上 下
732 / 909
第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛

叢雨

しおりを挟む
ウリエルはどうやって神封結界の効力から逃れたのか。その謎を解明しておかなければ他の天使が同じ対策を取った時に対応出来ない。そう思った僕は彼女に跨り、ぱっくりと開いた切り傷に手を差し込み、みちみちと音を鳴らして中を覗いてみた。
切り裂いてまろび出た内腑の更に奥、背骨に沿って埋め込まれたそれは赤々と輝いていた。背骨とその輝く何かを砕き、手のひらに包めるだけ取り出して太陽の光の下で観察してみる。

『なっ、な……何してるの、魔物使い君……』

『だぁーりー……ひぃっ!?』

セネカとメルの怯えた声を無視し、骨を捨てて石らしき物だけを手のひらで転がす。細かく砕いてしまったために分かり辛くなってしまったが、石の中に炎が揺らめくようになっているのが見て取れた。

『あら……美味しそう』

『やめとき、毒やでこんなもん』

『淫魔の死体ならそこら中にあるから拾ってくれば? もう蘇生も出来ないの結構あってさ、処分大変だし置いとくと病気の元だし……』

仲間達も集まってきたので意見をもらおう。そう思って立ち上がると、メルとセネカは互いに抱き合って後ずさった。首を傾げつつライアーと酒呑に石の破片を渡す。

『魔石……かな? 希少鉱石の国で採れるやつ』

『魔石や言うんは知らんけど……なんや、アレ、茨木ー、アレなんや、ゼンマイやないからくり動かすん』

『電池ですか?』

『それそれ。それっぽいわ頭領』

電池……確か、コードとかいう邪魔な紐がない僕が好きな部類の電化製品に必須の何か。前にこれは何だと尋ねた時には「この時計のご飯だよ」なんていかにもな子供騙しを語られたような。

『それも二次電池。便利そうな石やねぇ、あるだけ取っとき』

『にじ……?』

『充電出来るやつと出来へんやつがあって出来るやつのことを二次電池言うんよ』

『へぇ……?』

『……マッチとライターやね』

『なるほど……?』

何故電池の話をしていて電化製品でないマッチとライターの名前が……? いや、例え話か? よく分からないな。

『魔力を溜めておけるってことだよね?』

希少鉱石の国で採れる魔石にはそんな特性があった。焚き火の中に入れておくだけで炎の力を溜められる非常に便利な物だ。

『これは神力だけどね。石自体は変わらないのかな? どんなものでもエネルギーを溜められる…………運動エネルギーとかでも出来るかな……それなら……』

ライアーまでウリエルの体内を漁り出す、メルとセネカはもうこっちを見ようともしない。ライアーがそんなに興味を抱く物なら、それだけ便利な物だと言うのなら、希少鉱石の国との貿易も考えてみなくては。

『溜めてる神力は奪えないってのは前にもあったんだけどなぁ……光輪と羽で十分情報はあったのに、油断してたかなぁ』

『誰も死んでへんしええんちゃう?』

『僕達はねー……』

先程ライアーがさらっと言って、流してしまった発言。蘇生も出来ない……死んでしまって取り返しがつかない国民が大勢居る。手放しで喜ぶのは立場上許されない。

『……あれ、にいさまは?』

『何か、でっかい蝙蝠に絡まれて……どっか行っちゃった』

物陰からフェルが姿を現す。
大きい蝙蝠か、心当たりはないな。

『もー……とりあえず全員揃って話したいのに』

ライアーに兄がどこに居るのか、それとアル達がどこまで逃げたのかを調べてもらう。それを待つ間暇になった僕は何かを掴むように虚空に手を浮かべた。そうしていると手の中に黒い傘が現れて、その傘に作られた足元の影から女の手が伸びる。

『……演舞、俄雨』

傘を差す前に見た空は青々と広がっていたのに、突然雨が降り出す。手を伸ばして手のひらを濡らせばそこに雨水の剣が完成し、影から伸びた手を切り刻み、その胸を貫くと、剣はまた流れ落ちる水に戻った。傘を閉じて影の中に収納すれば、闇色の髪の女は消えていた。

『魔物使い君? 何してるの?』

『……仕留め損なってるの居たから』

『え……ぁ、レリエル? ボク、倒せてなかったんだ』

どうやら彼女はセネカと一度戦っていたようだ。この国の監視役でセネカとも仲が良かったはずだが──まぁ、どんな仲でも天使は天使、命令次第で魔性との友情なんて忘れてしまう。

