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幼馴染からの電話が急に切られた(レン視点)

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幼馴染から電話がかかってきた。しかし、内容は恋愛関係にある別の男のややこしい事態の相談だった。しかも急に切られてしまった。

「……頼られんのは嬉しいけどさぁ」

居なければいいのにと常日頃から嫉妬している男に服や寝床を貸すだなんて、奴の幸福のために知恵を絞るだなんて、叫びたいくらいに嫌なことだ。

「もしもし、お父さん? うん……もちが家泊まりたいって。ミチも。お願い……うん、うん、ありがとう、愛してる」

なんであんな奴のために手間をかけてやらなきゃいけないんだ。

「はぁ……もち、ミチの方がいいのかなぁ。俺の女装、微妙なのかなっ……ミチのが可愛いのかなぁっ……」

俺にはない魅力を持つ形州が一番の敵だと思っていた。ミチなんてどうにでもなると思っていた。だが、もし彼の女装がノゾムにとって俺の女装よりも魅力的だったなら、俺は捨てられるかもしれない。

「やだぁっ……もちぃ……俺をお嫁さんにしてよぉっ……!」

ノゾムは優しいから言えなかっただけで、幼稚園の頃の婚約を真に受けて女装に精を出している幼馴染なんて気持ち悪かったのだろうか。

「違う……もちは、俺で勃ってくれた」

邪魔なミチなんて殺してしまおうか? 可哀想な境遇を利用してノゾムにベタベタひっついて、目障りなことこの上ない。
ちょっと服を貸して化粧をしてやっただけで俺に懐いて、俺に髪を整えられるのを気に入ってねだってきて、髪を梳いてやると気持ちよさそうにして、自分に殺意を抱いている相手だなんて知らずに「如月くん好き! あ、人間としてだからね!」なんてはしゃいで……

「バカバカしい……何考えてんだ、人殺しのお嫁さんなんて一番ダメなやつじゃん」

早く日本に帰りたい。生身でノゾムを抱き締めたいし、抱きたい。新しく覚えたメイクをミチにも試したいし、彼と双子コーデなんかもしてみたい。

「…………はぁ」

深いため息をついてベッドに寝転がり、目を閉じる。そのまま眠ろうとしたが人の気配を感じて目を開ける。

「……っ!?」

赤紫の瞳に見つめられていた。人間離れした美貌に恐怖を覚えて叫ぶことすら出来なかった。

「独り言激しいんだね」

「し、ししょー……来てたんですか」

「何かあったの?」

白髪に赤紫の瞳、とても本物の人間とは思えないほど整った顔と身体。人形のような美青年が俺の師匠だ、オカルト的なアレコレの。

「実は、もちが……」

他に愚痴を言える人は居ない。俺は師匠にさっきの電話の内容と不満点を話した。

「なるほど、他の男に起こった問題の相談をしてきた……と」

「はい……頼られるのは嬉しいんですけど」

「まずその根性が問題だね。他の男の名前を出したらひっぱたいてやればいいのさ、電話ならその場で切るんだよ。話している相手のことだけを考えられないなんて、躾がなってないにも程がある」

師匠はこれだから、彼にいくら愚痴っても仕方ない。分かっているけど誰かに聞いて欲しくなる。

「俺と師匠の恋人は違うんですよ、もちはひっぱたいたりなんてしたら本気で落ち込みます」

「僕に恋人はいないよ」

「え……? 形州の従兄の……あの、黒くてガタイいい人は……」

「アレは僕の犬だ、恋人じゃない」

「……あぁ、そうですか、じゃあもう師匠に恋愛相談なんて出来ませんね! 師匠は恋愛してないんですから!」

犬だの何だの言っていてもそれはSM的なことだろう? 流石に「恋愛していない」とまで言ったらムキになっていい相談相手になってくれるだろう。

「恋愛なんてくだらないよ」

俺の予想は大ハズレ。この人外を手玉に取ってやろうなんて一瞬でも考えてしまった俺がバカだった。

「究極の愛の形は支配と服従だよ。犬や猫を飼うと婚期が遠のくって言うだろう? 人間との恋愛なんかより、ペットとの主従関係が素晴らしいと気付いてしまうからさ」

「はいはい師匠の持論はそうなんですね! でも俺はもちと結婚したいし、対等な関係でいたいので!」

「……君が見所あるのは霊能力だけだね」

「このサディスト大魔王!」

拙い罵倒を感情のままに叫んでも、師匠の瞳は何の感情も孕まない。俺ごときでは彼の感情の一端すらも動かせない。
当然だ、彼が最も愛する人間ですら犬、それ以外の人間なんて羽虫以下なのだから。鬱陶しい羽虫は潰しても、喚くしか出来ない羽虫には何の感情も抱かない。

「……っ、自分を中心に世界が回ってると思いやがって」

「割とそうだよ」

「実力を兼ねた権力者はこれだから!」

「そろそろ寝たら? 明日早いよ」

「寝ます! おやすみなさい!」

毛布を頭から被り、師匠が部屋を出ていく音を聞く。日本は今何時だろう、ノゾムは俺の服を着たミチとイチャついたりしているんだろうな……そんなことを考えながら眠った。



朝起きて枕に触れると濡れていた。目元がカピカピする、泣いてしまっていたようだ、情けない、ノゾムにはこんな顔見せられない。

「如月、作戦会議だ、来い」

「え……?」

「この地域に巣食う群体の怪異を祓う時が来た」

師匠の仕事はここアメリカに発生した強大な怪異を祓うことだ。群体で散らばっては祓いにくいからと何週間も部下に追い立てさせて一箇所に固めていたのが、とうとう終わりを迎えそうなのだ。

