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第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ
窮極の門を越えた先
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最初期の頃の神魔の関係と魔物使いの存在意義を知った。道具扱いを受けているのだろうとは予想していたが、まさか本当に道具だったなんて……
愚痴を聞かせるルシフェルと聞いているサタンはどことなく親友のようにも見える。
『……にしても、随分とそれを気に入っているんだな』
『あぁ、悪魔にしたいんだが、どうだ? 許可は降りるか?』
『降りる訳ないだろう。万が一にも悪魔が神様に刃を向けた時、魔物使いを使えば楽に制圧出来る。魔物使いは悪魔ではダメだ。天使でもダメだ、万が一にも堕ちたら大変だからね』
『余は歯向かう気も無いがな……この子を妻にしたいだけだ』
この頃のサタンは本気で僕……いや、僕の前世のことを想っていたのだろうか。それなら、何かと優しい目を向けてきたり雨の時に上着を被せてきたりしたことの紳士だという以上の理由になる。
『……そういえば、初めの人間……なんだったか、アダム? の妻が居ただろう。逃げてきたと聞いたが見ていないぞ。アレはどうなった?』
『あぁ、リリスか? すぐに捕まえて今は拘留中だ。魔界からこっちに魔力が染み出しているだろう? それの火口のようなものから魔力を吸ったらしくてな……変質してしまって、浄化作業に時間がかかっている』
『そうか……いや、別に興味は無いんだが、どうにも暇でな。何か面白い話はないか?』
僕は二人の会話について行けずに暇になったのか景色を眺めている。どこまでも続く草原、微かに見える海、大きく広く連なる山々。どこにも家らしきものは見当たらない。
『……今、アダムの新しい妻を神様が作っている。全く神様は人間に甘すぎる! 私はあのダメ男の何万倍も尽くしているのにっ……!』
『人間は二人以上増やすのか?』
『あぁ……どうだろう。私は知らないな。ただの箱庭遊びなんだから増やしはしないと思うけれど』
二人以上、だって? それが今の人間の数なのか? 今言っていたアダムとやらとその新しい妻、それで二人か? リリスは数に入れないとして、僕は?
『……そもそも人間はどういう存在にするんだ? 今のところ天使とも悪魔とも大した差は無いだろう』
『脆くて弱いだろう?』
『ああ、完璧な下位互換だ。何故作ったんだ?』
『…………さぁ、分からない』
僕が人間に数えられないのは魔物使いだからなのか。人間という器を持つだけの道具という訳か。
『魔物使い、そろそろ』
頭の中に声が響く。
「……ウムルさん? 何ですか?」
『脳の容量には限界があります。有用と思われる情報の記録だけを再生してください』
そうは言っても僕にはどうすることも出来ない。指の一本も動かないのだ。そう答えようとした瞬間、頭の中に記録の中程を飛ばす方法が浮かんだ。本のページをパラパラと目的の場所まで捲るように、映像……前世の僕の視界が切り替わる。
青い空に緑の草原、鳥の囀りすら聞こえない静かだった風景は赤く染っていた。これは炎だ。緑を焼き尽くす赤い炎。
「……何、これ、なんで……」
『時空の操作には慣れましたか? 御自分の魂の記録ですし、素早く慣れるはずですが……少し進めすぎたようですね、もう死んでしまったようです、ほら』
ヴェールに包まれた手がまだ焼けていない草原に横たわった少女を指差す。僕は今度は自由自在に動くことが出来て、その少女を近くで観察出来た。
「これ、もしかして……僕?」
僕の前世、その死体。腹に純白の太い槍が一本突き刺さり、細い身体はおそらく二つにちぎれている。
