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第三十三章 神々の全面戦争

呪い

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暖炉の火を眺めながら隣に伏せたアルにもたれかかり、ぼうっとその毛並みを楽しむ。砂漠の国と神降の国が戦争を始めるのは明白で、その間に酒色の国がある。
手を出すべき事案だ。しかし、戦争だとかのことはベルゼブブが居なければ安易に動くのは逆効果になる。そう考えている僕は思考すらまともに出来ないでいた。
そっとアルの首に顔を埋め、その匂いを楽しむ。段々と強まってきた風の音への怯えもあっての行動だった。

『……風が強いな』

「その割に窓揺れてないね」

『兄君が結界を張っていてな、恐らくそれの効果だ』

「あー、あのボブヘア……結構すごい人なんだねー」

この邸宅は雨風の影響を全く受けていないが、風に飛ばされた──おそらく看板だとか瓦礫だとかが舗装された道を転がる音や結界に当たる音は結界に遮られない。大きな音が鳴る度自然と身体が跳ねる。それはフェルも同じようで、気付けば僕と左右対称にアルの隣に座っていた。

『お、雷落ちた。近いで』

アルは僕達の怯えを察して翼で抱き締めるように自身に密着させた、僕の方には尾も巻き付いている。

「嵐…………ヘル君、やっぱり俺今から国に戻るよ」

「え、ま、待ってください!」

国に戻るなら兄に連絡して空間転移でも──そう伝える前にヘルメスは窓を開け、黒雲の下を駆けるため塀を越えようと足に力を込め、ガクンと座り込んだ。

「……っ!? ゔっ、ぁ……」

「え……? カ、カルコス! カルコス!」

『聞こえている、どけ』

ヘルメスに駆け寄った僕を押しのけ、カルコスは彼の足に鼻を擦る。

『……折れているな、今治しているから動くな』

「なんで折れたの? まさかカルコスさっき手抜きとか……しっ、してないよね! 冗談だよ冗談、ごめん……」

カルコスは珍しくもとても真剣な顔をしていた。

『我が治せるのは身体だけ、神力による身体への負荷をゼロには戻せん。休みなしで神具を長時間高出力で使おうというのが間違いだ、烏滸がましい』

僕を一睨みしてヘルメスに視線を移すと説教を始めた。

「……やっぱりいっぺんに何個も本領発揮させたのはまずかったかなー。ありがとねライオンさん」

治療が終わり、立ち上がって足踏みをしながら礼を言う。声色は明るいが表情はとても暗い。

「どうしてそんなに急ぐんですか?」

「さっきも言ったけど、砂漠の国で喚び戻された神性は多分嵐の性質を持ってるんだよ。だから……この風は、多分……そいつが近付いてる証だ。神降の国に向かってるんだよ。早くにぃとねぇに知らせないといけない。なのにっ……!」

「……分かりました。にいさまを呼んで空間転移してもらいますから、安静にしててください」

「…………そっか、空間転移……やってたね彼。いやぁ頼りになる後輩だね!」

声色と表情を無理矢理明るくして僕の頭をぽんぽんと撫でる。その明るさはもはや痛々しい。

『しかし、ヘル。兄君は相当忙しいようだし先程呼んだ時「絶対に外に出るな」と念を押していたぞ、兄君にとって殆ど他人の為になど……事情を話しても断られるのではないか?』

確かに、通信で全ての事情を話したら兄は渋るだろう。いくら僕の頼みだろうと断られる恐れがある。
なら事情を話さず呼べばいい。来てしまった後なら腹を立てて何もせず帰るより、これ以上の邪魔を防ぐためにも手早く済ませるだろう。
どうやって訳を話さず多忙な兄を呼びつけるのか? 簡単な話だ。

「……にいさま?」

ベルトにぶら下げていた狼のぬいぐるみの紐を解き、顔に寄せる。

『──ヘル? どうしたの、僕まだ用事あるから後何時間かは──』

「助けてっ!」

『──え? ヘル、どうし──』

「助けてにいさまぁっ! 早く来て!」

返事はなかったが、背後の床で魔法陣の構築が始まった。

『……おい、ヘル……その呼び方は……』

呆れたような顔のアルに笑みを浮かべ、中々の演技だったろうと親指を立てる。

『ヘル! 大丈夫? 何が……何ともない?』

背後から顔を掴まれ、覗かれる。

「にいさま、来てくれてありがと、ちょっと頼みがあってさ……ごめんね? 何ともないんだ」

兄の手をそっと外し、振り向いて微笑む。

『…………嘘、ついたの?』

目に見えて狭まる瞳孔に恐怖を覚えながら、頷く。兄は嘘だとか誤魔化しだとかをとても嫌っている、以前までなら確実に瀕死になるまで殴られていただろう、今は──どうだ?

