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そふ、に

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雪兎より歳下に見える少年は度の入っていない黒縁眼鏡をかけており、平らなレンズもどきの向こうから赤い瞳を雪兎に向けている。その顔は雪兎にそっくりで、髪や肌は雪兎と同じ白。弟と言われれば信用するだろうが、俺は雪兎に弟が居ないことを知っている。

「……久しぶり、おじいちゃん」

雪兎の言葉を聞いて俺は天を仰いだ。まさか、まさかとは思っていた。雪風が「ショタジジイ」だとか「雪兎より背が低い」だとか言っていたから、少年……もとい祖父を見た瞬間から嫌な予感はしていた。

「何年ぶりだ? 大きくなったなクソが……てめぇも俺を裏切りやがって。で? 何の用だ」

うわ口悪っ……それでも名家の先代当主か。

「……こ、この間、電話で……大嫌いって言っちゃったから、それ、謝りたくて」

「…………そんなこと言ったか?」

本気で覚えていない顔をしている。たった一人の孫に大嫌いだなんて言われたのだからもう少しショックを受けておけ。

「言ったよ! 僕、それずっと気になってて……旅行中も、気になって……」

「はっ! 安心しろクソガキ、てめぇの言葉一つでこの俺がどうにかなると思うな」

初対面の雪風くらいムカつく。

「……その薄汚い野良犬を連れ込んでることの方が俺は不快だ」

眼鏡越しに赤い瞳に睨まれる──雪兎そっくりだから可愛らしい上目遣いだ、今度雪兎に眼鏡をかけてもらおうかな。

「…………ポチは汚くないよ」

「セックス用の犬のどこが汚くないって言うんだ? あぁ? 気持ち悪ぃんだよ、ヤったことねぇ頃のお前はまだ可愛がれたが、ヤった以上お前もお前の親父と一緒だ、二度と俺に触れるな」

「分かった。でも訂正して、ポチは汚くない」

「……はぁ?」

…………潔癖ってそっちも? いや、いくら潔癖だからって孫に対してなんて言い草だ。

「……あなたも愛した女性としたから息子二人も居るんでしょ、何そんなに過剰反応してるんですか」

「俺は精子を取らせただけで相手の女なんか見てもいねぇよ、勝手に話作ってんじゃねぇぞ駄犬が」

「……童貞?」

「殺すぞ」

嫌な思い出があるのかと思ったが、そういう訳でもないのか。いや、もしかしたら雪風のように幼少期に性的虐待を受けたのかもしれない、それなら多少歪んだ性格をしていても大目に見てやりたい。

「……何か嫌な思い出でもあるんですか?」

「ねぇよある訳ねぇだろクソキモい。他人の体温残った椅子すら嫌なのに他人に触れるなんざ気持ち悪過ぎるクソ、あぁもうなんか寒気してきた……」

特に原因はないのか、まぁ、そういう人も居るだろう。思いっきり抱きついてやろうかなんて考えるな、俺。

「…………とにかく、おじいちゃん。大嫌いって言ってごめんなさい、僕、おじいちゃんのこと大好きだよ」

「あっそどうでもいいわ」

雪兎に右手首を掴まれて初めて自分が拳を振りあげようとしていたことに気付く。自分の瞬発力がたまに怖い。

「……ごめん。やっぱり迷惑だったみたいだね、もう帰るね。行こ、ポチ」

震える声に顔を覗けば雪兎は涙を流していた。その涙は全てマスクを濡らして止まり、顔の下には落ちていない。しかし、悲痛さは嫌というほど伝わる。

「…………失礼しました」

「待て」

一応会釈をしてからすすり泣く雪兎の後を追おうとすると呼び止められた。

「犬、お前だけ残れ。雪兎、帰れ。聞き耳も立てるなよ」

「え……? わ、分かった……ポチ、また後でね」

明らかに不安そうな瞳を俺に向けて、雪兎はパタパタと廊下を走っていった。

「……孫に対して酷いですね、愛情とかないんですか」

「家庭教師の件だが」

言ってやろうと考えていた嫌味が全て吹っ飛んだ。家庭教師とはあの家庭教師のことか、幼い雪風を虐待し、ついこの間も暴行したあの男のことか。

「着いてこい」

キィ……と車椅子が鳴る。ゆっくりと回転し、部屋の奥に向かう。扉を二つ抜けるとエレベーターがあり、そこを登ってきた階段以上降りるとコンクリート打ちっぱなしの窓のない地下室についた。地下室の中心には椅子に縛られた男が麻袋を顔に被せられ、袋の上から口を縛られ、俺達に気付いて唸った。

「……お前が発覚させたんだよな?」

「は……い、雪風が、酷い怪我をしていて」

「能力が高かったから爪二十枚で見逃してやったクソ野郎、性懲りも無く俺の息子に手ぇ出しやがって……今度こそ覚悟しろよ」

祖父の声を聞いてか麻袋の奥からの声が大きくなる。祖父は楽しげに口元を歪め、車椅子の車輪で爪と皮膚を剥がされた家庭教師の爪先を轢いた。

「汚ぇ声で鳴いてんじゃねぇよ豚、てめぇが俺の息子にしやがったことの一兆分の一ですらねぇだろうが、あぁ?」

何度も何度も轢いて、その度に肉が潰れて血が床を汚していく。殺してやりたいとは思っていたが、流石に、これは……

「……犬、ほら」

祖父は懐から見慣れない工具を取り出し、俺に渡した。

「お前の為に足の指は置いといたんだ、やっていいぞ」

「え……?」

「孫になったお祝いだ、かなり遅いがな」

足の指は置いておいたという言葉に呼吸を荒くし、家庭教師の後ろに回り込むと、彼の手が真っ赤に染まっていて丸っぽくなっていることだけが分かった。
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