『どうやらアダムとその新しい妻、イヴが禁忌を犯したようですね。それに怒った神が彼らを人界に追放、そして……リセットするという名目で魔物使いを殺した。頃合いを見て彼らの子孫に転生させるつもりなのでしょう、最初の人間である二人と魔物使いが出会ったらややこしいことになりますからね』
だからといってこんな惨い殺し方をするなんて……
僕の前世が死んでいる理由は分かったけれど、この炎の理由はまだ分からない。これもリセットだというのだろうか。
周囲を見回すとちょうど山が抉れたのが見えた。その向こうに巨大な黒い竜の姿が確認出来た。山を優に超す巨体が翼を広げ、空を覆う。
『にーに、どうするの?』
『……魔界の底に落とすしかないな』
拙い声が聞こえて聞こえて振り向くと、ルシフェルと同じ色の髪を揺らす美しい天使の姿があった、ミカエルだ。翼はルシフェルと違って一対だが、その一枚の大きさはルシフェルに勝る。
『神様も酷いよ、サタンが魔物使いに入れ込んでたのは分かってただろうに……』
『とつぜん、されたら、そりゃおこるよね。はやく、まかいひらいて、おとそ』
『今やっているはずだ。蓋が開いたら一気に落とすぞ、準備と覚悟はいいな?』
竜の咆哮に改めて惨状を見渡す。周囲をこんな焼け野原にしても僕の前世の死体の周りだけは焼かずに、あんな悲しげな咆哮を上げて──何故だろう、胸が痛む。
『…… 来たぞ! 魔界最奥直通の大穴だ!』
『はーい、にーに……たたき、おとすっ!』
ミカエルはルシフェルと協力し、サタンを底の見えない大穴に落とす。僕が兵器の国で魔界に落とされた時と似たようなものだ。僕は二人のハイタッチを背後にサタンを追った。
「……サタン! ぅわ、真っ暗……どこに……」
意識だけが漂っている状態の僕は容易に魔界の底に辿り着き、人間体になり座り込んだサタンを見つける。彼の右太腿に刺さった純白の細い槍が彼を地面に縫い止めていた。そしてその槍が微かに光り、彼の存在を主張していた。槍のおかげで見つけられたとはいえ、その忌々しさは拭えない。
「…………大丈夫? 痛くない?」
傷に手を添えてもすり抜ける、震える肩に手を置いてもすり抜ける、俯いた頬に触れることも出来ない。
『…………神……』
槍を引き抜こうとでもしているのか、はたまたただ痛みのあまりか、槍を握ったサタンの手が燃え上がる。いや、手だけではない。全身が……彼が触れている地面が、魔界の底が、業火に包まれる。
『……神よ、貴殿への報復を誓う。そう…………必ず、この炎で我が身を包み、天を焦がし、神を屠る……必ず、必ずっ、必ず……その全てを焼き尽くすっ!』
炎は赤から黒に変わり、明るさを失い魔界らしい暗さに戻ってしまう。
『魔物使い、この炎は危険です。記録の観測だけとはいえ時空と接している、焼けてしまう可能性もあります』
「……サタン、落ち着いて……ダメだよそんな……」
『魔物使い、聞こえないと分かっているはずです』
「………………うん、さっきのと同じ感じで……飛ぶんだね」
目を閉じ、僕は次の僕の前世を探った。肌にチリチリと感じる熱が消え、目を開けると満天の夜空が視界いっぱいに広がった。すぐ後ろから聞こえる水の音に、微かに水に浸った手足。僕は何かの上に乗って海を漂っている。
『……ぬしさま、どちらに』
ぬ、と夜空を隠して巨大な蛇の頭が視界に割り込む。前世の僕は平然としてその蛇の額を撫でた。
「ごめんねレヴィ、呼び出して。特に用事はないんだ、ただ君と夜空を眺めたかっただけでさ」
この僕は随分と気取った言葉を吐く。この海蛇はまさかレヴィアタンか? 僕が温泉の国で戦って殺した、あの寂しく嫉妬深い蛇なのか?
『…………うれしい、ぬしさま……』
「ほんと? 良かった」
『ぬしさま、ぬしさま……ずっと、ふたり、だめ?』
「ごめんね、俺魔物使いだからさー。でも安心して、他の子達との付き合いなんてただの仕事だから。こうやって意味の無いお出かけなんて君としかしないよ」
『……しごと、でも、いや』
まさかとは思うけれど、この僕はレヴィアタンと恋仲なのか? そんな馬鹿な、僕は前世の恋人を殺したのか?
