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第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛

青空学級

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昼食を済ませて視察を再開する。と言っても僕が特区から学ぶことはほぼないだろう。本物の国王の視察の様子を──と言うには彼は奔放過ぎる。

「やぁ、美しいお嬢さん。何か困っていることは? 例えば輝き過ぎて太陽に嫉妬されてしまうとか……」

「はいはい行きますよ父上」

「ま、待てっ、あの子はまだ落としてない……!」

アポロンが居るから何とか視察として成り立っているけれど、国王だけならただの口説きツアー。

「……不可視の兜、この手に!」

「えっ、ちょっと父上! 父上!? どこに……」

髑髏を模した兜が国王の手に現れたかと思えば彼の姿が消える。腕を振り払われたアポロンはわたわたと手を動かしたが、彼には触れなかったようだ。

「逃げられた……ぁ、あぁ、すまないな……隣国の王の前で。えぇと……」

『……アポロンさんが引き継いでくれませんか? あなたの方が勉強になりそうです』

「そ、そうか? ありがとう。いや、父上も普段はもう少ししっかり国王してくれるんだがな……」

顔見知りだから気が緩んでいるとでも? まぁ、他人行儀にされるよりはマシ……でもないな、しっかり対応して欲しい。
僕への案内付きの生真面目な視察が始まり、教わることが途端に増える。メモ帳でも持ってくれば良かったなと思いつつ話を聞いていると、公園に見えなくもない中途半端な広場に出た。

「ん……? ちょっとすまない、行ってくる」

『え? ぁ、はい……』

子供達が二人の大人の前に並んで座っている、紙芝居でもしているのかと眺めているとそれに気付いたアポロンは真面目な顔をさらに固くして彼らの元に向かった。
僕が一人になったのを見計らってか、邪魔をしないようにと数歩離れて着いてきていたアルが擦り寄ってくる。

『おとーた、おとーたぁ、ぁっこー』

アルの頭の上に乗ったクラールがローブに爪を立てる。

『ん? なぁに、クラール。お父さん仕事中なんだ、もう少し待っててくれる?』

『……抱っこ、と言っているな。今は中断しているようだし、少しくらい良いだろう?』

『抱っこって言ってたの? んー……まぁ、いっか。おいでクラール』

抱き上げて軽く揺らすとクラールは嬉しそうに甲高い鳴き声を上げ、ローブの隙間から中に潜り込むように頭を擦り付けてきた。

『……アポロンさーん、何かあったんですか?』

クラールを抱いたままアポロンの方へ。彼は紙芝居か何かをしていた男と揉めているようだった。

「ん、あぁいや、何でもない。大したことじゃない」

「こちらはだぁれ?」

聞き覚えのある掴みどころのない男にしては高い声は鳥を模したマスクの下から聞こえてくる。

「……隣国の王だ」

「酒色? へぇ……ねぇ、聞いてよ王様ぁ、この国の王子様は難民に言いがかりつけてくるんだよぉ」

『…………神父様?』

「え……? まさか、えっと、魔物使い君……なのかなぁ?」

思わぬ場所での再会に呆けたまま頷くと気味の悪い医師らしい格好をした零は僕に抱き着いてきた。

『冷たっ! って、ちょっとやめてください! 娘が……』

「え? 娘? わぁ可愛いわんちゃん、角生えてるねぇ。どこかで拾ったの?」

クラールが挟まって潰れそうになったので慌てて引き剥がし、寒さに震えるクラールをアルの翼の中に突っ込む。これまで会ったどの時よりも抑えられてはいるけれど、今まで気付かなかったけれど、時期と天気から考えればこの広場の涼しさは異常だ。

