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フルムーン・マッドロマンス
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「もう一人は嫌だ!」
空き缶の散らばるワンルームで一人嘆く、俺は一体いつまで一人なのかと。ぼっち歴が二十年を越えた今日、俺は我慢の限界を迎えた。開き直ることはとうとう出来なかった、孤独に心が負けてしまった。
かといって同僚を飲みに誘うだとか、憧れの女性上司に贈り物をするだとか、そんなことは出来ない。
出来ていたら俺は孤独な日々を送ってはいない。
俺は何も出来ないまま、何もしないまま、「ぼっち解消法」のキーワードでネットを漂っていた。好かれる話し方だとか、異性の落とし方だとか、積極的になれるおまじないだとか。
もっと何か、すぐに解決できるものはないのか?
俺は数時間に及ぶネットサーフィンの末、あるサイトを見つけた。黒い背景に猫や三日月、薔薇。少し前によく見たようなレイアウトだった。俺はその中のとある「おまじない」に目を惹かれた。
──満月の晩に、愛しい人を思い浮かべて等身大の泥人形を作る。そうすれば愛しい人はあなたのものに──
くだらない、馬鹿馬鹿しい。俺はそう思いつつも、今日が満月だったことを思い出し、家庭菜園をするつもりで買っていた土を持ち出す。酔っていたからそんな行動に出たのだ、そう言い訳をさせて欲しい。狭いベランダで泥をこねて人型に整形する。
泥団子を作っていた少年時代を思い浮かべ、こねこねこねこね。
ああ、そうそう愛しい人──憧れの上司を思い浮かべ、こねこねこねこね。
「……はは、ひっでぇ出来だ。さ、俺にロマンに満ちた日常を送らせてくれよ」
泥人形をベランダに寝かせ、軽く手を合わせる。人間大の泥の塊というのは少々気持ち悪い。期待なんてしていない、明日起きたら忘れている。
俺は手を洗って空き缶を片付けて、ベッドに潜り込んだ。
騒ぎ立てる目覚ましを止め、起床。カーテンを開けて太陽の光を浴び──そういえば昨晩おまじないを試したな、酔っていたとはいえ馬鹿な真似をした。
窓を開けてベランダに出る、休みの日にでも泥人形を片付けないと。
……おや? 件の泥人形がない。
「おかしいな……風で飛ぶような大きさじゃないし……夢だったのか?」
酔って記憶が曖昧なのだ、些細な奇妙など捨て置いて、とにかく会社に行かねば。いつも通りに満員電車に詰め込まれ、会社でも誰とも話さずパソコンと向き合う。
昼はコンビニでおにぎりでも買って食べる、つもりだった。当然一人で。
『……ねぇ、ちょっといい?』
トントン、と肩を叩かれる。叩いたのは入社前から憧れていた俺の上司だった。
「あ、は、はい。なんでしょう」
まさか昼休みまで仕事しろって言うんじゃないだろうな、せめて昼飯は食わせてくれよ。
『お昼、持ってきたりしてる?』
「いえ……これから買いに行くつもりです、朝は時間がなくて」
『なら、一緒に食べない? おごるから』
「…………え?」
それは、まさか、ランチのお誘い? お堅いと噂のあの上司が? これは……おまじないの効果か。いや、まさか。あれは夢だったはずだ。