『ぬしさま、ずっと、いっしょ……』
レヴィアタンは大きな口を開けて近付いてくる──食う気か。
「あぁダメダメ、僕を食べたって殺したって、魂は天使に回収されちゃうよ。僕も君と出来るだけ長く一緒に居たいから、今は空でも見とこ?」
『…………ぬしさま』
「もうダメだ死んじゃうってなったら丸呑みしていいからさ、その時まで待って、ね?」
『……そうしたら、ぬしさまと、えいえんに……』
「…………その殺したら永遠に自分の物っていう思考、イマイチ分かんないんだよね……」
訳が分かろうと分からなかろうと、そこまで愛されるのならどんな形でも構わない。羨ましい──と、これは前世の僕だった。
しかし、同じ魂を持っているというのに性格が全く違うのは何故だろう。性格は魂の問題ではなく、生育環境の問題なのだろうか。
僕は再び前世とも『黒』とも関係の無いことで頭を悩ませた。
愚痴を聞かせるルシフェルと聞いているサタンはどことなく親友のようにも見える。
『……にしても、随分とそれを気に入っているんだな』
『あぁ、悪魔にしたいんだが、どうだ? 許可は降りるか?』
『降りる訳ないだろう。万が一にも悪魔が神様に刃を向けた時、魔物使いを使えば楽に制圧出来る。魔物使いは悪魔ではダメだ。天使でもダメだ、万が一にも堕ちたら大変だからね』
『余は歯向かう気も無いがな……この子を妻にしたいだけだ』
この頃のサタンは本気で僕……いや、僕の前世のことを想っていたのだろうか。それなら、何かと優しい目を向けてきたり雨の時に上着を被せてきたりしたことの紳士だという以上の理由になる。
『……そういえば、初めの人間……なんだったか、アダム? の妻が居ただろう。逃げてきたと聞いたが見ていないぞ。アレはどうなった?』
『あぁ、リリスか? すぐに捕まえて今は拘留中だ。魔界からこっちに魔力が染み出しているだろう? それの火口のようなものから魔力を吸ったらしくてな……変質してしまって、浄化作業に時間がかかっている』
『そうか……いや、別に興味は無いんだが、どうにも暇でな。何か面白い話はないか?』
僕は二人の会話について行けずに暇になったのか景色を眺めている。どこまでも続く草原、微かに見える海、大きく広く連なる山々。どこにも家らしきものは見当たらない。
『……今、アダムの新しい妻を神様が作っている。全く神様は人間に甘すぎる! 私はあのダメ男の何万倍も尽くしているのにっ……!』
『人間は二人以上増やすのか?』
『あぁ……どうだろう。私は知らないな。ただの箱庭遊びなんだから増やしはしないと思うけれど』
二人以上、だって? それが今の人間の数なのか? 今言っていたアダムとやらとその新しい妻、それで二人か? リリスは数に入れないとして、僕は?
『……そもそも人間はどういう存在にするんだ? 今のところ天使とも悪魔とも大した差は無いだろう』
『脆くて弱いだろう?』
『ああ、完璧な下位互換だ。何故作ったんだ?』
『…………さぁ、分からない』
僕が人間に数えられないのは魔物使いだからなのか。人間という器を持つだけの道具という訳か。
『魔物使い、そろそろ』
頭の中に声が響く。
「……ウムルさん? 何ですか?」
『脳の容量には限界があります。有用と思われる情報の記録だけを再生してください』
そうは言っても僕にはどうすることも出来ない。指の一本も動かないのだ。そう答えようとした瞬間、頭の中に記録の中程を飛ばす方法が浮かんだ。本のページをパラパラと目的の場所まで捲るように、映像……前世の僕の視界が切り替わる。
青い空に緑の草原、鳥の囀りすら聞こえない静かだった風景は赤く染っていた。これは炎だ。緑を焼き尽くす赤い炎。
「……何、これ、なんで……」
『時空の操作には慣れましたか? 御自分の魂の記録ですし、素早く慣れるはずですが……少し進めすぎたようですね、もう死んでしまったようです、ほら』
ヴェールに包まれた手がまだ焼けていない草原に横たわった少女を指差す。僕は今度は自由自在に動くことが出来て、その少女を近くで観察出来た。
「これ、もしかして……僕?」
僕の前世、その死体。腹に純白の太い槍が一本突き刺さり、細い身体はおそらく二つにちぎれている。
『どうやらアダムとその新しい妻、イヴが禁忌を犯したようですね。それに怒った神が彼らを人界に追放、そして……リセットするという名目で魔物使いを殺した。頃合いを見て彼らの子孫に転生させるつもりなのでしょう、最初の人間である二人と魔物使いが出会ったらややこしいことになりますからね』
だからといってこんな惨い殺し方をするなんて……
僕の前世が死んでいる理由は分かったけれど、この炎の理由はまだ分からない。これもリセットだというのだろうか。
周囲を見回すとちょうど山が抉れたのが見えた。その向こうに巨大な黒い竜の姿が確認出来た。山を優に超す巨体が翼を広げ、空を覆う。