『娘ですよ』

「ん……? あぁ、アルギュロスさんの?」

『僕との』

零は無言で首を傾げる、相変わらず仕草と口調が幼い。

『……結婚したんです。式は、まだですけど』

「へぇ……? そっ……かぁ……?」

かなり混乱しているようだ。まぁ、この反応が正常だろう。

『結婚しとったん?』

この声、この独特な抑揚、間違いない。

『ツヅラっ……!?』

『ぁ、えと……堪忍してなぁ魔物使い君、俺なんも覚えとらんのよ。それでもなんや酷いことしたみたいやし……謝りたい思とってん』

『……ツヅラ、さん、ですか…………驚かさないでください』

最初に会った時と同じ優しい神父であるツヅラだ。クトゥルフは完全に剥がれたのだろうか? よく見れば彼は零と違ってベンチではなく車椅子に座っている。

『……別に、ツヅラさんは悪くないって分かってますから。そんなに気にしないでください』

彼を責めたって無駄、排除が許されないのなら怒りも恨みも無駄。

『…………許してくれんの? よかったぁ……』

許す、とは少し違う気もするけれど、僕はもうツヅラ自身は気にしていない。

『娘さん近くで見せてくれへん?』

『……はい』

黒翼の中からクラールを掬い出して、ツヅラの顔の前に持ち上げる。抱かせたり膝の上に乗せたりは嫌だ。

『ほー、めんこい子……』

『……おしゃかな!』

クラールは鼻を鳴らした後、前足を伸ばしてツヅラの頬をべちっと叩いた。謝る前に、クラールを叱る前に、ツヅラの頭がぐらついたのを見て思考が止まる。零はツヅラの頭頂部に手を添えると安堵のため息をついて、手袋を外して襟巻に隠されていたツヅラの首に触れた。

「…………ふぅ、危なかった」

『……どうなってるんですか?』

「りょーちゃん今首だけなんだよぉ、下は人形に服着せて誤魔化してるんだぁ。人形の首のところとは氷で繋げてたんだけど、溶けちゃってたみたいだねぇ」

ツヅラは未だに生首なのか。僕は寒さに震え出したクラールをアルの翼の中に入れて、ツヅラの腕に触れ、木製であることを確認した。

『神父様達はどうしてここに?』

「命令違反でねぇ、正義の国に帰ったら処刑されそうで……逃亡中だよぉ」

想像以上に重い理由だった。

「そして彼らをヘルメスが独断で受け入れた。で、凍堂さん? 本当に教えを広めたりはしてないんですね?」

「してないってばぁ、零ってそんなに信用なぁーいー?」

「過去、ビザを偽造した神父が教えを広めてクーデターを起こしたことがありましてね。獣人は天使に庇護される存在ですし、信仰している事自体は問題ありませんが、神父が煽るとなると話は違ってきますし」

宗教国家は大変だな。そんな精神年齢マイナス十歳な感想を抱いたまま、零が座っていたベンチに置かれていた本を見つけて拾う。

「お兄ちゃん読んでくれるのー?」
「読んでー、読んでー」

途端に獣人の子供達にローブを引っ張られる。

『えっ、えっと……これ、読んでもらってたの?』

「零ちゃんねー、ゆっくりでねー」
「今日まだ二冊しか読んでなーい」

しっかりとした回答ではないが、零が読み聞かせを行っていたらしいことは分かった。ベンチに置かれた何冊かの本を見たアポロンはバツの悪そうな顔をして謝った。

「獣人って識字率低いんだよねぇ」

「そうなのか……いや、本当にすまなかった」

「いいよいいよ、本代出してくれるならねぇ」

これらの本は全てこの国で売っている本らしい。この国の神話を簡略化したものもあった、これでは文句は言えないな。

『……ちょっと神父様、神様が子供攫って嫁にするなんて話子供に読んでいいんですか?』

「知らないよぉ、この国の神様がそんななら大丈夫なんじゃなぁい? 絵本になってるんだしぃ」

その他は数を教える本や燃やすと有毒な気体を発生させる物を載せた本など教育的な物ばかりだ。

『……ぁ、アポロンって……アポロンさんが神具もらった神様この人ですか?』

神話の絵本を流し読みしているとアポロンの名が見えたので、力を入れて文章を読み解く。

「ぁ、あぁ……そろそろいいだろう。疑って悪かったな凍堂さん、私達はもう行くよ。王様、ほら……」

絵本を取り上げられ、腕を引かれる。僕は思わずその手を振り払ってしまった。

「え……? あっ! ちっ、違う! 私は少年に興味は無い! 私はアポロン神の神具の才能があるというだけでっ、だから名前を戴いたというだけでっ……趣味嗜好は全く違う!」

『ぁ、いえ……妹にしか興味無いのは知ってますし……大丈夫ですよ、そんな勘違いしてません』

「ならどうしてそんな距離を!」

『いえ、本当、特に意味は』

からかうと面白いなこの人。

「この国の神様って教育に悪いよねぇ」

「黙れ神父! 君のとこも大概だろう!」

『…………なんやと? 零、ちょっと椅子押して、んで足轢いたれ』

信じている神が違う、ただそれだけで戦争が怒る理由が分かった気がする。今目の前で怒っている口喧嘩の規模を大きくしていくと戦争になるのだろう。

『アル、科学の国出身だけど神様は?』

『あまり』

『そっか……』

僕達は魔性側だし、夫婦喧嘩の種にすらならなさそうだ。
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