断る理由もなく、上司に連れられ喫茶店へ。昼時だというのに人が少なく、俺の好きな雰囲気だった。
そこで楽しく昼食を──となればよかったのだが、俺は緊張してしまって何も話せず、上司の話もよく聞いていなかった。上手く喉を通らないサンドイッチをコーヒーで流し込む、味なんて分からない。
『今日の夜、空いてる?』
「へ?」
『……デートしましょ。私の家で』
俺はその時どう答えたのか覚えていない。何も言わなかったのかもしれない、その後どうやって会社に戻ったのか分からないし、仕事をした記憶も曖昧だ。だが終業時間、カバンに物を詰めて席を立つと、俺の腕に細腕が絡みついた。
『行きましょ』
「え、あ、あの……どこに」
『私の家よ、昼に言ったでしょう?』
彼女は俺の腕をぐいぐいと引っ張っていく、後ろから同僚のざわめきが聞こえた気がした。エレベーターに乗って、会社を出て、道を歩いて、電車に乗って──そのあたりもよく覚えていない。
気が付けば知らない家にいた。別に見たくもないニュース番組、熱愛報道やら犯罪やら、いつも通りの内容。
「……あの」
『なに?』
「な、なんで、俺を家に?」
沈黙に耐え切れずにした質問、それに言葉は返ってこなかった。彼女は俺の肩を手のひらで優しく押して冷たいフローリングに倒した。
『……しましょ』
何を!? なんて聞くのは無粋か。いやいや突然すぎる、こういうのはもっとお互いを知ってから、布団とかベッドとか、そういう物の上で……
そう考えつつも俺は頷いていた。
顔を紅潮させて微笑み、髪をほどいて、シャツのボタンを外して。俺は彼女の一挙一動に興奮していた、つけっぱなしのテレビから聞こえてきたニュースを聞くまでは。
「昨晩未明発見された女性の身元が判明しました」
読み上げられた住所はこの街、読み上げられた名前は……今目の前にいる、彼女の名前だった。
「遺体は損壊が激しく──、警察は事故と事件の両面から──」
テレビが暗転する、彼女が消してしまったのだ。
『もう、ムードが分からない人ね。どうしてテレビなんて見てるのよ』
聞き慣れた声だ、見慣れた顔だ、目の前の彼女は昨日まで見ていた彼女と何も変わらない。なら、今のニュースは?
『ほーら、私はもうあなたのものなんだから、そんな顔しないで?』
いつの間にか下着姿になっていた彼女は、俺の服を脱がしながら耳元で囁く。
『愛してるわ』
俺の口元に移動した唇はキスをねだる。初めてのキスは、土の味がした。
空き缶の散らばるワンルームで一人嘆く、俺は一体いつまで一人なのかと。ぼっち歴が二十年を越えた今日、俺は我慢の限界を迎えた。開き直ることはとうとう出来なかった、孤独に心が負けてしまった。
かといって同僚を飲みに誘うだとか、憧れの女性上司に贈り物をするだとか、そんなことは出来ない。
出来ていたら俺は孤独な日々を送ってはいない。
俺は何も出来ないまま、何もしないまま、「ぼっち解消法」のキーワードでネットを漂っていた。好かれる話し方だとか、異性の落とし方だとか、積極的になれるおまじないだとか。
もっと何か、すぐに解決できるものはないのか?