『にーに、どうするの?』
『……魔界の底に落とすしかないな』
拙い声が聞こえて聞こえて振り向くと、ルシフェルと同じ色の髪を揺らす美しい天使の姿があった、ミカエルだ。翼はルシフェルと違って一対だが、その一枚の大きさはルシフェルに勝る。
『神様も酷いよ、サタンが魔物使いに入れ込んでたのは分かってただろうに……』
『とつぜん、されたら、そりゃおこるよね。はやく、まかいひらいて、おとそ』
『今やっているはずだ。蓋が開いたら一気に落とすぞ、準備と覚悟はいいな?』
竜の咆哮に改めて惨状を見渡す。周囲をこんな焼け野原にしても僕の前世の死体の周りだけは焼かずに、あんな悲しげな咆哮を上げて──何故だろう、胸が痛む。
『…… 来たぞ! 魔界最奥直通の大穴だ!』
『はーい、にーに……たたき、おとすっ!』
ミカエルはルシフェルと協力し、サタンを底の見えない大穴に落とす。僕が兵器の国で魔界に落とされた時と似たようなものだ。僕は二人のハイタッチを背後にサタンを追った。
「……サタン! ぅわ、真っ暗……どこに……」
意識だけが漂っている状態の僕は容易に魔界の底に辿り着き、人間体になり座り込んだサタンを見つける。彼の右太腿に刺さった純白の細い槍が彼を地面に縫い止めていた。そしてその槍が微かに光り、彼の存在を主張していた。槍のおかげで見つけられたとはいえ、その忌々しさは拭えない。
「…………大丈夫? 痛くない?」
傷に手を添えてもすり抜ける、震える肩に手を置いてもすり抜ける、俯いた頬に触れることも出来ない。
『…………神……』
槍を引き抜こうとでもしているのか、はたまたただ痛みのあまりか、槍を握ったサタンの手が燃え上がる。いや、手だけではない。全身が……彼が触れている地面が、魔界の底が、業火に包まれる。
『……神よ、貴殿への報復を誓う。そう…………必ず、この炎で我が身を包み、天を焦がし、神を屠る……必ず、必ずっ、必ず……その全てを焼き尽くすっ!』
炎は赤から黒に変わり、明るさを失い魔界らしい暗さに戻ってしまう。
『魔物使い、この炎は危険です。記録の観測だけとはいえ時空と接している、焼けてしまう可能性もあります』
「……サタン、落ち着いて……ダメだよそんな……」
『魔物使い、聞こえないと分かっているはずです』
「………………うん、さっきのと同じ感じで……飛ぶんだね」
目を閉じ、僕は次の僕の前世を探った。肌にチリチリと感じる熱が消え、目を開けると満天の夜空が視界いっぱいに広がった。すぐ後ろから聞こえる水の音に、微かに水に浸った手足。僕は何かの上に乗って海を漂っている。
『……ぬしさま、どちらに』
ぬ、と夜空を隠して巨大な蛇の頭が視界に割り込む。前世の僕は平然としてその蛇の額を撫でた。
「ごめんねレヴィ、呼び出して。特に用事はないんだ、ただ君と夜空を眺めたかっただけでさ」
この僕は随分と気取った言葉を吐く。この海蛇はまさかレヴィアタンか? 僕が温泉の国で戦って殺した、あの寂しく嫉妬深い蛇なのか?
『…………うれしい、ぬしさま……』
「ほんと? 良かった」
『ぬしさま、ぬしさま……ずっと、ふたり、だめ?』
「ごめんね、俺魔物使いだからさー。でも安心して、他の子達との付き合いなんてただの仕事だから。こうやって意味の無いお出かけなんて君としかしないよ」
『……しごと、でも、いや』
まさかとは思うけれど、この僕はレヴィアタンと恋仲なのか? そんな馬鹿な、僕は前世の恋人を殺したのか?
『ぬしさま、ずっと、いっしょ……』
レヴィアタンは大きな口を開けて近付いてくる──食う気か。
「あぁダメダメ、僕を食べたって殺したって、魂は天使に回収されちゃうよ。僕も君と出来るだけ長く一緒に居たいから、今は空でも見とこ?」
『…………ぬしさま』
「もうダメだ死んじゃうってなったら丸呑みしていいからさ、その時まで待って、ね?」
『……そうしたら、ぬしさまと、えいえんに……』
「…………その殺したら永遠に自分の物っていう思考、イマイチ分かんないんだよね……」
訳が分かろうと分からなかろうと、そこまで愛されるのならどんな形でも構わない。羨ましい──と、これは前世の僕だった。
しかし、同じ魂を持っているというのに性格が全く違うのは何故だろう。性格は魂の問題ではなく、生育環境の問題なのだろうか。
僕は再び前世とも『黒』とも関係の無いことで頭を悩ませた。
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やがてラクターは彼を慕う大勢の仲間たちとともに、自分たちだけの楽園で人生を謳歌するのだった。
一方、ラクターを追放し、さらには彼と敵対したことをきっかけに、スカルを始めとした勇者パーティは急速に衰退していく。
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