「俺も行くんですか?」

「職場見学だよ。防護服は着せてあげるから安心して」

散らばっていた頃はたまに殺人を起こす程度の怪異だったが、一箇所に集まり融合を始めている今や災害級の化け物になった。固めて叩く作戦は本当に正しいのだろうか……

「霊的な嵐が起こってるから絶対に生霊は出さないこと、これは前にも言ったね。追加、このゴーグルと耳あてを外さないこと」

「……なんですか、これ」

「怪異による被曝から守ってくれるものだよ。悪霊は近くに居るだけで精神に悪影響を及ぼすってのは話したよね? あの嵐の中に入れば普通の人間なら死ぬまで自傷をやめなくなる」

なんで俺、そんなヤバいとこに行かなきゃならないんだっけ。

「怪異による被曝は目や耳などの感覚器官からのみ、そこさえ守れば大丈夫。変なものが見えたり、変な声が聞こえたりってのがそれさ。生霊の状態なら全身が被曝する、肉体は優秀な壁だから出ないようにね」

「……俺、ここで待ってちゃダメですかね」

ベースキャンプもどきのこの建物には霊的な結界が何重にも貼られており、とても安全な場所だ。正直出たくない。

「別にいいけど、将来雇うって話はナシになるよ。いいの? 高給取りにならなくて」

「お供します」

どんなに危険な場所だって構うもんか。将来もちにいい生活をさせてやるんだ。

「現金な子だ。着替えるから待っててね」

師匠は巫女服のような和装を持ってどこかへ行った。数分後彼は戻ってきた。やはり巫女服に見える。

「……あの、その仮面は」

「お務め中は顔を隠すって家訓があるんだ。どう? 似合ってる?」

師匠は頭を完全に覆うウサギを模した白いレザーマスクを被っていた。

「スチームパンクって言うか……」

視線を下に向かわせる。赤い袴の裾からはみ出て見えたのは真っ赤なレザーブーツだった、しかも爪先立ちになるようなピンヒールの。

「女王様って言うか……」

「似合うね?」

「……はい、似合います」

巫女服っぽいものにレザーマスクとヒールブーツなんて、もう、なんて言うか……風邪の日に見る夢って感じ。

「じゃ、外行くよ」

「あ、はい」

俺は射撃場で使われるようなゴーグルと耳あてをしっかりと装着し、師匠の後を追った。

「……静かですね」

ベースキャンプの外は想像とは違い、静寂に包まれていた。ただの廃墟が並んだ街といった感想だ。

「耳あてズラしてみたら?」

師匠が俺の耳あてを掴んで少しズラした。その瞬間、無数の人間の断末魔が聞こえてきた。

「ひっ……!?」

耳あてを戻すと何も聞こえなくなる。ほんの一瞬だったのに、心が酷く摩耗した。死にたくなってきた。

「次ゴーグルね」

座り込んだ俺のゴーグルを師匠がズラす。静かな街は無数の死体が転がり、骨や内臓を晒した悪霊が空を舞う地獄の風景へ一変した。

「はい終わり、どうだった?」

「サ、サイレントな……ヒルって感じですね。すごい変わりよう……これは、そりゃ、普通の人が手ぶらで入ったら死にますよ」

「この嵐はじわじわ移動してる、大都市にこれが現れたら一晩で九割九分の人間が死ぬ。ここは世界の中心アメリカ、世界情勢が変わりかねない」

「……追い込んでこの嵐作ったの師匠ですよね」

「中心に行くよ、芯を叩く」

こんなの本当に災害だ、いくら師匠が世界最高峰の霊能力者だからって、災害を祓うなんて──

「……っ!? 師匠、ゴーグルにヒビが……」

「中心が近いからね、あと何十メートルかだから頑張って」

ヒビの隙間から地獄絵図が見える。吐き気を覚えながらも師匠の背中を必死に追い、やがて彼は立ち止まる。

「これが群体が融合を果たした核だね」

核とやらを見た瞬間、ゴーグルのレンズが粉々に砕けてサラサラと地面に落ちる。

「ひ、ぃっ……!」

人間の死体をミキサーで潰して粘土のように使って人型にしたような巨人。それがゆっくりとこちらに手を伸ばしてくる。

「お仕事するとこ見ててね、勉強してよ」

「こ、こんな化け物っ、一体どうやって!」

「ペットボトルと一緒だよ」

突如、巨人が爆発四散し、後には大量のグロテスクな粒が残された。

「睨めば破裂する」

実体を持たない怪異の死骸が長時間残る訳もなく、血なまぐさい風景は断末魔と共に消えて静寂の廃街が戻ってきた。

「そういう霊能力なんだよ。水晶玉に遠く離れた地を映し出す者が居るように……君が生霊を出せるようにね」

俺は師匠の仕事から何も学べなかった。
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