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第二十七章 壊されかけた者共と契りを結べ

真面目な話

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ベルゼブブはまともに考える気も答える気もないらしい。僕は早々に見切りをつけ、酒呑に鞍替えした。

『なんや混ぜられたんやったら出したええ思うけど……どうやって出せっちゅう話やんな?』

「そうそう。魔眼戻せば出来るってクリューソスは言ってるけど、にいさまに話したら何するか分かんないから眼無しで出来ないかなって」

『入れただけやのうて混ぜられたんやったら……抽出?  濾過?  体内に物体があるもんやなくて魔力の話やろうから──』

話している内容そのものが僕に知識の無いものな上に方言が乗ってくるのだ、聞いているだけで精一杯だ。

『魔力一回全部吸い取って……いや湧いてくるもんがあかんねんやったら一回壊さな……んー』

「……一度石砕くとかはダメだよ?」

『分かっとる分かっとる』

他者の魔力に干渉し、それを本人以上に上手く扱えるのは魔物使いだけだ。兄のように一旦取り憑く手法を使えば術者自身に感染しかねないし、そもそも兄には頼りたくない。

『魔眼無しでやる方法考えた方が良くないですか?』

『それな』

『魔眼は対象を絞って魔力を増幅させる装置です。対象を絞るのは見えなくても出来ますよね?  居るとハッキリ分かればいいんですから』

フェルが置いて行った分身触手が暴走した時、僕はヴェーンに対して力を使う事が出来た。彼の魔物としての血を活性化させた。あの時はどこに居るかがハッキリ分かっていた。

『で、問題なのが魔力増幅ですよね。それと、魔眼がなければ対象に魔力注ぎ込むのも難しいですし』

「…………血はどうかな」

『血、ですか?  どう、とは?』

僕は彼らが留守にしていた間のことを、ヴェーンに血を与えて一時的に変質させたことを、手短に伝えた。

『なるほど。血液を直接渡せば増幅なんてさせなくても、ヘルシャフト様なら対象の魔力を貴方様の魔力に置き換えられます。注ぎ込むのも無問題』

「じゃあ、早速やろう!  クリューソス、アルのところに──」

『待ってください。先の件はダンピールなんですよね?  それでも気絶するほど血を与えたんですよね?  なら物理的に無理です、貴方様の血が足りません』

ヴェーンとアルでは体重も魔力の出力も違う、と。

「……血で足りないなら肉を渡せばいい。アルの為なら腕や足も要らない」

『肉ねぇ……肉にはそんなに魔力ありませんよ。内臓ならいざ知らず』

「なら内臓渡す!  どこが一番あるの?」

『…………凄い自己犠牲精神ですね。一番ならやはり心臓でしょうけど、んなもん渡したら死にますからね。次は子宮……ありませんね。そもそも魔力貯蔵量は女性が多く、瞬間出力は男性の方が高いというのが通説で…………ま、それはド三流の話。貴方様や兄君のような人外クラスには関係ありません。内臓それぞれはそう変わりませんから、まぁ適当に』

ベルゼブブはぶつぶつと呟きながら僕の腹を摩る。内臓の位置を確かめるようなその手つきには微かな恐怖を覚えた。

「……ねぇ、カルコスに治癒されながらならどれだけ食べられても大丈夫じゃない?」

『あのライオン治癒できるんですか?  へぇ……それは良い考えです、と言いたいところですが気が持ちませんよ、貴方様は人間なんですから、腹を喰われ続けるなんて……』

「大丈夫、アルの為だから。クリューソス、カルコス呼んできて。ベルゼブブ、行こ」

ベルゼブブに手を引かれ、地下へ向かう。彼女が感じるアルの魔力によれば、アルは階段から一番遠い部屋に居るらしい。
暇だからと着いて来た酒呑、アルを心配している様子のクリューソスとカルコス。僕はベルゼブブに手を引かれ、五人で階段を降りていく。

