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第四十五章 消えていく少年だった証拠

人間の戦い

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部屋を出てため息をついていると背後で扉が開き、バスローブを着た国王が出てきた。

「新支配者どの。まだ話したいことがある、そうせかせかしないでもらいたいな」

『……すいません。でも、場所変えるのはいいでしょ、変えなきゃダメでしょ』

「何をそんなに気にしてるんだか」

何故そんなに気にせずにいられるんだ。

「決戦前にヤっておくのは重要なことだ、戦いで死んでも子孫が残る」

『……好きな人に子供を一人で育てさせることになる。忘れ形見なんて押し付けられた方は迷惑でしかないですよ、決戦後じゃ暮らしにくくなるのに』

国王はだらしなく伸ばした後ろ髪をまとめながら鼻で笑う。

「青いな、新支配者どの」

意味が分からない。身勝手なのはそっちだろう、考えが浅いのはそっちだろう、子供を育てるには父母が揃うのが理想なのだから。

『……話したいことはその下品な話ですか』

「おいおいおい生命の営みを下品とか言うなよ。でも、違う、話したいことは別だ、科学の国についてだ」

話しながら歩いていく国王の後を追う。

「悪魔王どのは科学の国はノーマークらしい、だが、あの国の科学力、兵器はおっそろしい。並の悪魔なら吹っ飛ばせるだろう、だから対処が必要だ。そこで、だ、新支配者どの。科学の国はウチがやる」

すれ違いざまにメイドの尻を撫でながら話されては集中できない。

「人間同士の戦いだ。正義の国を潰しても科学の国が残ってちゃ真の平和は訪れねぇ。新支配者どのは人間に被害を出すのを躊躇ってたが、同じ人間が人間を殺すんだ、文句はねぇだろ? 上位存在様」

人間の倫理観を持っている者としては文句はあるが、上位存在としては文句は言えない。部外者なのだから。

「科学の国は正義の国とツーツーで、戦争に向けて準備を完了させてる。ぶっ潰さなきゃは当然の思考だろ? いいよな?」

『……あなたは神降の国の王で、僕は酒色の国の王、神降の国は酒色の国の属国なんかじゃない』

「…………許可は要らねぇ、って?」

頷くこともなく黙ったままでいたが、国王は僕の顔を見ることもなく肯定と取った。

「じゃ、攻撃開始命令でも出してくるかな。それじゃ、生きてたらまた、新支配者どの」

適当な別れの挨拶を呟きつつ、これが最期になったら僕は後悔するのだろうかとふと思う。しかし国王はどうやって科学の国を攻める気なのだろう、竜の里を出るには竜の協力が居るのに、どうやってここから軍を送る気なのだろう。その点を指摘しなければと走ったが、国王の姿はどこにも見えない。不可視化の兜を被っているのだろうか?

「お、魔物使いー! 居た! 探したぞ!」

国王探しを中断し元気な声の主を探してみれば、オレンジ色のポニーテールが揺れていた。大剣を背負った少女──セレナが走ってくる。

「魔物使い、戦争っていつなんだ? ここは疎開地なんだろ? アタシは戦うぞ、どこに行けばいいんだ?」

『ぁー……えっと、セレナ、この戦争は悪魔と天使の互いの存亡を賭けたもので……人間の君が出るのは、ちょっと』

「……正義の国は仇なんだ、アタシの故郷はあの国に滅ぼされたんだ。この戦いで死んだっていい、せめて一発ぶち込んでやんなきゃ気が済まねぇんだよ」

よくもまぁそんな簡単に「死んでもいい」なんて言えるものだ。僕も故郷を滅ぼされてはいるが、そのことでナイを憎んでいるわけではないので、その感情は理解し難い。

「それにさ、雪華に会いたいんだよ。引っ叩いて目ぇ覚まさせてやりたいんだ」

『…………無理だよ、雪華は……』

「やってみなきゃ分かんねぇだろ! お前は悪魔と天使の戦いだって言ったけど、正義の国に人間は大勢居る! 悪魔は天使相手にすりゃいいんだ、アタシは人間相手に戦う! それならいいだろ」

国王と似たようなことを言う。彼は人間と人間のみの戦場で戦うと言っていたからまだいいが、セレナは上位存在同士の戦場に立とうとしている。それはダメだ、味方の攻撃で死にかねない。

