上 下
631 / 667

きゃんぷ、よん

しおりを挟む
浅瀬で立膝をついて座り、足に祖父を乗せて胸にもたれさせ、腕で軽く支える。

「で? 雪兎、何をしたいんだ?」

「遊びたいの! おじいちゃん泳げる?」

「さぁな、多分無理だ」

「じゃあ……」

浅瀬に立った雪兎は手を使って水飛沫を上げ、祖父の顔も頭もびしょ濡れにしてしまった。

「……っ、み、水の掛け合いか? いいだろう」

川は雑菌まみれだとか主張していたのだ、そんな水を顔に被った不快感は計り知れない。他者の体温を感じれば息を飲み、肉を食えば吐くような潔癖症だ、耐えているのが奇跡だ。

「お返ししてやるよ、ほらっ!」

「わっ! えへへっ、おじいちゃんもやるなぁ、えーいっ!」

幼くはしゃぐ雪兎に俺はもう見えていないのかもしれない。何度も何度も水を掛け合い、雪兎の息が上がる頃、祖父の顔は真っ青になっていた。

「ふぅ……ちょっと水飲む」

使用人から受け取った水筒の水を飲み、雪兎も祖父の顔色に気付く。

「おじいちゃん、大丈夫? 唇紫だよ、寒いの?」

「……寒い、が……平気だ。まだ遊ぶか?」

他人に触れられるのを嫌がる祖父を気遣って水着の上から触っていたから気付かなかったが、体温も低い。潔癖症ゆえの精神的ダメージに、体温を保ちにくい痩身が重なって今の事態を引き起こしたようだ。

「震えてるじゃないですか……!」

「ど、どうしよう……暖炉あったよね? 火つけてくる!」

「待ってくださいユキ様! あれ確か飾り暖炉でしたって!」

ロッジの方へ走る雪兎に向かって大声を上げ、使用人からバスタオルを受け取って祖父を包み、抱き締める。

「何か体を温められるものありませんか?」

「車に毛布が……」

「すぐ取ってきてください!」

「ポチー! ポチ、来て!」

雪兎の声の方へ行ってみると焚き火が行われており、傍に雪風が折りたたみ式の椅子に座っていた。

「マジで親父来てたのか……」

焚き火の傍に胡座をかいて足の上に祖父を座らせる。

「なんで焚き火なんかしてるんです?」

「魚釣ったからだよ。食えそうなのはアユしか釣れてないけど」

よく見れば棒に刺さった魚が焚き火に炙られている。

「そろそろ焼けただろ。粗塩降って……ほらユキ食ってみろ」

棒の持ち手にハンカチを巻いて雪兎に渡す。雪兎は祖父を気にしながらも一口齧り、目を輝かせた。川遊びで疲れ冷えたところに焼き魚、最高だな。

「で、親父は何してるんだ?」

「川遊びしてて体冷やしたみたいなんだ。何か温かい飲み物ないか?」

「味噌汁くらいしかないけど、親父こういうの飲まねぇだろ」

焚き火に当たってマシになったとはいえまだ寒そうだ。

「とりあえずくれよ」

雪風は鞄から水筒を取り出し、耐熱性のコップに中身を出した。ワカメと豆腐だけのシンプルな味噌汁だ。

「目分量の合わせ味噌だ、味見はしてねぇ」

「雪風が作ったのか。なんでそんな余計な冒険するんだよ……おじい様、ほら、雪風お手製の味噌汁ですよ」

「お手製とか言ったら更に飲まねぇぞ」

雪兎よりも弱々しく思える小さな手でコップを受け取り、祖父はじっと中身を見ていた。躊躇っているのだろう。

「おじい様、温まりますから、ね?」

「……お前が作ったのか?」

「作りながらくしゃみとかしてねぇぞ」

祖父はゆっくりとコップを傾けて味噌汁を一口飲んだ。コップを挟んで尖る唇を上から見た光景はまさに幼児そのもの。

「飲んだ!? 親父が……手作りを、そんなバカな」

「雪風、もう一匹食べていい?」

「昼飯は肉の予定だぞ、肉より魚がいいなら食っていいけど」

こくこくと味噌汁を飲み干した祖父の顔色は元の真っ白に戻っていた。元々顔色は良くないので安心してもいいだろう。

「おじい様、まだ寒いですか?」

「……いや」

焼かれていたアユは三尾。雪兎が食べ終えて雪風が今食べていて、残りは一尾。

「魚、食べます?」

「いらん」

残り一尾は俺のものになった。早速食べよう……うん、美味しい。

「……酷い日だ。雑菌まみれの水に浸けられて、目や口に少なからず入って、お前の気色悪い体温をずっと感じて、手作りの味噌汁を飲まされた。全く不愉快だ」

俺達三人の顔を順に睨み、祖父は深いため息をついた。

「これで足が動けば人生最悪の日だな」

俺が食べていた魚を一口齧り、俺にだけ分かるようにニヤッと笑った。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

モルモットの生活

麒麟
BL
ある施設でモルモットとして飼われている僕。 日々あらゆる実験が行われている僕の生活の話です。 痛い実験から気持ち良くなる実験、いろんな実験をしています。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

捜査員達は木馬の上で過敏な反応を見せる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...