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第二十八章 神降の国にて晩餐会を

晩餐会

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恍惚とした顔で大神様とやらの話を続ける男。アポロンはそんな彼の肩を叩き、こちらに意識を戻させた。

「ぁ、あぁ、申し訳ありません。つい……」

「いや、構わない。知っていたことだ。ところで……君の国には神父が居なかったか?」

「ええ、確かに居ました。ですが何故か国を去ってしまわれたようで……正義の国に文を送ったりもしたのですが、神職者も天使も派遣されず……」

牢獄の国は国連加盟国で、創造主を信仰している国だ。その国の王である彼が魔性を神と崇めたり、別の神々を信仰する国に助けを求めるのは公にしてはいけない事実だ。

「この晩餐会への参加も反対意見は多くありましたし……」

「敵情視察だとか言って納得させたのか?」

「まさか!  勧誘してくると言ったんですよ」

どちらの理由にせよ、国同士を深く関わらせるのは困難だ。つまり、二百年前とやらのように神具所持者が大神を追い払う訳にはいかないということ。

「まぁそれはいい。今はとにかく、大神をどうやって討つかの話だな」

「……やはり、討伐しかありませんか」

「君はあの神を気に入っているようだが、アレは神性でもなんでもない。ただの魔獣だろう。それも人を襲っているんだ、駆除以外の道はない。君の民は何人殺されたんだ?」

「…………あの美しさを見れば、民も身もどうでもよくなってしまうんですよ」

「……神性を騙るだけあって、信仰を集める力はあるようだな」

神や天使、悪魔などの上位存在と呼ばれる者達は美しさによって人を従わせることが多々ある。
僕はもう彼らの美は見慣れてしまったし、僕にとってはアルが最も美しいし可愛らしいので、洗脳されることはないけれど。

「にしてもさ、その神様って狼さんに似てない?  ねぇヘルシャフト君、カラーリングもバッチリだったよね」

「えっ、ぁ、はい……そうですね」

「……おおかみさん?  とは何ですか、ヘルメス様」

「この子……僕の後輩が飼ってる魔獣だよ、ね、ヘルシャフト君」

ヘルメスに肩を叩かれ、僕は男の方を向いてそっと頷く。

「そういえば今日はどこに居るの?  一昨日も居なかったね」

「えっと……買い物を……」

酒食の国に住んでいるとは言わない方がいいだろう。集団から離れたとはいえこの広間には人が多い、どこかから天使に情報が漏れるかもしれない。

「同種の魔獣か?」

「アルは合成魔獣でこの世に一人しか居ません!」

「そ、そうか。悪い……」

「アルは人なんて食べませんし、話も出来ます」

アルと大神様に関連はない。アルは人に造られた存在で、兄弟はあの獅子と虎だけ。似た見た目の片割れなんて存在しない。そのはずだ。
翼や角が生えた馬がいるのだから、アルによく似た魔獣だっているだろう。

「しかし……どうするかな、国連加盟国に私が赴く訳にも……」

「俺行こうか?  密入国は特技だし」

「妙な特技を会得するな!」

「…………あ、あの、魔獣なら僕に……」

そろそろと手を挙げようとするも兄にその手を掴まれる。

『また厄介事抱え込む気?』

「だって……」

アルによく似た姿で悪行を働かれては、アルがその神だと思われて不当な扱いを受けてしまう。それに何より、唯一無二の存在であるアルに似た獣なんて存在も許せない。

「そろそろ開会式だ。すまないが続きは式が終わってからだな」

分かりました──との男の返事が早いか、広間の扉が勢いよく開け放たれる。バタバタと入ってきた男達は全員が覆面を被り、大きな銃らしきものを持っていた。

「全員動くな!」

そして、そう叫んだ。

「テロリストだな、予告はあったが……神具所持者が四人も集まるというのに……」

「どーする、にぃ。弓も竪琴も銃より遅いよ?」

「うーん、そろそろ父が来るはずだが……また遅刻か、全く仕方のない人だ」

緊迫した状況の中、恐怖から泣き叫ぶ人も居るというのに、アポロンとヘルメスは冷静に話している。

「とりあえず私の背に隠れなさい、アルテミス」

「……分かった」

アルテミスはゆっくりとアポロンの背に隠れる──

「そこの女!  動くなっつっただろ!」

──彼らの目に止まってしまった。

「女!  こっち来い、ゆっくりだ!」

「なっ……!  ま、待て!  人質なら私が……」

「動くなっつってんだろぉっ!?」

アルテミスを庇おうと前に出たアポロンの額に銃口が突きつけられる。撃つ気はあるのだろうか、手は震えている。
僕はどうするべきだ。そこの机に走って手首でも切って、ベルゼブブに力を与えようか。兄に頼んだ方が安上がりか……いや、兄では全員殺してしまうかもしれない。やはりここはベルゼブブに頼もう、急に現れた悪魔が彼らを喰らったところで僕の株は下がらない。