『……ダメだよ、セレナ。ここに居て。死んでもいいなんて言わずに、復讐以外の生きがい見つけてよ』

「お前もそういうこと言うんだな……ならいい、もういいっ! 勝手に出てってやる!」

勝手に出ていくことなんてできない、竜の里からは竜に連れられることでしか出入りできないのだから。
どうやってセレナの機嫌を取ろうか考えて、そもそも彼女の機嫌を取る必要があるのかなんてところまで考えが及んで、僕は深いため息をついた。

『癒されたい……カヤ、家帰ろ……』

ヴェーン邸の玄関前に移動すると宙を泳いでいたシェリーが嬉しそうな鳴き声を上げた。巨体をくねらせて喜びを表現するシェリーに軽く手を振り、邸内へ。

「よぉ魔物使い、血ぃ取らせてくれ」

部屋に向かう途中ヴェーンに声をかけられた。首を傾けて注射器を刺させ、血が抜けていく感覚を楽しむ。

『……ヴェーンさんはここに居るの? 戦わないよね?』

「当たり前だろ、悪魔と天使の全面戦争だろ? 二秒で死ぬわ」

『そっか……よかった。ヴェーンさんにはできれば死んで欲しくないから』

「できればかよ……お前よくそんなこと言えるよな。俺、お前の足ぶっ刺して右眼抉ったんだぞ?」

まだ気にしているのか。あの当時はかなり落ち込んだが、ヴェーンに対する怒りや恨みはない。もし足を刺され目を抉られたのがアルだったとしたら、とっくの昔に殺していただろうけど。

「はぁー……ほんっと、最高だなお前は。信仰して正解だ。じゃあな」

僕の目と注射器の中の血を交互に見て恍惚とした表情をしたヴェーンは弾む足取りで自室に帰った。僕も自室に──と、来客を告げる鐘が鳴った。微かな苛立ちを隠して笑顔を作って扉を開けると、八つ目を晒した大男が立っていた。

『ぁ、えっと……ウェナトリアさん?』

「帰ってきたと聞いてね、挨拶しなければと。久しぶり魔物使い君、この度は疎開の手助けをありがとう」

『い、いえ……』

ウェナトリアは目を隠していない、背に生えた蜘蛛の脚もだ。怯えてはいけないと分かってはいるが、生理的嫌悪感は意思だけでどうにかなるものではない。

「吸鬼や獣人とも仲良くなれたよ、シュメッターリング族などはまだ交流を警戒しているけれど、みんないい人達だね。私の目も脚も素晴らしいと言ってくれたよ」

だから隠していないのか? 同じ亜種人類と関わる時にも隠していたくせに?

「……私はどこかで人間になりたがっていんだろうね。でも、彼らはそれを否定した。自分を嫌うなと、自分を信じろと、言ってくれたんだ」

『はぁ……よかった、ですね?』

「あぁ、正直蜘蛛の姿を晒すのは気が引けるんだが……こういうものを隠した方が他種族には不快感を与えるらしい。見た目が全く違うのが当たり前だからね、隠してはそれを非難していると受け止められてしまう」

隠したいのなら隠してもいいと思うのだが……服装は個人の自由だろう。全て晒せだなんて横暴だ。

『…………僕は羞恥心が人一倍強いので、外を歩く時はローブのフードをよく被っています。ただの趣味、ただの服装ごときで自分に向けられる感情を読み取ろうとするのは、僕はあまり好きではありませんね』

「……えぇと、私は目隠しをしていた方がいいのかな?」

『自分で決めてください。邪魔なのに周りに気を使って付けるなら外せばいいですし、したいのに周りに気を使って外してるなら付けてればいいんですよ。もちろん、周りと上手く付き合いたいって言うなら周りに合わせてもいいと思いますけど』

「うぅん……急に自由になると困るものだね」

僕はこんな考えを持っていただろうか、何も考えていなかったんじゃないのか? どうしてこんなにペラペラ話せるのだろう……自由、まさか、自由意志の属性がそうさせたのか? アルが気にしているのはこういうことなのか?

「まぁ……見えているとはいえ目隠しをしているよりは外していた方が視界は良好だし……目隠しはしなくていいかな。でも、背中が丸出しだとちょっと肌寒いし……上着は着ておこう。これでいいんだよね?」

『好きにしてください。でも問題が起こったら僕に相談してください。自由を守るのは僕の義務です』

考えるより先に口が話す──あぁ、やはり僕はヘルシャフト・ルーラーではなくなっていっているのだ。でも、まごついて何も話せないヘルよりも、今の僕の方がいいだろう。ウェナトリアだってスッキリとした表情で帰っていった。アルにも今の僕の素晴らしさを知ってもらわなければ。
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