『……悪い子になったね』

「…………ごめんね? にいさま。でもにいさまにしか頼めなくて……にいさまじゃなきゃダメだったからさ。直接話したかったし…………寂しかったんだ、本当にごめんなさい」

反省しているフリをして、太腿をつねって瞳を潤ませる。ただ泣くだけではなく可愛こぶるのも忘れずに上目遣いを意識する。

『………………そう』

兄が手を振り上げる──反射的に身体が跳ねたが、その手は僕の頭に置かれただけだった。

『話してごらん?』

その優しい声色に安堵し、兄に抱きつく。口の端を醜く歪ませながら事情を話した。

『嵐の性質を持つ神性、ねぇ。神性だとか戦争だとかならあの蝿の方がいい気がするけど?』

用事が空間転移だけだったことに、ベルゼブブでも構わない頼みだったことに、兄は明らかに不機嫌になった。

「にいさまじゃなきゃダメだよ。神降の国に悪魔が入るのはまずいんだ。それに、自分勝手だけど……にいさまに会いたかったし」

適当に真実を織り交ぜて機嫌を取る。

『……まぁいいよ、神降の国だね、王城でいいんだね?』

「うん、悪いねーボブのお兄さん」

『ボブって呼ぶなってば、今回は許すけどもう一回呼んだら君だけ山に捨てるから』

「あっはは、怖っ」

これでも気が長い方だと言ったらヘルメスは驚くだろうか。
先程よりも大きな魔法陣が足元に現れ、浮遊感と光に包まれる。


とん、と降りたのは赤い絨毯。以前来た時は目が無かったんだったか。あの時はベルゼブブの視界を借りていたが、この部屋は見覚えがない。とはいえ同じ城の別室、壁や天井の装飾には統一感を覚える。

「えーっと、にぃとねぇどこに居るかな……」

「先輩っ! 走っちゃダメです!」

扉に向かって走ろうとしたヘルメスの服を掴み、止める。

「神具使わなかったら大丈夫だから。身体には異常ないんだって」

「そ、そう……ですか?」

その説明は先程カルコスに受けたばかりだ。咄嗟に止めてしまった自分が恥ずかしくなってくる。

『探知……人多いね。その人達いくつ?』

「えっと……二十一だったと思う」

『へぇ、同い年。二十一……あぁ、男女揃ってるのが一対居たね』

再び視界が光に包まれ、一瞬ふわりと浮かび、とんと赤い絨毯に降りる。生え際から金のグラデーションになった長髪を二つ結びにした女と、燃えるような赤いグラデーションの短髪の男が目の前に立っている。

「にぃ! ねぇ! ただいま!」

ヘルメスは驚く二人に事情を短く説明した。酒色の国の領土の山で動けなくなったこと、そこを僕に助けられて、更に兄にたった今空間転移で送られてきたことを。
そして──

「偵察結果の報告、今すぐに聞いて欲しい」

「ああ、少し待ってくれ、王を呼ばなければ……」

「とぉはどうせその辺でメイドさんとかと楽しくやってるんだろ。終わるまで待ってる時間はないんだ、緊急なんだよ!」

ヘルメスの剣幕に押され、アポロンは王に渡す用のメモを作るため紙とペンを用意する時間に要求を格下げした。

「……いい? まず、砂漠の国には国家直属の古代呪術も扱える呪術部隊がある。その部隊のことはおそらく王族、あと大臣とかの一部の奴らしか知らない。で、他にも民間の呪術組織があって闇社会が組み立てられてる。こいつらは各国でテロ行為を繰り返してる、愛国心は異常に強くて今回の戦争にも全力を出す気だ。ここと国家の繋がりは全くないとは言えないけど、証拠は手に入らなかった。で、ここからが一番重要」

淡々と素早く行われる説明にアポロンの筆は追いつかない。しかし、ヘルメスはそれを気にしない。

「砂漠の国の古代の神性が喚び戻された。多分、正当な……太陽神を筆頭とする神々の中の一柱だと思う」

ヘルメス曰く民間の組織が喚ぼうとしていたのは他の大陸から追い出された自然神や、信仰を失って荒ぶる強大な何かと化してしまった神性、神を騙る妖や悪魔で、あの国の正当な神々ではなかったのだと。
だから今まで抑えられていた。そんな側面もあるのだと。
正当な神性が自らの土地と信仰者を得て、侵略される前に相手を滅ぼすという正当な理由を持って動く。それに勝つにはこちらもまた正当な神性を正当な理由で喚び、正当な犠牲を捧げて戦わなければならないのだと。
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