし、子供時代の服しかないのなら子供の頃に捕まったということか? 今幾つなのかは知らないし、オーガの成長速度も分からないが、二年以上なのは確実で──そんな長い間あの檻の中に一人だなんて、俺だったら気が狂っている。

「……なんだ、サク。寒いのか?」

アルマの人生……オーガ生? を想って寄り添うと優しく抱き締められた。

「…………アルマ」

「なんだ? サク」

強面に浮かぶ優しい微笑みは長い孤独で陰ってはいない。

「……好き」

悲惨な運命を超えても明るい彼が、たった二文字で顔を真っ赤に染める彼が、大好き。
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