俺は数時間に及ぶネットサーフィンの末、あるサイトを見つけた。黒い背景に猫や三日月、薔薇。少し前によく見たようなレイアウトだった。俺はその中のとある「おまじない」に目を惹かれた。
──満月の晩に、愛しい人を思い浮かべて等身大の泥人形を作る。そうすれば愛しい人はあなたのものに──
くだらない、馬鹿馬鹿しい。俺はそう思いつつも、今日が満月だったことを思い出し、家庭菜園をするつもりで買っていた土を持ち出す。酔っていたからそんな行動に出たのだ、そう言い訳をさせて欲しい。狭いベランダで泥をこねて人型に整形する。
泥団子を作っていた少年時代を思い浮かべ、こねこねこねこね。
ああ、そうそう愛しい人──憧れの上司を思い浮かべ、こねこねこねこね。
「……はは、ひっでぇ出来だ。さ、俺にロマンに満ちた日常を送らせてくれよ」
泥人形をベランダに寝かせ、軽く手を合わせる。人間大の泥の塊というのは少々気持ち悪い。期待なんてしていない、明日起きたら忘れている。
俺は手を洗って空き缶を片付けて、ベッドに潜り込んだ。
騒ぎ立てる目覚ましを止め、起床。カーテンを開けて太陽の光を浴び──そういえば昨晩おまじないを試したな、酔っていたとはいえ馬鹿な真似をした。
窓を開けてベランダに出る、休みの日にでも泥人形を片付けないと。
……おや? 件の泥人形がない。
「おかしいな……風で飛ぶような大きさじゃないし……夢だったのか?」
酔って記憶が曖昧なのだ、些細な奇妙など捨て置いて、とにかく会社に行かねば。いつも通りに満員電車に詰め込まれ、会社でも誰とも話さずパソコンと向き合う。
昼はコンビニでおにぎりでも買って食べる、つもりだった。当然一人で。
『……ねぇ、ちょっといい?』
トントン、と肩を叩かれる。叩いたのは入社前から憧れていた俺の上司だった。
「あ、は、はい。なんでしょう」
まさか昼休みまで仕事しろって言うんじゃないだろうな、せめて昼飯は食わせてくれよ。
『お昼、持ってきたりしてる?』
「いえ……これから買いに行くつもりです、朝は時間がなくて」
『なら、一緒に食べない? おごるから』
「…………え?」
それは、まさか、ランチのお誘い? お堅いと噂のあの上司が? これは……おまじないの効果か。いや、まさか。あれは夢だったはずだ。
断る理由もなく、上司に連れられ喫茶店へ。昼時だというのに人が少なく、俺の好きな雰囲気だった。
そこで楽しく昼食を──となればよかったのだが、俺は緊張してしまって何も話せず、上司の話もよく聞いていなかった。上手く喉を通らないサンドイッチをコーヒーで流し込む、味なんて分からない。
『今日の夜、空いてる?』
「へ?」
『……デートしましょ。私の家で』
俺はその時どう答えたのか覚えていない。何も言わなかったのかもしれない、その後どうやって会社に戻ったのか分からないし、仕事をした記憶も曖昧だ。だが終業時間、カバンに物を詰めて席を立つと、俺の腕に細腕が絡みついた。
『行きましょ』
「え、あ、あの……どこに」
『私の家よ、昼に言ったでしょう?』
彼女は俺の腕をぐいぐいと引っ張っていく、後ろから同僚のざわめきが聞こえた気がした。エレベーターに乗って、会社を出て、道を歩いて、電車に乗って──そのあたりもよく覚えていない。
気が付けば知らない家にいた。別に見たくもないニュース番組、熱愛報道やら犯罪やら、いつも通りの内容。
「……あの」
『なに?』
「な、なんで、俺を家に?」
沈黙に耐え切れずにした質問、それに言葉は返ってこなかった。彼女は俺の肩を手のひらで優しく押して冷たいフローリングに倒した。
『……しましょ』
何を!? なんて聞くのは無粋か。いやいや突然すぎる、こういうのはもっとお互いを知ってから、布団とかベッドとか、そういう物の上で……
そう考えつつも俺は頷いていた。
顔を紅潮させて微笑み、髪をほどいて、シャツのボタンを外して。俺は彼女の一挙一動に興奮していた、つけっぱなしのテレビから聞こえてきたニュースを聞くまでは。
「昨晩未明発見された女性の身元が判明しました」
読み上げられた住所はこの街、読み上げられた名前は……今目の前にいる、彼女の名前だった。
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テレビが暗転する、彼女が消してしまったのだ。
『もう、ムードが分からない人ね。どうしてテレビなんて見てるのよ』
聞き慣れた声だ、見慣れた顔だ、目の前の彼女は昨日まで見ていた彼女と何も変わらない。なら、今のニュースは?
『ほーら、私はもうあなたのものなんだから、そんな顔しないで?』
いつの間にか下着姿になっていた彼女は、俺の服を脱がしながら耳元で囁く。
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