上 下
774 / 909
第四十章 希少鉱石の国で学ぶ人と神の習性

軍人集め

しおりを挟む
会談や視察、訪問の予定はない。しかしライアーに押し付けられる書類仕事ばかりでもない。希少鉱石の国を初め他の貿易国にも軍を置くという約束をしてしまった。軍を作らなければ。

『……ってことで、ベルゼブブ。意見ちょーだい』

『アンタ馬鹿なんですか? どうして無いものを有るとして交渉するんです?』

『暴言は要らない……っと、あぁー、お父さん負けちゃったぁ。クラール強いねー』

リビングの机を挟んで向かいに座ったベルゼブブが呆れた目を向けてくる。僕はクラールと縄の引っ張り合いをしながら軍作りについて聞こうとしていた。

『そもそも国って普通軍ない? なんでこの国ないの?』

『アシュメダイが居ましたからねぇ。有事の際には自分の軍団を魔界から一時的に引き上げますから。同じ理由で娯楽の国にも軍はありませんよ』

『そっかー……じゃあ一から作らないと。魔法の国にも無かったしなぁ……』

魔法の国には絶対に破れることのない結界があった。魔法を教えた神が来なければずっと平和だったのだ。まぁ、魔物の襲来がなく魔法の国が滅びなかったとしたら、僕は兵器の国で兄の玩具として一生を過ごしただけだろうけど。

『陸、海、空、が基本ですかね。空軍なら担当してもいいですよ』

『ありがとう! お願いね』

『即断即決……いい事ですねぇ』

嫌味だろうか。いや、一々気にするな。

『海……は、まぁ、船護衛用に集めたけどまだ待機させてる子居るし……人は問題ないけど統率役が欲しいな』

『大将って奴ですね』

『…………酒呑でいいかな?』

彼に海の印象はないけれど、水を扱う術を使える。派遣するのは彼自身ではないし、名前だけ借りておこう。

『で、陸軍……かぁ。ベルフェゴール?』

『寝てますよ?』

こちらも名前だけ借りるつもりなので寝ていようと何していようとどうでもいい。

『マンモンは空軍に欲しいですし……まぁ、ベルフェゴールが順当なんでしょうか』

『僕立候補していい?』

ひょこ、と肘掛けの影から顔を出す兄。驚き過ぎて大きな反応はできなかったが、多分心臓は何秒か止まったと思う。

『兵器の国で大佐やってたし、軍の動かし方は結構勉強したよ。どれかって言えば陸が一番得意だし、やらせて』

溶けた身体で強引に僕と肘掛けの隙間に入り込み、最も早く固体になった頭部を目の前に持ってくる。兄が座るスペースを確保し、全身が個体になるのを待った。

『第一候補はベルフェゴールだったし、にいさまがやってくれるって言うなら文句ないよ』

第一候補からして最低保証以下だった、悪魔に比べて戦闘力で劣っていても多才で怠け癖のない兄は申し分のない立候補者だ。

『じゃあにいさまは陸軍大将ね。ベルゼブブが空軍大将、酒呑が海軍大将……後は人員…………それぞれでスカウトしてくれない?』

『はっ倒すぞクソガキ。おっと失礼口調が乱れました。私は軍団持ってますから……まぁ、ほぼほぼ魔界から出られない中途半端な悪魔なんですけどね』

『人界でしっかりやってもらえないと困るよ』

ベルゼブブの補佐に力の供給役が欲しいな。無限となると合成魔獣のうち誰か……いや、アルを除いた二人のどちらかを入れておきたい。

『あ、そうそう、希少鉱石の国から返品させてきた魔獣達、野生に帰ってくれなくなっちゃったからさ』

『じゃあ鳥はうちが。犬と猫は兄君どうぞ』

『獣臭い軍だね……僕は適当に他の子誘っておくよ、家に居る子使っていいだろ?』

『強制じゃなきゃね……』

兄のことだ、予め釘を刺しておかなければ自主的な行動を強制するに決まっている。生返事に不安を煽られつつも兄を見送り、ベルゼブブに向き直る。

『あのー……何でしたっけ、ピンク色の淫魔』

『セネカさん?』

『あの人欲しいです』

『誘っておいて。後さ、仕事してる人は派遣できないからさ……その』

『派遣要員は別で確保しますよ』

僕は国を強く見せるために軍の体裁を整えたいだけだ。トップならまだしも別の仕事をしていて使えない下の人員が要るのか? ベルゼブブはもしかして別に軍を使う気ではないだろうか。