「にぃ、アタシは大丈夫よ」

「ア、アルテミスぅ……なぁ、私は第一王子だぞ?  私の方が人質としては……」

「うるっせぇんだよっ!  撃ち殺すぞ!」

『……その木の枝で?』

ポン、とコルクが抜けたような間抜けな音と共に銃が同じ大きさの木の枝に変わる。

「……は?」

『どうぞ皆様ご安心を!  彼らは銃など一丁も持っていない──間の抜けた道化師でございます』

ポン、ポンと音が鳴り響き、銃が枝やクラッカー、縞模様のステッキに変わる。そして男達の姿も武装した覆面ではなく、ショーに出るようなピエロになる。

『そして……愉快な道化師は風船となって』

急に武器や服装を変えられ戸惑っていた男達は可愛らしいピエロを模した風船となる。

『パァーン!』

風船は破裂し、周囲に袋に包まれた小さなキャンディを撒き散らした。

『…………これならセーフだよね?  ヘル』

にこやかに明るい声を上げていた兄は僕の方を向いて疲れたような顔をする。
晩餐会の参加者達はといえば、まだ呆然としているものが多い。だが、誰かが「今のは余興だ」と言って笑い声がぽつりぽつりと響き始める。悪趣味だとの批判の声も。

「……完璧だよにいさま!  すごい!  魔法もすごいけど、なんか可愛かったし……上手く騒ぎ納まったし!」

『人間破裂しても笑う人は笑うんだね』

「…………そ、そういうことは誰にも聞かれちゃダメだよ」

彼らがアルテミスやアポロンを一番に狙ったこともあって、余興らしさは全員の信用を得るに足りた。
当のアルテミス達はまだぽかんとしているけれど。

「はは……本当、タチの悪い。心臓が止まるかと思いましたよ、アポロン様……これは殿下の企てですか?」

「…………ぁ、ああ、おそらく……私も聞かされていなくてな」

「ほ、ほーんとビックリしたよね!  やぁまさかお兄さんが仕掛け人だとは!  あっははは……とぉも俺達くらいには言ってくれてもいいのにねぇ!」

ヘルメスはわざとらしく大声を上げて、自分含むアポロン達は今回の余興に関わっていないと責任逃れを図る。流石というべきか、上手い。

「……本物、だったよな?」

牢獄の国の王やその他の者達を一旦ヘルメスに任せ、アポロンは僕達を更に部屋の隅に押す。

『魔法が魔術より優れている点の一つだよ。魔力に属性を付与するだけの魔法はあくまでも初歩、基礎でしかない。それ以上の魔法は完全に世界の法則を無視し、タネがある戯れにしか見えない。そうでなければありえないと人間の心を欺いてしまう』

「魔法……そうか、君は生き残りか……」

『ファンシーでメルヘンチック、あるいはカオスでグロテスク。高度な魔法は大きく分けてその二種類。感謝してよ、可愛い方にしてあげたんだから』

「あ、あぁ、感謝している、しているとも……ただ、まだ頭が回らなくて」

『あ、飴は食べない方がいいよ。物質変換はされてるけど元は人間だから。君達そういうの嫌いでしょ?』

物質変換されていれば問題無い。兄ならそう言いそうなものだが、どうやら他者の気持ちに配慮するということを覚えたらしい。言ってしまった時点で動揺や恐怖は起こるだろうが、今までの兄なら食べている人の真横で「それ元は人だよ」と言っていただろうから、十分な進歩だ。

「……あ、あの……エア様。助けてくださりありがとうございました。ですが……その、まだ恐ろしくて、どうにも手が震えてしまって……その、手をお貸しいただけませんか?  エア様の手を握っていれば、落ち着くかと思うのです」

すっかり落ち着いているだろうに、微塵も震えていない手を伸ばす。立ち直りが早いと言うべきか、いや、そもそもアルテミスが人質にされかけた程度で怯えるとも思えない。

『……好きにしていいけど』

「ありがとうございます、エア様」

知っていたが改めて思う、強かだなと。

「アっ、アルテミスぅっ……ぐ、くぅっ……し、仕方ない。その男なら……認めて……やる、ものかぁあぁーっ!  離れろ!  離れるんだアルテミス!  手を離せ!」

アポロンはアルテミスの腰に腕を巻き、ぐいぐいと引っ張る。アルテミスは引き摺られながらも笑顔を絶やさず、兄の手を強く握っている。

『力強いね君……』
 
アポロンに引き摺られるアルテミスに引っ張られる兄の後を負い、僕は会場の中心近くで開会式を待った。
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