『……あれ、セネカさん濡れてませんね』

『へ? なんで濡れるの?』

空を見上げれば雲ひとつない晴天。

『………………返り血、浴びてないんですね』

『こっ、怖いこと言うなぁ……浴びたけどちゃんと吸い取ったんだよぉ、放っておいたら汚いじゃないか……』

僕で言えばスープを零したシャツをしゃぶるようなもの──ではないのか、浴びた返り血を吸うことは。吸うと言っても口からでないからそういった抵抗はないのか。

『魔物使い様、兄君と先輩同じ場所に居るみたいですよ。浮気ですね浮気』

『冗談でもやめてよねそういうの……向こう行って何かしたら責任取ってよ?』

ベルゼブブに腕を組まれ、ライアーが描いた空間転移の陣の中に入る。クリューソスとカルコスが陣の外で喧嘩をしていて入ってこないだとか言ってまだ発動はしない。

『……にしても魔物使い様、何か……変わりました?』

『ん……あぁ、天使が一人、魂くれたんだよ』

『へ? 本当ですか? 魔物使い様の妄想じゃないならそれは凄いですよ、同じ属性の天使は二度と創られませんし、創造神の属性を一部奪ったってことですよ! ま、一人二人じゃどーってことありませんけどね』

偉業のように褒め称えておいて最後に鼻で笑うなんて話の組み立て方、どんな思考回路をしていたら出来るのだろう。とても先程見た目相応の泣き方をしていたとは思えない、やはりこっちが素ではないだろうか。

『……じゃあ、これからもどんどん魂もらおう。創造神に心酔してないの探して、口説き落とそう』

『わぁ、屑』

たった二音で人の心を折ることが出来る、それが地獄の帝王。少し前の僕ならそう言って蹲っていただろう、けれど今はアルに会えたなら全ての心の傷が癒える、折れた心だって繋がって立ち上がる。

『アルー! 会いたかったよアル!』

空間転移が終わり、眩んで戻っていない白い視界のまま両腕を広げて飛び出す。すると斜め後ろから誰かに抱き締められた。

『僕も会いたかったよ。ね、お兄ちゃんどうだった? お兄ちゃん上手く出来ただろ?』

どうやら兄のようだ。今日活躍してくれたのは確かな事実。労わなければ、感謝しなければならないことだ。しかし──

『うん、にいさまかっこいいだいすきまたあとでね』

──今はアル、そしてクラールだ。

『……聞いた? 偽物』

『よくあんな棒読みで満足出来るね、尊敬するよ』

兄の腕をすり抜けてライアーに押し付け、ベルゼブブに組まれていた腕も透過してアルの前に座る。

『ヴェーンさん、お疲れ様。飲んでいいけど……』

「…………今はいい」

一応隣に座っているヴェーンを気遣うところも見せて、改めてアルに向けて両腕を広げる。アルは何も言わずに僕に身を任せた。

『僕勝ったよ、アル。みんなも無事、良い結果でしょ?』

予定ではアルが僕を労ってくれるはずだった、褒めてくれるはずだった、けれどアルは何も言わない。僕の膝に乗せた前足の爪を布を越えて皮膚に食い込ませて、僕の胸に頭を押し付けて、身体を僅かに震えさせていた。

『…………アル? どうかしたの?』

黒翼で僕を抱き締めるアルの顔を見ようと首に回していた手を顔の横に添えたその時、背後で大声が上がった。

『マスティマ……!? どういうことですか兄君!』

『え? マスティマ様!? 何……この怪我』

ベルゼブブとメルか……マスティマだって?

『説明面倒なんだけど……そいつ実は敵で、アルちゃん狙ってたみたいだね。僕がギリギリ間に合って封印した』

振り向けば封印陣の上で虫の息のマスティマが居た。天使の殺し方は僕に還った驟雨が教えてくれた、実行してしまおうと腰を上げかけ、震えているアルと彼女が頭の中で繋がって静止する。
マスティマはアルを狙っていた、兄はそう言った。
そのアルは僕を見て抱き着き、何も言わず震えている。

『………………何されたの、アル。言って! 何されたの!』

復讐してやるから──そう言おうとして、辛そうなアルの顔を見て、また動きが止まって声も出なくなる。

『お腹にいっぱい攻撃されて真っ二つにされたんだよね? それでも噛み付いて離さなかった根性凄いよ……僕が来た時にはもうダンピール死にかけてたし、クラールちゃん守るにはやるしかなかったんだろうけどさ』

兄に聞いただけで万事に値する所業だと判断出来る。けれど、それを今ここで行う訳にはいかない。
今はとにかく何をどう思って震えているのかも分からないアルを慰めて話を聞かなければ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜

櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。 はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。 役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。 ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。 なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。 美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。 追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...