『……じゃあ、軍作りは任せるよ』

『魔物使い様は何するんです?』

『家族サービス?』

『死ねば?』

無表情のまま声色を変えずに他者に死を要求する、流石は悪魔だ。なんて冗談はさておいて、僕も本当に妻子と戯れるだけの時間は過ごせない。兄とベルゼブブには人員集めを押し付けられたが、酒呑は今仕事中だし今後も忙しいし海上海中戦闘を得意とする魔物に面識があるとは思えない。

『……さて、お父さんは鮫系の魔獣スカウトに行ってくるから──』

『私も行く』

ベルゼブブを見送ってクラールに話しかけていると机の下からアルが這い出てきた。寝ているとばかり思っていたが、起きていたらしい。

『大丈夫? アルの羽根ってアヒルとかのじゃないでしょ』

『……貴方が他所の女と会うと分かっていて濡れるのを嫌がっていられるか』

『他の女って……鮫とかだよ?』

呆れた、とまではいかないけれど近い感情でアルの目を見つめると、ぐるる……と唸り声が返ってくる。

『……ゃ、あの……連れてきたくないとかじゃなくて、海大丈夫かなって……あの、うん……』

『…………ヘル、知っているか?』

『な、何を? 僕が鮫って言ってるの実は全部鯨とかそういう話はやめてよ、前に言われた時すっごい恥ずかしかったんだから……』

鮫は魚類で鯨は哺乳類という明確な違いがあるらしい、僕が貿易船の護衛用に集めたのは鯨類の群れ。背びれだけで「サメっぽい、多分サメ」と言っていた過去の僕を殴りたい……銀の鍵はこういうくだらない時に使っても門を開けてくれるのだろうか。

『狼というのは執念深い生き物でな、集団で何日も獲物を追い掛け続けるんだ。睡眠や休憩を邪魔し、追い詰める…………なぁ、ヘル? 私は狼の群れの中で生きた事は無いし、そう長く獲物を狙った事も無い。けれど……きっと、私はそういう女なのだ』

『……な、何が言いたいのかよく分かんない』

『貴方に限って無いとは思うがな、どんな狡猾な女が貴方を狙うか分からん。貴方は警戒心が緩いからきっと簡単に懐に入られてしまう』

僕はそんなにモテないし、そう警戒心が緩くもない。

『…………朝起きた時に見知った女の喰い散らかされた死体を見たくないのなら、私以外の女には冷たく接する事だ』

仲良くなった人に夜這いでもされたらその人を喰い殺す、それも僕に見せるために汚く喰う、そういうことだろうか。怖いなぁ。

『……アルも、ね。あんまり他の人と遅くまで飲んだり撫でられたりしないでよ。僕、八つ当たり酷いタイプだから』

『あぁ…………ふふ、ヘル……好きだよ』

『僕も、大好き』

脅し合って目を合わせて微笑み合う。こんな夫婦関係はきっと普通ではないのだろう。けれど僕は生まれてこの方普通だったことはないし、ずっとその言葉に苦しめられていたから、誰に「普通じゃない」「異常だ」と批判されても積年の恨みを込めて切り捨ててみせる。
互いの愛を攻撃的な未来の夢想で表現するのは案外楽しいのだ。

『海、か…………ふむ、クラールを海で泳がせてみてはどうだ?』

港に到着し、ちょうど来ていた貿易船の護衛の海洋魔獣達を目の前に、アルが呟く。

『んー……この季節はちょっと寒そうだけど。派遣要員探すなら暖かいところも行くかもしれないし、そういうとこ行ったら泳がせてみよっか』

今まではプールと湯船でしか泳いでこなかったか、海の方が浮力が大きいなんて聞くし、何より波が楽しいだろう。僕は仕事と称して家族旅行を楽しむ海はどこがいいかと世界地図を頭に浮かべた。

『しかし……ヘル、貴方が鮫と言っていた魔獣、これは……逆叉では』

『なにそれ』

『殺し屋鯨だとか海のギャングだとか呼ばれる恐ろしいモノだ』

『へぇ……殺し屋。頼もしい……』

桟橋に立ち、集まって来ていた魔獣達に手を伸ばす。間近に居た子を撫でると黒と白の身体をくねらせて桟橋に登ってこようとした。止めなければと力を使う間もなく隣に居た子が撫でていた子に体当たりを仕掛け、僕の方を向く。

『…………可愛いなぁ』

『早く止めなければ桟橋が壊れるぞ』

僕を求める争いに頬を緩ませていると引っ込めた手にアルが額を押し付けてきたので、争いを止めずにアルを撫で回すのに尽力した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

もふもふな義兄に溺愛されています

mios
ファンタジー
ある施設から逃げ出した子供が、獣人の家族に拾われ、家族愛を知っていく話。 お兄ちゃんは妹を、溺愛してます。 9話で完結です。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

処理中です...