「……ん?  なんだゾロゾロと雁首揃えやがって」

『おやダンピール、貴方には関係ありませんからお気になさらず』

「なさるわ。俺の家だぞ」

地下で用事を済ませ上がって来ていたらしいヴェーンは僕の隣に並び、また降りていく。地下室を血で汚すだろうから、掻い摘んだ説明と謝罪を述べた。

「腹喰われんのに麻酔もそれっぽい術もなしか?  お前死ぬぞ」

「大丈夫、アルを助けるまでは死なないよ」

「…………しゃーねーな。一個術掛けてやるよ」

『貴方痛み消すような術使えるんですか?』

「いや……吸血鬼の特性とクソ淫魔の魔眼の真似を合わせて、脳内麻薬の生成補助をする」

階段が終わり、今度は廊下を進む。地上の階よりも寒い気がするのはきっと気の所為ではない。

「脳内麻薬……?  が、えっと…………その術やってもらったら僕どうなるの?」

「どう言えばいいか迷うな。まぁ、そうだな。痛みを快楽と捉えるようになる」

「…………戻るよね?」

「術解いてしばらくしたら戻るぜ」

「ならお願い」

「躊躇いねぇな……」

廊下を進んでしばらく、ベルゼブブが足を止める。重厚な金属の扉があるらしく、酒呑は「けったいなもん……」と文句を言っている。
開ける前に準備を整えておこうと、アルが暴れた時の為にベルゼブブが前に、僕がその後ろに、僕に治癒をかけるカルコスがその後ろに並んだ。

『忘れるところでした。脳内麻薬だかなんだか知りませんがやっといてください』

「あぁ、おい、首出せ」

『血は今から使うので吸わないでくださいよ』

「分かってる」

ヴェーンらしき手に顎を持ち上げられる。その手に傾けられるままに、首筋をなぞる指に寒気を感じ、チクと棘が刺さったような痛みがあって、それから頭痛が始まった。

『……短いですねぇ、残念です。吸血の様子は絵になりますのに』

「あぁ?  なんだお前そういう趣味あるのか……流石蝿だな」

頭痛はすぐに治まり、次に頭がぼうっとし始める。視界があったらぼやけていただろう。脳が膨らむような錯覚と、微熱、思考に霧がかかったような不思議でどこか心地好い感覚。

「それが俺の術。じゃ、俺後ろで見てるわ」

『では、邪推資料も集まりましたし、行きましょう!』

キィィと甲高い音を響かせ、扉が開く。ベルゼブブの後について入り、アルの名を呼ぶ。

『…………何故。何故ですか!  ベルゼブブ様なら分かって下さると思っていましたのに……!』

『私も使い魔ですのでご主人様の命には逆らえません。安心してください、せっかくの魔物使いを喰い尽くさせる気はありませんから』

アルは忙しなく歩き回っているのか、カチャカチャと爪を鳴らしている。硬い床と擦れ合う時特有の可愛らしい足音は僕を和ませた。

「アル、大丈夫?  すぐに治してあげるからね」

『ヘル……あぁ、ヘルっ!  来ないでくれ、ヘル、頼む……それ以上、近付かれたら……私は』

足音が遠ざかる。追いかけようとする僕をベルゼブブが止めた。

『それ以上近付くと先輩の理性が吹っ飛びますよ、ここで話しなさい』

「……分かった。えっと、アル?  あのね、今のアルには何か悪いものが混ざってるみたいだから、僕はそれを取り除きに来たんだ。それで……アルに僕の血を飲んで欲しい、僕の肉を、内臓を食べて欲しい。そしたら僕がアルを治せるから──」

『嫌だっ!  嫌だ、私はもう二度とあんな……嫌だ、私は貴方を傷付けたくない。衝動は抑える。大丈夫だ、今までだってずっと我慢して来たんだ』

我慢して来た?  アルが?  何を?
僕がアルに何かを我慢させていたのか。その我慢が今のアルの欲望なのか。

「アル……何を我慢してたの?」

『…………言いたくない』

「言ってよアル、僕は君に何を我慢させてたの?」

『嫌だ……言ったら、貴方に嫌われる……』

僕がアルを嫌うなんて天地がひっくり返るよりも有り得ない。
今日のアルは我儘だ。いや、今までが従順過ぎたのだ。僕はそんなアルが好きだけれど、大好きなアルに従順を強いることなんてしたくない。

「言って、アル。僕はアルを嫌ったりしない。何があっても僕はアルが大好き。教えて、何を我慢してたの?」

『…………嫌だ、嫌だ……貴方に嫌われたくない、貴方にだけはっ……』

『……おい雌犬。お前がそのまま首を振り続けたら、お前はいつか理性を完全に失ってこの下等生物を喰らう。必ずな。それでも嫌われる方が嫌なのか?』

『そうですよ先輩。ヘルシャフト様は私が先輩を止めることは許容しますが、傷付けたり殺したりは許容しません。つまり、私が先輩を喰らって止めることはありませんので、先輩はそのうちヘルシャフト様を殺せます』

「アル……ねぇ、お願い。今アルがおかしくなってるのはアルのせいじゃないんだ。取り除けるんだよ、元に戻れる。だから、教えて、アル」

クリューソスとベルゼブブの脅しのような説得も効いて、アルはようやく諦めた。小さな声で「分かった」と言い、話し始めた。
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